2018年12月

「原典講読」で羽根ペン作りをしました [2018年12月30日(日)]

西洋史の山本です。こんにちは。

「原典講読」は、西洋史で卒論を書くことを希望する2年生(以上)を対象とした授業です。西洋史を学ぶ際、「外国語」というハードルのほかにも、過去の記録が伝来する過程が非常に複雑であるという難しさがあります。この授業ではそれを踏まえ、歴史的な記録の生成と伝来の諸状況を、受講者がきちんと理解できるよう心掛けています。

今回はその一環として、受講者に「羽根ペン」を作ってもらい、それを用いて「羊皮紙」に文字を書くという授業を行いました。言うまでもなく、この方法は5世紀頃から18世紀までにおける西洋の代表的な筆記法の一つでした。

羽根ペン、羊皮紙、中世の製法によるインク

受講者は西洋における筆記法の歴史についての簡単な講義を受けた後、まず「羽根ペン」を作ってもらいました。「羽根ペン」quillは文字通り、鳥の羽根(ガチョウや雁の風切羽)を削って作成します。本来は核(軸)が硬い羽根を使うそうですが、今回は某大手ホームセンターで購入したものを使用しました。そのため少し柔らかすぎ苦戦する学生もいましたが、最終的には全員が完成させることができました。

羽根ペンの作成風景

次は完成した羽根ペンと市販の紙と万年筆用のインクを使って、書く練習をしました。日頃使っている筆記用具とはだいぶ勝手が違い、戸惑う学生もいましたが、慣れてくると「意外と書ける!」を驚く人が多かったです。

羽根ペンによる筆記練習1

一通り練習を終えると、いよいよ中世の製法によるインクで「羊皮紙」parchmentへ筆記を行います。「羊皮紙」とはヒツジ、コウシ、ヤギなどの皮を用いた紙で、高価で分厚い反面、柔らかくたたむことができ、また丈夫で長期間の保存が可能です。通常、毛が生えていた面が「表」recto、脂肪や内蔵に接していた面が「裏」versoとされ、それぞれ肌触りが異なるので、まずさわってそれらを確認します。

中世のインクは、「虫こぶ」と呼ばれ多くのタンニンを含む植物の突起(昆虫や細菌により発生します)に鉄を混ぜ、防腐用にワインなどを加えるそうです。なかなか手に入りにくいものですが、今回は「羊皮紙工房」さんにご協力いただき、良い品質のものを使うことができました。匂いをかいでみますと、ほのかにワインの香りがしました。

羽根ペンによる筆記練習2

その後、中世から近世にかけて製作された豪華写本や筆記術書などを見ましたが、それらが途方もない手間や驚愕すべき技術に支えられたものであることが実感できたと思います。「手で考え、足で見よう」が昭和女子大学歴史文化学科のキャッチフレーズですが、今回は「鼻で感じる」ことも含め、その実践ができたといえるかもしれません。

末尾ながら急なご依頼にもかからず迅速にご発送いただきました「羊皮紙工房」の八木様には厚く御礼を申し上げます。

【伝統文化の現場】お正月飾りを作りました [2018年12月25日(火)]

歴史文化学科開設の「伝統文化の現場」の授業で、12月14日、21日の2週に渡り重田先生にお越しいただき、毎年恒例となりましたお正月飾りを作りました。

お正月飾り制作も今年で5年目となります。
農業をされている重田先生に藁をお持ちいただき、神奈川県平塚市の田村地域に伝わるお正月飾りの作り方をご講義いただきました。

1回目の授業では、まず正月飾りについてご講義を受け、それから土台である藁の部分を作りました
藁を本体1束とその他の3つの束にわけ、3つの束をそれぞれ三つ編みにしていきます。本体の束は3本に分け、そのうち2本を右に撚りながら左巻きに綯っていきます。最後に残った1本を、先に綯った2本へ左巻きに撚りこんでいきます。

 
この作業は三人一組で協力しながら作ります。
本体の束を輪っか状にして、輪の下の方に三つ編みにしたものを入れてます。
最後に藁を綺麗に切り揃えて、土台になる藁が完成

 

2回目では、前回作成した土台の藁にお飾りを付ける作業を行いました。紅白の御幣をはじめ、海老・ダイダイ・楪・裏白・扇や福袋などの縁起の良いものを沢山付けます

    

