2015年5月

「留学生disaster training」参加記 [2015年05月30日(土)]

こんにちは、松田忍です。

学生部主催「留学生disaster training」に参加し、東京消防庁の防災館(池袋)に行って参りました。この企画は、地震がほとんど起こらない国からきている留学生たちに、事前に地震のメカニズムや地震の揺れを学んでいただき、実際に地震に遭遇した際に正しく身の安全を守っていただくために開かれました。日本人学生も有志として多数参加して下さいましたよ!

防災館では、最初に、東日本大震災を事例として地震を引き金として起こり得る被害を20分ほどの映像で学んだのち、各種防災体験へとプログラムは進められました。

まずは消火器使用訓練。水が噴射されるダミーではありましたが、構造や操作方法は本物と全く同じ消火器を使用しました。

一旦鎮火したとみえても、火勢がぶり返すことがあるので、自分の退路は確保しながらも、途中で噴射をやめずに一本使い切ることを大事とのことです。それに加えて消火器を過信してはいけないということも学びました。1本の消火器が連続噴射可能なのはわずか20秒。写真にあるように数人で一斉噴射することで、鎮火確率が向上するので、まずは火事が発生したら119番した後、「火事だ-!!」と助けを呼ぶのが鉄則だそうです。

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もちろん松田も真剣にやりました。

そのあとは防火に関するレクチャー。

出火原因の第3位は台所のコンロ、第2位がタバコ、そして第1位がなんと放火(とみられる火災)だそうです。火災をおこなさないためには「台所の火を付けっぱなしにしない」「寝たばこは絶対しない」といった注意もすべきなのですが、放火されないために、回収日の前の晩にゴミや新聞紙を出さないというのが非常に大事であるとおっしゃっていました。

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みんな真剣に聞き入っていますね。でも写真にあるように実際に火の手があがったらパニックになりそうです。

個人の力で消火可能なのは火の手が天井にとどくまで。天井まで火があがれば、あとは消防車でないと鎮火できなくなるので、速やかに避難して身の安全をはかってください。

次は火災発生後、煙のなかを避難する訓練です。

実は炎そのものが原因で命を落とすよりも、熱をもった煙を吸い込んで気管と肺をヤケドして呼吸困難になったり、有毒ガスを吸ったりして、意識を失いそのまま亡くなることのほうが多いそうです。

また火災はさまざまな物質を燃やしながら発生するため、真っ黒の煙により視界が奪われ、そもそも目を開けていられないような熱さであるため、暗闇の中を、腰を落として新鮮な空気を求めながら手探りで壁を確認しながら逃げることになると教えて頂きました。

早速体験。数名ずつ別室にいれられ、煙のなかを逃げる訓練をしました。

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別室からは避難の様子をモニターでみることができる(↑↑↑)のですが、みなさん壁伝いに避難しているのがわかりますか?

松田はこの訓練が一番怖かったです!6名で訓練したのですが、体験室の通路は簡単な迷路になっており、途中で道分かれしており、3名、3名で避難経路が分かれてしまいました。実際の火災ではどちらにいくかが命の選択肢になるかと思うと、普段から避難路の確認をしておくことが非常に重要だと感じました。

最後は地震体験。先週も今日も地震がありましたね。関東地方に住んでいると生きている内に生死を左右するような大規模な地震にほぼ確実に出会うのではないかと思えます。

関東大震災、新潟県中越地震、東日本大震災などの歴史上著名な地震の震動パターン体験に加えて、東日本大震災のときに話題になった超高層ビルの高層階での長周期地震動などをそれぞれ体感しました。同じ震度7でも揺れは随分異なるんだなと参加者一同で感想を述べあいました。どこで一気に強い揺れが来るか予測できないので、小さな揺れを感じた瞬間に身を守る姿勢を整える大切さを実感しました。一旦強い揺れになると、絶対に体勢は立て直せないですからね!

