〈日文便り〉
図書館では、毎年9月にブックハンティングをするのが恒例となっている。
今年は、9月11日に、紀伊國屋書店新宿本店で実施したので、その報告。
といっても、どんな本を選んだか、ではなく、新宿本店を設計した前川國男(1905‐1986)という建築家の話である。
前川は、モダニズム建築の巨匠、または旗手と称されている。
東京大学の卒業式の当日(1928)にフランスへ渡り、ル・コルビュジェに師事し、彼の事務所初の日本人スタッフとなって、2年後に帰国、戦時下は不遇だったが、戦後の復興とともに、建築界をリードした。
代表作は全国各地にたくさんあるけれど、都内では、世田谷区役所(1961)、上野公園の東京文化会館(同)と東京都美術館(1975)、永田町の国立国会図書館(1961)など、重厚で堅牢な文化施設に名作が多い。
特に、東京文化会館は、世界遺産となったコルビュジェ設計の国立西洋美術館と「対」になるように建てられていて、師弟の作品の向い合っているのを観ると、いつも心がなごむ。
1964年、最初の東京オリンピックの年に竣工した新宿本店は、左右にビルがあるので、他の作品のように全体を眺められないのだが、もしこのブログを読んで本店へ行こうと思ったら、ぜひとも1階の正面から入ってほしい。店の正面に前川の個性が発現しているからだ。
左右の茶色のタイルは貼り付けではなく、打ち込みの着色タイルで、モダニズム建築の特徴の「直線」を用いず、角に丸み(アール)があり、各階のファサード(廂)も曲線で構成されていて、訪れる人を優しく迎え入れてくれる。
重厚さのなかに温かみのあるのが、前川建築の真髄なのである。
しっかりした建物に包み込まれて本を選ぶのは心地よいことこの上ない。
紀伊國屋書店では、耐震補強工事を2019年7月から、店舗改装工事を2022年1月から始めて、昨年の1月にリニューアルオープンしたが、この建築は東京都の歴史的建造物の指定を受けているから、工事は大変だった、と書店の担当者の方も話していた。
工事期間中は、売場の一部が隣のビルに移るなど、ブックハンティングに不便なところもあったが、ようやく工事が終って、今は全階が稼働している。
美観が保たれて、設計者の前川國男も安堵しているだろう。
工事終了とともに、私が学生時代から通っていた、地下1階のスパゲッティ専門店「JIN JIN」も、元の場所に帰ってきた。
ビルが文字通り「旧に復した」わけで、その喜びもあって、この記事となった次第。
【参考文献】*すべて図書館にあります。
・『世界建築設計図集6・東京文化会館/前川國男作』(1984)
・『前川國男作品集』1・2(1990)
・『建築家前川國男の仕事』(2006)
・中田準一『前川さん、すべて自邸でやってたんですね』(2015)
(吉田昌志)