 

最後に、それぞれ出来上がったお正月飾りを持って、重田先生と記念撮影♪♪♪

歴史文化学科教授室の入り口前にも飾っておりますので、ぜひご覧ください

重田先生、ありがとうございました!
皆様も良い一年をお過ごしください

 

 

 

 

 

東洋史ゼミの紹介 [2018年12月20日(木)]

■東洋史ゼミの紹介

歴史文化学科教員の牧野元紀です。今回は私の担当する東洋史ゼミをご紹介します。本学科創立以来初となる本格的な東洋史専攻のゼミで、今年度スタートしたばかりです。私自身は近代のアジアにおけるキリスト教の布教活動とそれぞれの布教先での社会と文化の変容に関心を抱いています。これまではベトナムの北部を主要な調査対象としてきましたが、現在は他の東アジア・東南アジア諸地域や太平洋島嶼にもフィールドを広げています。

 

さて、日本における「東洋史」とはおおむね日本と欧米以外の国々・地域の歴史を指します。しかし、欧米の大学では日本史も東洋史のなかに含まれます。東洋の英訳はOrientですが、欧米では一般に中東地域をイメージする言葉であり、東アジア・東南アジア・南アジアについてはAsiaと言ったほうが適切です。他方、中国で「東洋」というと、一般に日本を指します。中国からすると東の洋(海)にある国ですから自然な考え方です。「西洋」といえば、すぐに欧米世界が連想されるのに比べると、「東洋」は非常に曖昧で多義的な言葉といえるでしょう。

 

東洋史ゼミに所属する皆さんの問題関心や卒論のテーマも時代・地域ともに多様性に富んでいます。今は3年生だけですので、これから卒論の執筆に向けて歴史学の具体的方法論を学んでいます。アメリカの大学で歴史学を専攻する学部生向けに書かれたMary Lynn RampollaのA Pocket Guide to Writing in Historyを頑張って輪読しています。

 

今回のブログでは東洋史ゼミの雰囲気を読者の皆様にお伝えすべく、現役のゼミ生に順番で執筆してもらいました。まずは、日本の東洋学を代表する研究機関・専門図書館である東洋文庫に附属する「東洋文庫ミュージアム」を全員で見学した際のレポートから始めて頂きましょう。

 

■東洋文庫ミュージアム見学

こんにちは!東洋史ゼミ3年の元理歩です。私は大航海時代に中国・日本からヨーロッパにもたらされた陶磁器から見るヨーロッパにおけるアジア観を卒論テーマとしています。

 

私たち東洋史ゼミの学生は、ゼミ研究の一環として東洋文庫ミュージアムの見学会をしばしば実施しています。今回は、2018年1月18日〜2018年5月27日に開催されていた「ハワイと南の島々展」の紹介をさせていただきます。

 

太平洋にはいくつもの島々が浮かんでいます。それらへの美しいイメージはあっても、なかなか歴史や文化に触れることはないのではないでしょうか。この展示会では、そんな歴史・文化を、かつて現地へ訪れたヨーロッパの宣教師や冒険家たちの記録などから知ることができました。

 

印象に残っているのは『キャプテン・クック航海記図版集』のタヒチ島の踊りが描かれた挿絵です。サイズは大きくなくても、とても細かく描写されていて、描かれた女性の優しげな笑みがとても印象的でした。人々の文化や歴史以外にも、極彩色の羽をもつ鳥などの珍しい動植物を記録した図鑑の展示もされていたため、よりいっそう南の島々への憧れ・興味をかきたてられます。

 

そしてこの展示はハワイ日系移民渡航150周年を記念して開催されていましたので、ハワイと日本の関係も見ることができました。ハワイは現在も日本人が多く訪れる人気の観光地ですが、両者の歴史的関係をあまり意識していなかったため、あらためて知ることができて良かったと思います。明治時代に日本の皇室とハワイの王室との婚姻話が持ち上がっていたことを知り、それが実現していたら今頃はハワイに行くときはパスポートがいらなくなったかもしれないという話にはとても驚きました。

 