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東日本大震災はおさまりかけたと見るや、もう一度激しい揺れが襲ったのが特徴でした。

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直下型の新潟県中越地震は、前触れがなく、いきなりMAXの揺れで学生のみなさんからも悲鳴があがっていました。防災館のかたによると、この起震機では縦揺れまでは再現していないため、実際には「突き上げるような」と表現される縦揺れがさらに加わるそうです。

プログラムの最後に、もし災害に巻き込まれた際に家族や友人と連絡を取り合うための災害用伝言ダイヤルのポスターをみました。災害時に電話がつながりにくくなったときのための、いわゆるダイアル171ですね!NTTの無料サービスであり、毎月1日、15日は体験利用ができるようになっているそうです。自宅通学の学生ももちろんですが、特に、地元を離れて1人暮らししている学生のみなさんはご実家との連絡シミュレーションをなさって下さいませ!!

2時間強の短い時間でしたが、充実のプログラムでした。留学生用として企画した留学生disaster trainingでありますが、日本人学生にとっても命を守るために必要な情報がたくさん詰めこまれていると思います。Disaster Trainingは後期にももう一度おこないます。2015年12月5日(土)の予定です。今回参加できなかった人は是非次回はご参加下さいませ!!

世田谷歴史散歩 第3弾 その2 [2015年05月29日(金)]

歴史文化学科女性史ゼミの掛川典子です。松田先生の世田谷歴史散歩第3回古墳群見学に参加してきました。とても楽しかったです。

詳細はもう報告済みなので、私の写した画像をできるだけ紹介します。

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大田区側は高台の緑の散歩道を古墳をたどりながらゆっくり散歩できました。超気持ちいーでした。

世田谷側は高級住宅地の中を歩いて突然小高い古墳の山に出会います。等々力不動には茅の輪もありました。緑が本当にさわやかです。そこで一句投稿しました。五月尽うぐいすも鳴く青葉風(典子)。等々力渓谷に下ってから野毛大塚古墳に回りました。

 

野毛大塚古墳は大きくて圧巻でした。是非皆さんもお出かけ下さい。古墳祭りには小泉先生と学生さんのグループが参加なさっています。

【歴文生の海外体験】ヨーロッパ歴史演習Part3 [2015年05月29日(金)]

こんにちは!2年の小原です。
私は2月16日から27日にヨーロッパ歴史演習という研修旅行に参加してきました!この研修旅行は、最初の5日間はスペインのアルカナ・デ・エナーレスに滞在し、その後はバルセロナ、ニーム(南仏)、マルセイユ、ローマを周遊し、とにかく世界遺産や日本では見られない文化などに触れるというものでした。
今回私は、アルカラ・デ・エナーレスに滞在したときの話をしたいと思います。

皆さんはスペインのアルカラ・デ・エナーレス(以下アルカラ)という町をご存知でしょうか?私はこの研修に参加するまでは知りませんでした。このアルカラはマドリード州に属す町で、『ドン・キホーテ』の著者、セルバンテスの生家やヨーロッパ最古に類する歴史ある大学、アルカラ大学がある町です。

私たちはそのアルカラに5日間滞在し、アルカラ大学で午前中は授業を受けてきました。あるから大学での授業は英語で行われ、科目は「歴史」「スペイン語」「西洋美術史」の三科目でした。私は英語がとても苦手だったので、はじめはとても不安でした。しかし、それは杞憂でした。確かに先生が話すすべては理解できませんでしたが、部分部分が聞き取れれば、わからないところは妄想補正で補い、授業についていくことが出来ました。本当にはじめは間違えるのが怖くて、まったく発言できませんでした。しかし、英語はよくわからないけれど、文章は話せないけれど、勇気を出して単語単語のブツ切り英語で発言してみたら、先生は優しく笑顔でリアクションしてくれました。これが自信につながり、よく分からなくても、とにかく自分の思いをアウトプットすることが大切なのだと実感しました。

また、特に印象的だった授業は「西洋美術史」でした。この授業は教室での授業だけではなく、校外学習として、大学の近くにあるカテドラル(大聖堂)に連れて行ってもらい、その場で現物を見ながら授業を行っていただけて、とても充実したものでした。まさに歴史文化学科の「手で考え、足で見よう」を体験してきました。

美術史を教えてくださったアルフォンソ先生と

アルカラでは午前は授業、午後は観光ということで、マルタさんという女性に案内していただいて、セルバンテスの生家やこの町のメインストリート「マヨール通り」などを散策しました。このマヨール通りにくれば何でも揃うといわれるほどに商店が入っていました。

