2018年6月

「白鳥の湖」の像をご存知ですか [2018年06月29日(金)]

この写真は、本学が所有していた会津キャンプ村の庭に平成6年からあったブロンズ像です。小田原市在住の彫刻家、親松英治氏の作品で、白鳥と一緒に踊る女性の像です。猪苗代湖を背景にして左側には白鳥が舞い上がり、右側の足元では大きく羽を広げています。

会津キャンプ村の白鳥の像の横に立つのは、左から、前理事長の平尾光司先生、現理事長・総長の坂東眞理子先生、昭和ボストン学長のフランク・シュワルツ先生、そして私です。磐梯山を背にして紅葉がきれいですね。撮影日は2013年11月11日と入っています。
この像が、平成26年に世田谷キャンパス内に引っ越して来ました。さて、どこに置かれているでしょう。

昭和之泉です。美しい紫陽花に囲まれて、見ているだけで、気分が爽快になりませんか。
実はこの像と同じ乙女を中心に左右反対で白鳥が舞っているブロンズ像を、本学と同窓会が平成9年に猪苗代湖の志田浜に寄付しています。

今では、猪苗代湖の観光名所にもなっているそうですよ。志田浜は、磐梯山に抱かれ、猪苗代湖が目前に広がる観光客も多く集まる場所です。本学の昭和之泉にある白鳥と乙女の像は、志田浜の像と向き合って立っているのかもしれませんね。

またお目見えしました [2018年06月22日(金)]

梅雨の季節となりました。今週は雨が続いていますね。でも梅雨には梅雨の楽しみがあります。
「昭和之泉」にカルガモがお目見えしました。カルガモは日本全国、どの季節でもどこに行っても見られるそうですが、「昭和之泉」には、春先から7月くらいまでに見ることが多いように思います。
写真にあるように、カルガモの特徴といえば、先のほうだけがちょっと黄色のかわいらしいくちばしとオレンジ色の足ではないでしょうか。

雌が水辺の草むらなどの巣で10~12個を産卵し、抱卵して30日もしないうちに、すぐカルガモの雛は地上を歩くことができるとか。はて、泉の中の草むらにいる雌は今何をしているのでしょう。残念ながらこの写真ではわかりません。
雛を育てるのに最適な場所を探して、お引越しをするカルガモ親子の姿をまた今年も見れることを願って「昭和之泉」のカルガモを皆さんで見守りましょう。

P.S.
6月21日、カルガモの雛が元気に「昭和之泉」を泳いでいました。

この木は何の木でしょう [2018年06月15日(金)]

赤い実がなっていますね。もう少し遠くから見ると、こんな木です。

何か表示があります。

ヤマモモの木でした。
看板の右側には、「Myrica rubra ヤマモモ 山桃 分布:本州~沖縄、中国など 雌雄別種 果実は球形で夏に赤く熟す」と書かれています。ヤマモモは20メートルほどまで成長する木で、幹は太くなって楕円形の模様のように見える灰白色の樹皮がついています。一般的に一つの花の中に雄しべと雌しべの両方があるのですが、雌雄別種は一つの花に雄しべか雌しべどちらかしかない花のことを指すのだそうです。花は3月から4月に咲き、そして、ちょうど梅雨時の6月ごろに写真の様に少し黒っぽい赤い実がなります。

さて、看板の左側には、「記念植樹 平成17年2月 若者との交流会のために来日したノーベル平和賞受賞者、ワンガリ・マータイ氏と人見楷子理事長及び初等部児童、中高部生徒、大学生の手によって植えました。」とあります。
マータイさんは、アフリカ全土で延べ10万人が植樹活動に参加してきた環境保護のNGOグリーンベルト運動の創始者です。マータイさんが生まれたのは1940年、当時ケニアはイギリスの植民地でした。干ばつの被害から国を守るために1977年に自らが植樹を始めたのです。1本植えるごとに、少額の報酬を渡すことで、女性の自立も促しました。植樹運動は世界に拡がり、植樹数は4500万本を超えているそうです。そして、2004年に、持続可能な開発、民主主義と平和への貢献により、アフリカ人女性として史上初のノーベル平和賞を受けました。2005年には初めて日本を訪問し、この時、日本語の「もったいない」に感銘を受けたそうです。本学の記念講堂で講演、昭和之泉の一角に記念植樹もされました。残念ながら2011年、71歳で亡くなられています。マータイさんはMOTTAINAIという美しい日本語を、環境を守る世界共通語として広めることを提唱しました。本学での講演で語られた、環境3R(Reduce, Reuse, Recycle)を大切にすると共に、Respect(ものや人を大切に)することこそが、「もったいない」の意味だというお話は多くの人々に感銘を与えました。