東洋文庫ミュージアムの展示は所蔵する文献をメインとするため、絵画のような華やかさはあまりありませんが、ゆっくりと落ち着いて見学をして、歴史に思いをはせるにはぴったりな場所だと思います。今後も面白い展示が続きます。来年度から歴文生はキャンパスメンバーズで入場無料となります。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

東洋文庫

http://www.toyo-bunko.or.jp/

東洋文庫ミュージアム

http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/museum_index.php

 

■ゼミ旅行 ①天草キリシタン館

東洋史ゼミ3年の佐藤萌々恵です。私は「日土(日本・トルコ)交流」の礎を築き、両国の架け橋となった日本人の山田寅次郎についてエルトゥールル号事件から日土貿易協会設立までを段階別に調査し、そこから見えてくる日土交流の実像を卒論のテーマとしています。

 

この夏ゼミ旅行を実施しました。旅行先は日本のなかでも昔から東西文化の交流が盛んで、その史跡が多く残る熊本県の天草を訪れました。潜伏キリシタンの関連遺産がちょうど世界遺産に指定されたばかりで注目の集まる島でもあります。

 

1日目の9月18日に私たちは「天草キリシタン館」を訪れました。天草キリシタン館には島原・天草一揆で使用された武器や国指定重要文化財の『天草四郎陣中旗』、キリシタン弾圧期の踏み絵、隠れキリシタンの生活が偲ばれるマリア観音など約200点が展示されています。

 

私たちは館長である平田先生からレクチャーをしていただき、天草島原一揆を中心とした天草キリシタン史について学びました。その中でも私は江戸幕府による禁教政策下において密かにキリスト教の信仰を継承した潜伏キリシタンの独自の文化的伝統や既存社会・宗教との共存がとても印象に残っています。

 

また、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として天草が世界遺産の登録を受けたことに関する意見交換を行う機会もありました。平田館長の世界遺産推進室長としての取り組みや世界遺産登録に至るまでの困難と登録後の課題、保存と活用のバランスなど座学だけでは得ることの出来ないリアルな学びは貴重な経験となりました。

天草キリシタン館

http://www.city.amakusa.kumamoto.jp/kirishitan/

 

■ゼミ旅行 ②天草市立本渡歴史民俗資料館

東洋史ゼミ3年の栗原彩香です。纏足からみた近代における中国女性の生活と社会的位置づけを卒論テーマとしています。

 

私たちは2日目の午前中に天草市立本渡歴史民俗資料館に行きました。天草地方の民具、民芸品、生活用品などの資料が約3,800点収蔵されており、天草全体の歴史の流れを知ることができます。

 

大陸との交流を物語る縄文時代の大矢遺跡、古墳時代の妻の鼻古墳群の出土遺物等も展示しています。1階は天草の歴史、2階は民俗資料を主に展示しています。天草の民家を再現したコーナーもあり実際に体験することができるのも魅力の1つです。天草の古代から近現代にいたる歴史の流れを知ることができる資料館となっています。

 

展示を見学した後、資料館のご厚意で会議室をお借りして、参加者が今回のゼミ旅行で与えられた各自の調査課題を発表し、お互いに調査で用いた参考文献を紹介しながら、天草とアジアとの歴史的な深いつながりについて意見・情報の交換を活発に行いました。

 

資料館の目の前は海です。

入り口には熊本県を代表するくまモンが並んでいました!

 

■ゼミ旅行 ③天草コレジヨ館

東洋史ゼミ3年の魚取諒です。私は李朝時代の朝鮮半島における女性の社会的役割を卒論のテーマにしています。

 

私たちは2日目の午後に天草コレジヨ館を訪問しました。ここでは16世紀以降、天草に伝えられた南蛮文化の資料が多く展示されています。

 

日本史の教科書でおなじみの天正遣欧使節の少年たちが持ち帰ったグーテンベルクの活版印刷機を用いて天草で刷られた「天草本」の複製や、復元されたグーテンベルク活版印刷機そのものが特に見応えがあります。他にも南蛮船の模型や当時のキリシタンが演奏したであろう西洋古楽器の複製、天正使節団の関連資料も多く展示されています。いずれも間近で見学することができます。

 

■ゼミ旅行 ④崎津教会

東洋史ゼミ3年の吉田菜々です。私は日本と中国沿岸における東インド会社と海賊との関係を卒論のテーマとしています。

 