アルカラのメインストリート マヨール通り

アルカラのメインストリート マヨール通り

この研修ではアルカラに滞在している間は、朝食以外は自分たちでレストランやカフェに入って、スペイン語で自力で注文しなければなりませんでした。この経験は非常に面白い経験でした。スペイン人と日本人との食生活と食文化の違いを学ぶいい機会でした。食事の時間のタイミングの違いや、シエスタの存在など違いだらけ…。

その中でも驚いたのが朝食です。朝食は大学の宿泊施設のカフェテラスでとったのですが、そこにはスペインの方もいました。彼らのテーブルを見ると、テーブルの上にはカフェ・コン・レチェ(カフェラテ)のみ!スペイン人の朝食は飲み物だけのようです。しかし、日本人は朝はしっかり食べるので、特別に、デニッシュやクロワッサン、ボカリジョ・デ・トルティーヤというポテト入り卵焼きのようなものを固いパンを出してもらいました。とてもおいしかったです

朝ごはん ボカリジョ・デ・トルティーヤとカフェ・コン・レチェ

朝ごはん ボカリジョ・デ・トルティーヤとカフェ・コン・レチェ

お昼は自力でお店を見つけ、注文しなければならなかったのですが、午前中アルカラ大学で簡単で実用的なスペイン語を習い、午後はレストランですぐ使っていたので、ある程度話せるようになりました。注文は出来たのですが、メニューに写真がないお店もあり、名前だけでは何が来るのか分からないものを注文するような冒険が楽しかったです。また、夕飯スーパーで果物や野菜などを買ってきて食べてみたり、カフェテリアの店員さんと仲良くなり行きつけのお店が出来たりと、貴重な経験になりました。スーパーは日本のものよりも店舗も大きく、売っている商品も日本では見たことないものも大きく、野菜は量り売りなど違う点が多かったのですが、なにより面白いと思ったのは、買い物カゴにキャスターがついていて、ガラガラ出来たことです。

スペインのスーパーにてカゴがキャリー式! (写真提供:木元さん)

スペインのスーパーにてカゴがキャリー式!
(写真提供:木元さん)

この研修に参加して、とてもいい経験になりました。学びへの意欲も高まりましたし、大げさかもしれませんが価値観変わったように思います。語学の心配が多かったのですが、やりたいと思ったことに飛び込んでみて正解でした。こういう経験は学生のうちしかないと思うので、迷ったら飛び込んでみるべきなのだと実感しました。

田植えの季節 [2015年05月28日(木)]

日本芸能史、いえ今回は日本民俗学の大谷津早苗です。
私は、田植えの季節に生まれたので早苗(さなえ→苗代から田に移すころの若い苗)という名になったそうです。
今回、私が生まれ育った栃木県北部の田植えについて聞書きをしました。

話者は田植えの経験がある同地在住の女性(昭和10年12月16日生まれ、79才)、調査日は平成27年5月26日。以下の※は筆者注

経験したのはいつごろ?
→中学生の時に手伝ったことがある。→※昭和22~25年

その頃の田植えの時期は?
→6月初めから中旬くらい。今は早くなって5月の連休あたりだが。

どんな仕事をした?
→ハナトリ(※鼻とりか)をさせられたことがある。

ハナトリとは?
→田植え前の代掻きの時、田んぼに入れた牛の鼻を引いて歩かせること。牛の後ろには鋤を付けて。父親が牛の後ろについていてくれた。ハナトリは体の小さな少女には難しく、牛を同じところばかり歩かせてしまい、父親からダメだしされた。馬を使う家もあったが牛の方がゆっくり歩くのでよい。

田植えの日数と田植えをする人は?
→2~3日。朝6時に田んぼに集合し16時くらいまで。10時にコジハン(※朝食と昼食の間に食べる簡単な食事か)、14時に昼食を食べた。初日は赤飯を炊いた。稲を植える人は10人くらい。女性。絣のもんぺを着た。早乙女と言っていた。早乙女と苗運びや補植をする男性は近所で代々懇意にしている決まった家の人たち。田植えは〝ユイでする〟。→※共同作業。それぞれの家の田を共同で植えていく。ユイ=結。