昭和之泉のヤマモモの木は、記念植樹から14年がたちました。まだまだ背が伸びる木のようです。どこにあるか是非、探してみてください。

昭ルームでは今何が? [2018年06月08日(金)]

8号館の1階東側に昭ルームがあります。いろいろなものを展示できるスペースで、“show”と「昭和女子大学」の「昭」の掛詞の名称で呼ばれています。
さて、光葉博物館では、平成30年度春の特別展として「ことばのいろ ことばのおと」と題して、6月1日から30日まで、本学の創立者人見圓吉先生、ペンネーム人見東明と北原白秋・三木露風の詩の世界の展示が行われています。この展示は、図書館70周年、近代文庫60周年を記念したものでもあります。
そして、8号館1階の昭ルームと3階の図書館入り口を入って右手のコミュニティルームでは、本学の図書館コレクションの歴史を振り返る「図書館70年の歩み」展も同時開催しています。


昭ルームの展示風景


図書館コミュニティルームの展示

昭和女子大学の前身である日本女子高等学院が創設されて以来本学図書館が収集してきた蔵書は、昭和20年4月の空襲で、当時の中野区上高田の校舎と共にすべて焼けてしまいました。しかしそれからすぐに創立者自らが、古書店で坪内逍遥(雄蔵)の『小説神髄』を見つけ、以来、地道に図書の収集を進めてきました。世田谷の地に移転してきたのが、昭和20年11月。そして遂に、昭和23年の11月3日、新しく「文化の日」が制定されたのに合わせて、卒業生、学生、保護者からの図書の寄贈を受けて、2万8千116冊を備えた図書館が開設されました。
この日から今日まで蔵書数はどんどん増え、今日では、図書54万5千冊、雑誌1万7千タイトルへまで増えています。昭和28年には、与謝野鉄幹・晶子夫妻の資料を受贈し、それから特殊コレクションの寄贈や購入も続いています。現在は古いところでは、与謝野文庫(1955年)、吉田彌平文庫(1955年)、オマル・ハイヤーム文庫(1960年)、折戸忠作文庫(1962)、女性文庫(1962年)、金子健二文庫(1963年)をはじめとして、新しいところでは、トルストイ文庫(1996年)、翠園文庫(1996年)、内藤濯文庫(1999年)、朝日生命文庫(2005年)、小島信夫文庫(2008年)など、23種類もの特殊文庫資料と貴重書を収蔵しているそうです。
また、教育や学術研究向上のために、『玉藻前繪巻』やThe Canterbury Tales、そして初代学長の金子健二先生訳『全訳カンタベリ物語』等も本学の蔵書となっています。
8号館昭ルームからスタートして、図書館へ、そして、光葉博物館へとどうぞゆっくり回ってご覧ください。


The Canterbury Tales (The new Ellesmere haucerfacsimile)
By Geffrey Chaucer
平成7(1995)年、Yushodo, Huntingtom Library Press


チョーサー原著 金子健二訳
『全譚カンタベリ物語』
大正6(1917)年12月、東亜堂書房刊

光葉庵を知っていますか [2018年06月01日(金)]


完成時の光葉庵 (光葉同窓会報平成2年12月1日発行より)

平成2年の創立70周年記念事業の一つが、「昭和之泉」の造成でした。「昭和之泉」はキャンパスの一番奥に位置し、自然の湧き水を利用した滝と、色とりどりの錦鯉が優雅に泳ぐ大きな池が中心にあります。周りは緑の木々に囲まれ、とても静かな憩いの庭園となっています。庭園内には「光葉庵」と呼ぶ東屋もあります。本学卒業生が作る光葉同窓会がこの記念事業の基金の一部を寄付して下さったので、この名前が付きました。現在は9万3千名を超えた昭和女子大学の卒業生も、当時は約5万人でした。附属や大学の在学生の父母や教職員の方々からも基金が集まり、この年の12月に完成しました。同窓生をはじめ学園の関係者の皆さんがこの学園と後輩達に寄せる愛情や友情がいつまでも絶えることなく、誰もが楽しく集うことができる場所になりますようにとの願いが込められています。


7号館から撮影した「昭和之泉」 (光葉同窓会報 平成3年12月1日発行より)

初夏を迎えるこの時期には、カルガモの姿を見ることもできます。四季折々に姿をかえる「昭和之泉」。光葉博物館の展示を見た後にも、是非、ゆっくりと「昭和之泉」を歩いてみてください。


現在の昭和乃泉(平成30年5月30日)