天草コレジヨ館見学の後、私たちはいよいよ世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の最重要な構成資産の一つである崎津の集落を訪れました。注目するべきものは2つありました。それは崎津教会と崎津の独特な漁村風景です。後者についてはのちほど飛永さんが紹介してくれるので、私は前者の崎津教会のついて書きたいと思います。

 

崎津教会はカトリック浦上教会や大江教会の設計・施行に関わった鉄川与助によって設計されました。現在の教会は1934年に再建されたものだそうです。私たちが崎津に到着し、集落のなかの小道を進むと、ゴシック様式の崎津教会が突然目の前に浮き出るように現れたことを思い出します。低い建物の多い集落のなかで、先端に十字架を付けた教会はシンボルのように目立っており大変印象的でした。

 

教会について少し驚いたことがあります。それは教会の建物の床に畳が敷き詰められていたことです。日本の生活風土のなかに教会が上手く溶け込んでいることを示す象徴的事例であると感じました。

 

崎津教会自体も印象深いのですが、関連してもう一つ面白いものが崎津にはありました。それは崎津のお寺、神社、教会がそれぞれのご朱印を一つご朱印帳に納めて訪問者へ提供していることです。仏教・神道・キリスト教がそれぞれ共存している崎津独特の生活文化を象徴しており、私も記念に頂いて帰りました。

 

崎津の信仰に関わる歴史の背景と、美しい教会のある風景は、写真だけでは分からない魅力に溢れていると言えます。天草に行くのなら、立ち寄ってみることをおすすめしたいです。

 

■ゼミ旅行 ⑤世界遺産 崎津集落

東洋史ゼミ3年の飛永莉羅です。私は古代エジプトのハトシェプストを卒論テーマとしています。

 

吉田さんのご報告に続いて崎津集落をご紹介します。ここは昔ながらの日本家屋が並ぶ集落の中央に崎津教会が建っている独特の景観を持ちながら、どこか懐かしい穏やかな雰囲気の漁村でした。

 

また、2018年7月に世界文化遺産に登録が決定した「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する遺産の一つであり、禁教下で潜伏キリシタンが信仰を継続していたことを示す集落です。漁村であるこの集落は、身近にあったものを代用して信心具とし、信仰を実践していました。アワビやタイラギなど貝殻の内側の模様を聖母マリアに見立て、さらに漁業の神ともされる恵比寿などを唯一神ゼウスに見立てていたとされます。

 

私たちは、崎津教会を崎津出身のガイドさんに解説していただき見学しました。限られた短い時間のなか、崎津資料館みなと屋の見学や特産品のお店をまわり、崎津の海風と町並みを堪能しつつ歩き、そして、全力で走りました。時間ぎりぎりに特産品“杉ようかん”を求め崎津を疾走し、優しいおばあさまのお店で1パック購入、おまけで1パック頂いてきたことは忘れられない出来事です。世界遺産になった地とそこで生活している人々の思い出や記憶、あたたかさにも触れられ貴重な経験であったと思っています。

 

■ゼミ旅行 ⑥大江教会・天草ロザリオ館・妙見ヶ浦

こんにちは、東洋史ゼミ3年の彦坂琳子です!私の卒論のテーマは「日本人漂流者の視点から見たロマノフ王朝時代のロシアの社会格差~生活文化を中心として」です。

 

崎津集落を後にし、私たちは大江教会と天草ロザリオ館を訪問しました。大江教会はパリ外国宣教会に所属したフランス人の宣教師ガルニエ神父が地元の信者さんとともに建てた美しい教会です。天草ロザリオ館は教会のすぐ近くにあり、隠れキリシタンにまつわる多くの貴重な展示物を間近に見ることができます。

 

大江教会は、ゴシック様式の重厚な崎津教会とは趣の異なるロマネスク様式の明るい白亜の教会です。小高い丘の上に建っていて大変可愛らしい外観で、教会のなかも居心地がよいです。天草の地に50年間暮らし、大江の集落の人々に「パーテルさん」と呼ばれて愛されたガルニエ神父にしばし想いをはせることができます。

 