 

〔聞書きを終えて〕
現在の田植えは機械で行われていますが、戦後まで牛を使った伝統的な田植えが行われていたようです。〝ユイでする〟という言い方が残っていたことにも驚きました。
このようにふつうに繰り返されてきた生活の様子や知恵、考え方を聞き取って資料とするのが民俗学です。普通の生活の歴史が見えてきます。

【世田谷歴史散歩 第三弾】~荏原台古墳群を歩く!~ [2015年05月23日(土)]

こんにちは。松田忍です。

本日は世田谷歴史散歩第3弾として荏原台古墳群を歩きました。

参加したのは歴文の1年生17名+3年生1名。そして渡辺伸夫先生、江中里子先生、掛川典子先生、大谷津早苗先生、松田に加え、考古学研究者の小泉玲子先生の計24名。

多摩川駅を出発して等々力駅に至る、今回の散歩ルート上には閑静な住宅街が広がっているのですが、そこに並ぶのが、古墳、古墳、古墳そして古墳!! 今回の巡見で確認した古墳だけでも下記のとおり。

1、浅間神社古墳 → 2、亀甲山(かめのこやま)古墳 → 3、多摩川台古墳群第1号~第7号墳 → 4、宝莱山古墳 → 5、観音塚古墳跡 → 6、八幡塚古墳 → 7、狐塚古墳 → 8、御岳山古墳 → 9、野毛大塚古墳

それ以外にも開発が進む中で住宅地に埋もれてしまった古墳が数十基存在しているそうで、多摩川沿いの崖線上が当時の重要拠点であったことが本当によく分かります。宝莱山古墳、狐塚古墳、野毛大塚古墳などは、墳丘上に登って全貌を体感することができ、見どころも充分でした。

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普段同僚として働いている先生が実際にどんな研究をなさっていらっしゃるのか、なかなか知ることはできないのですが、生き生きとお話しになる小泉先生を見て、なんだか私も元気になりました!

個人的には古墳のある場所に神社が建っていたり、いまもなお祠があったりと、1500年ほどの時を超えて、人の生死や信仰の場がつながっていることを感慨深く受けとめました。古墳から出土した遺物が信仰の対象となった例もあるそうでして、中沢新一さんがお書きになった『アースダイバー』なんて本を思い出したりしました。

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荏原台古墳群の古墳は小高いところを選んで建造されており、アップダウンがとても激しかったので、後半は、いつも健脚の渡辺先生以外はバテ気味?笑

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でも等々力不動尊にて、世田谷歴史散歩恒例(?)のソフトクリームで元気を注入!等々力渓谷を経て、最終目的地野毛大塚古墳へ!

野毛大塚古墳では保存・修復がしっかりなされていて、建造当時の古墳の様子をうかがい知ることができました。

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そして完走(完歩?)!!4時間の散歩はとても貴重な時間になりました!本当に面白かった!!

おまけ

散歩が終わっての今回の懇親会はハンバーガー屋さん!なかなか美味しゅうございました。

また歴史散歩コースを開発して、みんなで歩きたいですね!

2015年度 歴史文化学科教員紹介 [2015年05月20日(水)]

歴史・地理

野口朋隆

日本近世史

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松田 忍

日本近現代史

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掛川典子

比較女性論史、倫理学

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吉成 薫

エジプト学、オリエント史

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小野寺拓也

西洋史

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田畑久夫

人文地理学(文化地理学)

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美術・民族の文化

木下 亮

西洋美術史

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安蔵裕子

服飾文化史、服飾造形

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関口靜雄

仏教文化史

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大谷津早苗

日本芸能史・民俗学

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早田啓子

日本仏教思想・仏教文化

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考古・文化財

山本暉久

日本考古学(縄文時代)

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小泉玲子

日本考古学(古墳時代)

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菊池誠一

アジア考古学(東南アジア)

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武田昭子

文化財学、文化財保存修復学

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“info.”からは各教員の教育内容、研究歴などをご覧頂けます。

また“blog”からは各教員の執筆記事や関連記事をまとめてご覧頂けます。


(2015年4月1日現在)

古文書整理をしています! [2015年05月19日(火)]

こんにちは!歴文3A日本近世史ゼミ所属の加藤です。
新入生オリエンバスハイクに続き、2回目の投稿ですが、よろしくお願いします\(^0^)

今回は、ゼミの担当教員である野口先生と共に行っている課外活動について書こうと思います!

