DVや人間関係についていろいろ考えさせられて… [2019年07月08日(月)]

皆さんこんにちは! 現代教養学科シムゼミ3年の三谷です。今回は、先日シム先生が企画し、シムゼミの学生がほとんど受けた「DV・デートDVってなに?-「私なら大丈夫」って思い込んでいませんか-」の講演についてご紹介したいと思います。

今の時代、力の暴力だけではないDVは大きな社会問題になっています。「もし自分の身に起きたら…」「友達から相談されたら…」決して他人事ではないこの問題の講演を聞き、DVに対してのイメージがガラリと大きく変わりました。

私は講演の中で2つのことが心に刺さりました。まず1つ目は「周囲のサポートがサポートになっていない」という点です。例えば、パートナーから暴力を受けている友達がいたとします。そしたら「2人でよく話し合った方がいいよ」とか「嫌なことはきちんと言った方がいいよ」などと言ってしまいそうですが、そもそも暴力をふるう人と良いコミュニケーションなんてとれません。そのことを改めて気づかされました。先生はこれを「ドッジボール」に例えてお話ししていました。こちらが普通に取りやすいボールを投げたとしても、相手がとても速いボールで投げ返してきたらどうでしょうか?このような状態では会話のキャッチボールなんてできません。「2人で話し合った方がいいよ」と言うのはこの状態でもっとドッジボールをしろと言っているのと同じだと言っていました。とてもわかりやすい例えで衝撃的でした。これを聞いた時、第三者の声の重要性を感じました。

2つ目に印象に残ったことはトラウマティックボンディングという言葉です。例えば、“Aさん”と“暴力を振るうBさん”が付き合っているとします。このような時「AさんはBさんと別れればいいのに…」と思ってしまわないですか?しかし、もしAさんが別れたがっていたとしても、簡単には別れられないのです。その理由が「トラウマティックボンディング=ゆがんだ関係性」です。DVを受けた人はパニック状態になります。ですが、この状態を鎮めてくれるのは多くの場合において暴力を振るった人なのです。よくDVをする人は、その後謝ってきて優しいと聞きませんか?そうすると暴力を振るった人が点火した炎なのにその火を消すのも暴力を振るった人なのです。火を消してくれるのがこの人ならば、私にはこの人が必要だと思ってしまいます。このゆがんだ関係ができてしまい、離れにくくなっているのです。この”放火魔”も”消防士”も同一人物であるという鎮火の例がとてもわかりやすく「なるほど…」と思ってしまいました。

このような状況をもっと第三者が理解することが重要なのではないかと思います。DVは夫婦間の問題として大きく取り上げられていますが、DVが起きてしまう背景などを考えると、児童虐待の問題にもつながると思いました。『暴力』に対するゆがんだ固定概念を捨て、もっと勉強しなければと思わせていただいた貴重な講演でした!講師の中島幸子先生、目からウロコの体験をさせていただいて、心から感謝を申し上げます。

(記事:シムゼミ3年・三谷)