教会の前にてみんなで記念写真を撮りました。地元の方々が名産品を販売しており、とれたての美味しいみかんジュースを頂くことができました。天草市内へ戻る帰り道に観た妙見ヶ浦の絶景も素晴らしく、天草の歴史と自然を存分に堪能した一日となりました。

 

■ゼミ旅行 ⑦世界遺産「三角西港」

こんにちは!東洋史ゼミ3年の伊藤栞織です。卒業論文では「紅茶がもたらした文化と社会の変容と影響」をテーマとしています。

 

私はゼミ旅行最後の訪問地となった「三角西港」の思い出についてお話しします。三角西港は「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産にも登録されている場所です。オランダ人水理工師ローウェンホルスト・ムルデルが設計した明治政府の三大築港とされています。

 

この日はあいにくのお天気でしたが、港からの眺めがとても美しく、洋風の建物が並んだ景色はヨーロッパの穏やかな小ぶりの港町といった雰囲気でした。他にも、ここに滞在したことのある小泉八雲が書いた『夏の日の夢』の舞台となった「浦島屋」や、映画『るろうに剣心』の撮影場所になった「旧三角簡易裁判所」などにも訪れました。

 

地元ガイドの方や宇城市の職員の方にお話を聞くことができたのは、ゼミ旅行ならではの贅沢だと思います!三角西港の歴史や文化のお話はとても面白く、じっくりと見学したかったのですが、滞在時間が短かったのがとても残念です…。市の方から、夕方は「西港明治館」のテラスからの眺めがとても良い、とお聞きしたので、次はぜひ夕日を眺めてみたいです♪(*^^*)

 

※この日の見学の様子は宇城市のホームページにご紹介頂きました。ご関係の皆さま有難うございます!

https://www.city.uki.kumamoto.jp/q/aview/1/13760.html

 

■ゼミ旅行 番外編 熊本光葉同窓会の森下会長と

東洋史ゼミ担当教員の牧野です。今回のゼミ旅行の解散地となった熊本市内にて、参加者は昭和女子大学の光葉同窓会熊本県支部会の森下知恵子会長と昼食をご一緒する機会に恵まれました。全国に広がる光葉同窓会のなかでも熊本県支部会は若手が多くとても活発であるとのことです。森下会長も企業経営者として、家庭人として素敵なキャリアを築いておられます。会長の学生時代の思い出話に興味深く耳を傾け、東洋史ゼミの学生たちは現在のキャンパスライフを活き活きと伝えていました。お陰様でとてもアットホームな交歓の場となりました。どこへ行っても同窓の先輩の存在は心強いですね!

 

今回のブログ記事の最後を締めくくるのは、昭和女子大学からほど近い静嘉堂文庫美術館についてのご報告です。

■静嘉堂文庫美術館の見学

こんにちは、東洋史ゼミ3年の鈴木彩乃と申します。私は東洋各地におけるコーヒー受容の歩みを卒論のテーマに据えています。

 

東洋史ゼミでは博物館や美術館などの見学に行くことがあります。今回は世田谷区岡本にある静嘉堂文庫美術館について書きたいと思います。最寄り駅は東急田園都市線・大井町線の二子玉川駅ですので大学からは近いです。駅からはバスかタクシー、あるいは徒歩での移動になります。

 

静嘉堂文庫美術館は岩﨑彌之助、岩﨑小彌太の二代が集めた東洋古美術品を収蔵しています。彌之助は三菱財閥の創立者である岩崎彌太郎の弟にあたる人です。東洋文庫が彌太郎の長男である久彌の創立ですから、同じ三菱・岩崎家の収集品ということで深い関係があります。美術館はいわゆる常設展示ではなく、展覧会が開催されているときだけ開館しているようです。

 

私は見学に行くまで静嘉堂文庫美術館の存在を知らなかったので、ゼミ活動の一環としてこうした場所を知ることができたのはとても有益でした。今回訪ねた「〜生誕200年記念〜幕末の北方探検家 松浦武四郎展」はたいへん面白かったです。

 

松浦は幕末から明治初期の人物で、現地のアイヌ人と協力して蝦夷の各地を調査しました。

沿岸部だけでなく内陸部の地名をも詳細に記した地図をつくり、また北海道という名称をつくったのも彼です。とあるアニメでアイヌが注目されているなか、2019年には松浦を主人公にしたテレビドラマが作成されるようで、話題性抜群ですね。

