「ザ・山口弁講座」

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あれは、今から30年前、1992年5月、私が山口県の女子高の教師だったころの事。現代国語の授業で取り上げた宮沢賢治の詩「永訣の朝」や小説「風の又三郎」に対する感想の中に「共通語では表現しきれない、そこに生きる人の息遣いや心持がつたわってくるような気がする」「おっとりとした、スピード、やわらかなイントネーション、東北の方言には私たちのふるさと山口とは異なるぬくもりが存在するような気がする」というのがあり、生徒たちが「方言」の魅力に引かれていく姿に、私はワクワクしていました。
ちょうど、そのころ。
『瞬きもせず』というコミックが全国的に若者の間でブームとなり、山口を舞台にしたコミックの中で、登場人物の語る山口弁が、全国的にも注目を集めだされ、学校中に山口弁ブームが巻き起こったのです。

都会では若者が、各地の方言をミックスして会話に盛りこむことがはやっているという情報、さらには『瞬きもせず』の中で使われる女子高生の「~ちゃっ」が都会では「かわいい」といわれるという教育実習生のコメント、いろいろなものが刺激となり、生徒達が方言・山口弁の冒険をスタート。
家族や親族にとどまらず、地域のお年寄りから言葉の聞き取り調査を開始するグループ。
一方で自分達女子高生をはじめとする若者の日常会話を調査する中で、方言がどのように変容しているかを分析考察するグループ。他県から山口県に転勤してきた人々を対象に調査を行うことで、山口県独自の方言について、さらに細かい言語分析を行うグループ等、それぞれのグループが、地域に根ざした豊かな言葉を多様なアプローチで探究していったのです。

テクストの解釈だけで終了しがちな現代国語の授業が、方言への興味関心、リサーチと、どんどん発展し、ラジオ番組「ザ・山口弁講座」という作品に。
これが、高校総合文化祭で最優秀賞を受賞したことで、なんと、全国の高校生の間に、方言ブームを引き起こす契機となったのです。作品の最初を少しご紹介しましょう。

  「ザ・山口弁講座」

NAR  みなさん、こんにちは。最近テレビや漫画でよく耳にする山口弁。
関西弁や東北弁に比べると、今ひとつインパクトにかけると思われる山口弁ですが、実は山口からは、日本一たくさんの総理大臣がでているんです。
ですから、そんな山口弁がいつ全国共通語になるやわかりません。
きたるべき、その日のために、山口弁講座をお届けします。
今日は講師に山口弁の生き字引と呼ばれる、小室先生においでいただきました。先生よろしくお願いいたします。

小室   小室です、こんにちは。山口弁を学ぶには、生の山口弁を聞くのが一番です。確か今、リポーターの人が女子高にいるはずですが

リポータ はいっ、広兼です。今私は山口中央高校に来ています。始業のベルとともに、あっ一人の少女がかけこんできました

A    あんたぁーどねぇしたそぉー

B    遅刻しそうやったけぇーかっけってきたそぉー。ぶち、えらいっちゃー

A    ちょー。あんたの頭わやじゃーね、かきーやー

B    うちの櫛やぶけちょるんちゃぁー、あんたの貸してぇやー

リポータ 遅れそうになったので走ってきた、というシチュエーションはわかるのですが、それにしても語尾になかなか郷土色が

小室   そこです。今の会話で使われている語尾「ちゃ」「そ」「けぇ」「やぁ」の4つは特に意味はありませんが、山口弁では必ず使われる言い回しです。

NAR  ところで先生、会話の中に、いくつか難しい単語がでてきましたが

小室   はいっ、では簡単に解説しましょう。「頭わやじゃあ」の「わや」はめちゃくちゃ。頭がめちゃくちゃっていうことです。「部屋がわや」「本がわや」っていう感じで使います。「ぶち、えらいっちゃ」というのは「とっても疲れたぁ」の意味ですが、ここのポイントは「ぶち」です。山口弁難解ワードのひとつ「ぶち」は「とっても」の意味であって、決して「まだら」という意味ではありません。また、「ぶち」にはバリエーションがあって、「ぶち」「ばち」「ばり」とだんだんレベルアップし、強さが増してゆきます。最近は「ばり」を越える言葉もでてきています。

 

「ザ・山口弁講座」で最優秀賞を受賞した生徒達はインタビューのとき、こう語りました。
「<ばちくそ>なんていう言葉は、お母さんたちは汚いっていうし、確かに、美しい言葉じゃないでしょうが、私たち高校生の遊び心やパワーいっぱいの言葉で気に入ってます。
言葉はしゃべったり、ものを考えたりする根っこの部分。
私たちには、山口弁じゃなくちゃ、表現できない微妙な感覚がありますから、日ごろしゃべている山口方言を大切にしたいです」「全国大会で、山口弁っておもしろいねとか、かわいいねって言われて大満足でした。これからも、標準語と山口弁のバイリンガルを目指したいと思います」

方言の教材が刺激となって発展した言葉への関心は、地域コミュニティの中で生きる自己自身の生活世界に対する考察へと深まりをみせていきました、「山口弁をめぐる冒険」30年前の夏休みを、今懐かしく思い出す私です。

(青木幸子)