2年生の後期くらいから、江戸幕府の旗本であった荒尾家の文書目録を作るため、古文書の整理を
行っています。
荒尾家はもともと鳥取藩池田家の家臣でしたが、私達が読んでいる史料は分家筋で、江戸に出て
将軍に仕えた家です。歴代当主には将軍の小姓や長崎奉行を勤めた人もいました。
時代は主に江戸時代の史料が多く、ちらほらと近代の史料も混ざっています。
内容は本当に様々で、大名や旗本の系図である『寛政重修諸家譜』の下書きと思われるものや、この間は日光東照宮奥院(家康が祀られている)の畳の縁や、厨子の縁などまで出てきました!

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私がこの活動を行っていて思うのは、およそ300年も前のものが、字が読める状態で
残っており、本当に貴重だということです。また、先ほど述べた東照宮の畳の縁を
包紙でつつみ、大切にとってあることから、家康を尊んでいた当時の人の気持ちが
伝わってくるようで、毎回、手に汗をにぎって活動しています。

過去の人の思いを受け取りながら、一つ一つの古文書に触れられるというのは、
本当に貴重で楽しいことだと思います。

 

 

 

<インドの仏>展-東京国立博物館 表慶館 [2015年05月19日(火)]

東京国立博物館の表慶館で今、特別展「コルカタ・インド博物館所蔵 インドの仏 仏教美実の源流」展が開催されていました。今回はこの展覧会を紹介します。コルカタ(旧カルカッタ)は私が暫く留学していたところでもあり、懐かしい街です。

コルカタ・インド博物館は、1814年に開館したアジア最古の博物館で収蔵品は多岐にわたり、中でも仏教美術のコレクションは群を抜いています。今回展示されている仏教美術の出土品は無仏像時代の紀元前2世紀頃の「バールフット」の出土品やマトゥラーやガンダーラ、グプタ朝時代の仏立像やパーラ朝時代の密教像など多種多様な仏教美術の数々です。

バールフットの高さ3mの巨大な欄楯や塔門に彫られたレリーフには、釈迦の生涯である仏伝図、前世の物語であるジャータカ、ヤクシャやヤクシ-といった神像、蓮華紋様などがびっしりと彫られています。この仏塔は1873年インド考古局のA.カニンガムによって発見されて、翌年カルカッタ博物館に移されました。

展示品の全体を概観すると、選りすぐった優品を日本へ持ってきたことが分かります。それに展示の方法が分かりやすく陳列されていることに気が付きます。

それでは展示されているいくつかの作品を見ていくことにしましょう。

仏足石

仏足石

<仏足石>
これは11世紀頃のパーラ朝時代の仏足石です。無仏像時代の名残で、仏像が出来た後でもこのような象徴で仏陀の存在を暗示したレリーフが作られました。

 

聖樹崇拝

聖樹崇拝

<聖樹崇拝>
これはバールフットのレリーフです。インドでは古くから聖樹を崇拝する伝統がありました。
これも供養者が樹木を仏陀の象徴として供養している浮彫図です。

法輪崇拝

法輪崇拝

<法輪崇拝>
これもバールフットの無仏像時代のレリーフです。供養者は法輪を供養しています。

 

 

 

 

 

 

インドでは、古代初期の仏教寺院建築はストゥーパ(仏塔)を中心に造られました。
仏像誕生以前は、悟りを開いた仏陀を人間の姿で表さず、佛足跡、法輪、聖樹などの象徴によってその存在を表現しました。