 

松浦は探検家だけでなく、コレクターという一面も持ち合わせていました。後世に当時を語るものとして蒐集していたのだと思われます。幼少の頃から骨董品に興味があったようなので、好きなものを集めていただけという可能性もあります。

 

展覧会のなかでは『武四郎涅槃図』という絵が展示してありました。特に印象に残った作品です。これには永眠した松浦をコレクションの数々が囲んでいる様子が描かれています。

名前の通り仏涅槃図をパロディー化したものですが、囲むのは弟子ではなくコレクション品です。これを見て、師匠から弟子が教えを継いで遺されるのと同じように、コレクションが彼の示す当時を語っているのだろうと感じました。

 

長々と私感を書いてまいりましたが、正直なところ真面目アピールです。普段はこんなに色々考えたりしません。いかに被写体にならないかくらいしか考えてません(笑)。最後にその成果があらわれている写真で締めさせてもらいます。

静嘉堂文庫美術館

http://www.seikado.or.jp/

 

■むすびにかえて

再び教員の牧野です。以上、東洋史ゼミのご紹介でした。現場の生の声を伝えてもらいたく、現役のゼミ生にご執筆頂きました。これから昭和女子大学の歴史文化学科で東洋史を学んでみたいと思っている受験生、あるいはゼミの選択に迷っている歴文の1・2年生のご参考になれば幸いです。好奇心と探究心あふれる皆さんの入ゼミをお待ちしています!

 

「被爆者の声を未来につなぐ公開ミーティング」に参加して [2018年12月18日(火)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

「被爆者の声を未来につなぐ公開ミーティング」に参加したメンバーの感想を記します。

今回の公開ミーティングでは、このプロジェクトで必ず当たるであろう壁にあたったかなと思います。「原爆被害の地獄に向き合わないと(被爆者以外の人たちは)被爆者にはなれない」この一言はプロジェクトをやる上で絶対に忘れてはいけない言葉であり、運動史を学ぶ責任や言葉使いの重さなど全てが織り込まれた言葉であると、身が引き締まる想いでした。学生が運動史の研究を行うプラス面も、マイナス面も分かるとても経験として大きい会でした。(吉村知華・歴文3年)

プロジェクトの内容について初めて公の場でプレゼンする機会で、私たちの研究成果を一定感じられた反面、まだまだ課題が多く残っており、原爆問題を扱う責任をもっと強く持たないといけないと思いました。4年後の博物館展示をゴールとしているこのプロジェクトですが、その為にも更なる熱意を持って、史料と向き合っていきたいです。(川古谷奈々・歴文3年)

昨日の公開ミーティングで、もっと被爆者や原爆の問題について丁寧に、慎重に取り組まないといけないなと思いました。4つのブースに分かれて話し合いをしたときに、多くの人から質問やご指摘があったので、「被爆者に『なる』」を、もっと掘り下げて研究していくことが可能なのだなということを実感しました。特に、岩佐さん(ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会)の発言で感じたことが多かったので、吉村先輩も仰っていますが、その時の一言を忘れずに、活動していきたいなと思います。(印出也美・歴文1年)

自分たちの研究を多くの人の前で初めて報告してレスポンスを得たことで、詰めねばならない論点もはっきりしてきました。これからの活動の指針となる良い機会となったと思います。

本プロジェクトの関連記事はS-LABOでまとめて読めます。

「被爆者の声を未来につなぐ公開ミーティング」で研究発表しました! [2018年12月16日(日)]

こんにちは!戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2018年12月15日に武蔵大学にて「被爆者の声を未来につなぐ公開ミーティング~「ノーモア・ヒバクシャ継承センター」の設立をめざして~」」が開催され、私たちは「「被爆者に『なる』のコンセプト着想に至るまで」の報告をおこないました。

11月におこなった秋桜祭展示における議論の軸を、被爆者問題にご関心があるみなさまに、あらためてお話しする時間となりました。70名を超えるご来場者を前にして、とても緊張しましたが、自分たちが学んで来たことを信じて、堂々と研究発表をいたしました。

