ちいさい秋

〈日文便り〉

〈ちいさい秋〉

 

 

九月中旬は三十度を越える暑い日が続いたが、下旬に入り秋分を迎えるころになると、さすがに夏の気配は遠のいている。青空から射す日の光はいつのまにか透き通り、さわやかな気分で朝を迎えるのだが、あれこれ用事をしながら一日を過ごすうちに気がつくと早くも日が暮れかかり、夏の日の長さに馴染んできた身体は少々戸惑いを覚えつつ、ああもう秋なのだとあらためてしみじみ思うのである。

こういう季節になると、「ちいさい秋みつけた」の童謡が自然と思い出される。もずの声は、現代の都心では大きな公園や明治神宮などではまだ聴くことができるのだろうか。「はぜの葉あかくて 入日色」の櫨の木は、文京区弥生のサトウハチロー旧宅の庭に植えられていた櫨の木で、書斎から眺めた深紅に色づく櫨の枝葉の情景が作詞のきっかけになったとのことである。この櫨の木は、平成十三年に文京区春日の礫川公園に移植され、十一月下旬ごろには今でも見事な紅葉を見せる。

さて、秋の植物にちなみ、古典文学の作家で秋の草木に縁のある名前というと、まずは紫式部である。クマツヅラ科の落葉低木で、秋に美しい紫色の実をつけることから、平安朝の才媛紫式部になぞらえて名づけられた。

冷たしや式部の名持つ実のむらさき   長谷川かな女

むらさきしきぶ熟れて野仏やさしかり  河野 南畦

紫式部の樹木名は、作家名からの命名であり、また学名をケンタウリウムといい、六月から十月ごろにかけて可憐なピンク色の花をつける小町りんどうという花も王朝の歌人に由来する命名であろうが、それらとは逆に秋の植物名を作家の号としたのが芭蕉である。門人の李下が、芭蕉の深川の草庵に芭蕉一株を贈ったのが庵号、俳号の由来とされる。

移し植ゑて巻葉あはれむ芭蕉かな    正岡 子規

秋扇を芭蕉葉蔭にかざしつつ      中村 汀女

その他、作家名ではないが、初夏から秋にかけて咲く、真白な萼と真赤な花が美しく対照的な源平かずらは、萼と花の紅白を源氏の白旗と平氏の赤旗に見立てた巧みな命名で、『平家物語』の源平合戦の場面なども思い起こされ、まことに興味深い。

最後に蛇足ながら、秋の植物をタイトルとする古典の作品としては、『虚栗』(其角編・俳諧撰集)、『ひさご』(洒堂編・俳諧撰集)、『うけらが花』(加藤千蔭著・歌文集)などがある。
秋は、古典文学の庭のそこここにもみつけられるようだ。

(ks)