托胎霊夢

托胎霊夢

<托胎霊夢>
仏陀の母、マーヤ夫人はある夜、白象が胎内に入る夢をみて懐妊を知りました。
この浮彫図はパキスタン出土の2世紀頃のクシャーン朝の作品です。

仏陀誕生

仏陀誕生

<仏陀誕生>
マーヤ夫人の右脇腹から誕生する仏陀。
10世紀、パーラ朝時代の作品です。ナーランダー出土。

出家踰城

出家踰城

<出家踰城>
出家の決意を固め、馭者のチュウダを従え、愛馬カンタカに乗ってカピラ城を出て行くところです。
2世紀頃、クシャーン朝の作品。パキスタン出土。

臨終

臨終

<臨終>
2本の沙羅樹の間で北枕に右脇腹を下にして、臨終を迎えている浮彫図。
2世紀頃、クシャーン朝の作品。パキスタン出土。

 

 

 

 

私はバールフットと同じくインド中部のサンチーのストゥーパの調査をしました。バールフットより少し時代が後になりますが、この仏塔は今でも現地に存在しています。(一見の価値あり)
日本ではインドの無仏像時代の古代仏教美術を実際に見る機会は少ないので、皆さんも是非この機会に、上野の表慶館へ足を運んでみたらいかがでしょうか。

(早田記)

※写真はすべて、同展覧会の図録『INDIAN BUDDHIST ART』から転載したものです。

【世田谷歴史散歩 第二弾】~世田谷線沿線を歩く!~ [2015年05月16日(土)]

こんにちは。松田忍です。

本日は世田谷歴史散歩第2弾として世田谷線沿線を歩きました。

第1弾が松田オリジナルの渋いオススメコースであったのに対して、今日は世田谷散歩の王道コースを回りました。源義家ゆかりの世田谷八幡宮、中世・世田谷を領した吉良氏の世田谷城、近世・井伊家の菩提寺である豪徳寺や彦根藩世田谷領の代官屋敷、そして吉田松陰と長州藩ゆかりの松陰神社が連なり、さらにはそうした世田谷の歴史を世田谷郷土資料館で予習・復習できるという歴史的魅力満載のコースであります。

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参加してくれた学生は1年生15名、4年生1名の計16名。

雨が心配だったのですが、絶対的な「晴れ女」がいらしたとのことで、出発する頃にはすっかり上がって気持ちよく散歩できました。途中同じようなコースで歴史散歩をなさっていらっしゃるみなさまとも随分すれ違いました。良い季節ですからねぇ~!

途中アイスを食べたりしながら・・・

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4時間たっぷりかけて三軒茶屋まで歩いた後は、お好み焼き屋で懇親会。

学生のみなさんの名前をしっかり覚えたいというのがこの企画の裏目的でありますが、今日はほんとうにたっぷりとお話しできて楽しかったです!普段どんなことを考えながら授業をうけていらっしゃるのかが分かれば、教員としても張り合いがでますしね。

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来週は世田谷歴史散歩第3弾です。松田も初めて歩く多摩川沿いの古墳巡りコース!こちらもまたとても楽しみです!!

まだ歴文教授室で募集しておりますので、是非ご参加くださいませ!

おまけ

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もんじゃ焼きスペシャリスト渾身のキャベツ刻みテクニック。は、早すぎて手が見えない!!

【教職】模擬授業会を実施しています☆ [2015年05月08日(金)]

歴史文化学科では、中学校(社会)高等学校(地理歴史)(公民)の教員免許状を取得することが出来ます。

現在、教育実習を控えている学生が授業運営の特訓として『模擬授業会』を実施していますので、
その様子をご紹介します( *´艸`)

【世界史】仏教とインド古代王朝

【世界史】仏教とインド古代王朝        

【地理】アフリカの産業

【地理】アフリカの産業について

 

 

 

 

 

授業の感想や気付いた点を伝え合います☆

授業の感想や気付いた点を伝え合います☆

 
模擬授業には、教職課程を履修している他の学生が生徒役として参加します。
そして、授業後には学生同士で意見や感想を伝え合い、より良い授業となるよう工夫していきます

教職課程室の先生や歴文の先生方も授業を見に来てくださり、アドバイスを下さることも 😀 

今後も模擬授業会は実施予定ですので、教職課程を履修している学生さんはもちろんのこと!履修していない学生さんもぜひぜひご参加ください
先輩方の授業を見ることはとても勉強になると思いますよ~

4年生のみなさん、教育実習がんばってください♪