私たちの他にも「未来につなぐ被曝の記憶プロジェクト」「継承する人をつなぐプロジェクト」「よみがえる奈良県原爆被害者の記録~手探りの掘り起こしから継承へ」の3本の報告がなされ、報告後は休憩を挟んで、別室に移動して、ご来場者からの質問に応える質疑応答の時間となりました。

被害者ではなく、被爆者としての意識を持って主張することを「被爆者に「なる」」と私たちは表現したのですが、そのことばの意味をめぐってたくさんの質問が寄せられました。なかには被爆者からの厳しい意見もありましたが、研究してきた土台がある分、胸を張って応答できたと思います。

たくさんの議論を経て、会の最後にはリラックスして、自分たちの意見を話すことが出来る様になったと思います。

これまでもそうですが、この日のイベントでもたくさんの方と名刺交換をいたしました。まだメンバーの間で、名刺交換した情報の集約はしていませんが、20名以上のかたと新しく知り合い話すことが出来たと思います。

特にこれからもお話しを伺っていきたい方には積極的に追いかけていって、挨拶をしました。

こうした人と人とのつながりの中から次年度の活動の方向性を考えていきたいと思います!

文化史学会第35回大会のご案内 [2018年12月06日(木)]

12月15日(土)に文化史学会第35回大会が開催されます。
どなたでも参加自由ですので、ふるってご参加ください。

〈日 時〉 平成30年12月15日(土) 13:30~16:30

〈会 場〉 昭和女子大学 1号館5階 5S33教室

〈参加費〉 無 料


☆★大会プログラム★☆
13:30~ 
   【開会挨拶】
13:35~14:35
   【大会講演】鰐淵 秀一(昭和女子大学非常勤講師)
   「歴史と映画 -アメリカ史とハリウッド映画から考える-」
〈休憩〉
14:45~15:15
   【調査報告】小池 さや香(昭和女子大学学生)・前田 桃子(昭和女子大学学生)
   「神奈川県足柄上郡大井町中屋敷遺跡2018年夏季発掘調査報告」

〈休憩〉

15:20~16:20
【研究発表】
田中 眞奈子(昭和女子大学専任講師)
 「先端科学技術を用いて江戸・明治の匠の制作技術を探る
       〜火縄銃・日本刀・自在置物などの鉄鋼文化財の分析を通して〜」

池田 舞衣(昭和女子大学大学院生)
 「鎌倉時代におけるオビシャ -『鎌倉遺文』を中心に-」

16:25~
  【閉会挨拶】

文化史学会大会に関するお問い合わせは
昭和女子大学 人間文化学部 歴史文化学科 教授室
(Tel:03-3411ー5373/Fax:03-3411-7059)
までお願いします。

大学案内用の写真を撮りました!(日本近現代史ゼミ) [2018年12月01日(土)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。

2020年度入試用の大学案内にて、日本近現代史ゼミ(日本史演習B)が取りあげられることになり、昨日はゼミ風景を撮影して頂きました。

プロのカメラマンに大学案内掲載用のきちんとした写真を撮っていただいたあと、撮影に立ち会っていらしたアドミッション部のN田さん(職員さん)にお願いしまして、ゼミ風景を撮っていただきました。

さてこのゼミ風景写真にはいくつかの本当と少しの嘘があります。このブログは受験生もご覧になっていると思いますので、解説します。

①机をまるく囲んで話し合う

本当!

ゼミは議論をして考える力を鍛える場です。そのためには、みんながお互いの顔を見ながら、意見を述べ合っていくことが大事です。他の学生が良い質問を出したら悔しくもなるし、失敗したら恥ずかしくもなる。でも、議論の場で揉まれることでしか、考える力は成長できないからね!

私は「質問を出す力」もとても大事だと思っていますし、鍛えたいと思っています。そのためのいくつかのコツも指導して、議論の中で「歴史学の考え方」を身につけられるようにしています。

ちなみに、松田ゼミの場合には90分の授業時間で2人の学生が研究報告します。各回のゼミでは、「報告時間20分+質疑応答25分」を2回繰り返し90分となるのが基本スタイルです。各報告者にはA4で8ページ分を基準とする分量の配付資料を用意してもらっています。質疑応答には学生全員が参加して、研究報告での疑問点やさらに深められそうな論点を探っていきます。

1人目の報告が面白かった場合、議論が白熱して、2人目の報告時間が短くなってしまうこともしばしば笑 そうならないように教員の責任のもと、時間調整は頑張っているのですが。

②笑顔あふれる談笑風景

半分本当で半分嘘。

研究内容に関する議論をするときには、ありえないくらい真剣勝負です。「研究報告が論理的に組み立てられているかどうか」「研究報告に欠けている部分はどこにあるのか」「研究の今後の課題はなにか」を徹底的に議論します。報告したゼミ生の研究を「ゼミ生+松田」のみんなで応援して、育ててあげる場所、それがゼミです。

もしかしたらみなさんの中にはなにか発表するときに「質問がでないほうがいいなぁ」「質問がでると怖いなぁ」と思うことがあるかもしれません。でも松田ゼミにおいては「質問をもらえることは、関心をもってもらえたということであり、良い研究報告だった証拠である」「関心を持たれなければ、質問もでない」という意識を徹底しています。

逆に聞き手の立場からすると、質問をすることは報告者に対する「愛情表現」ですね。「あなたの研究に関心を持っていますよ!」というメッセージですから。

一方で、真剣勝負をするからにはゼミ生の間に「信頼関係」がないと絶対にダメだと松田は考えています。

なので出来る限り議論の外側では談笑して、お互いのことをわかり合っておきたいな~と思っています。そのためにゼミ旅行とかもやっています。毎週顔をあわせて話しあうわけですので、ゼミ生同士の関係は濃密で仲がよいですよ!

正式の『大学案内』にはどっちの写真が使われるんだろう?和やか系か、真剣系か?

③ホワイトボードに書き殴られた、やたら主張の激しい筆跡

本当です!

学生の報告内容や質疑応答の内容を全員で共有して理解を深めるために、ホワイトボードにガンガンまとめていきます。今回の報告は「戦後日本の道徳教育において、1960年代に出された『期待される人間像』がもった意味について」です。

研究意図が明確であり、しかもたくさんの作業量がかけられた、とても良い報告でしたので、ホワイトボードに書き殴る松田のテンションもあがっています笑

④机の上に積まれた本

半分本当で半分嘘笑

今回の報告者は写真一番奥の学生です。彼女の手元に積まれている数冊の本はガチです。報告時には予想もしない角度からの質問や、引用した論文についてさらに深く突っ込むような質問も飛び交います。報告を担当する学生は参考文献をしっかり用意して、質問に応えられるようにしてゼミに臨みます。

それ以外の本はちょっと撮影用に見栄を張った部分もある……カモ?

ということで松田ゼミの紹介でした。最後にカメラ目線でパシャリ。

共同研究をおこなって―戦後史プロジェクトA班(小方組)の感想― [2018年12月01日(土)]

こんにちは!戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト、A班です。

本年度の活動ではプロジェクトメンバー12名が3名ずつ4班に分かれ、分担して研究を進めました。

私たちの班は、長崎の被爆者である吉田一人さんと、ノーモアヒバクシャ記憶遺産を継承する会の栗原淑江さんが人生の各段階でお考えになってきたことを明らかにする研究を受けもちました。

夏に研究対象が決定してからは、各人の著書や新聞記事などを中心に史料を集めていきました。事前の準備をおこなった上で9月20日には栗原さん、9月25日には吉田さんに対する聞き取り調査を行い、ご本人の口から、ご自身の経験や、これからを生きる世代に伝えたいことなどを伺いました。

特に、吉田さんの「被爆者に『なる』」というお考え、また、栗原さんの被爆者と共に歩む姿勢は、戦後史プロジェクト全体に大きなヒントを与えてくださいました。

以下では、秋桜祭での展示を終えた班員の感想をご紹介いたします!

秋桜祭実行委員会とのかけもちが難しく、プロジェクトに全力投球しきれなかった点には残念なところもありました。被爆者問題という重たい内容だったので、秋桜祭の展示にはほとんど人が来ない可能性もあると思っていました。しかし、実際にはたくさんの方が展示を足をお運びくださり、感想を書いてかれる姿を見てうるっとしました。辛いことも多かったですし、難しいことについて意見を求められ悩むこともありましたが、今まで頑張ってきてよかったと心から思いました。

そして、新聞記事を見てご来場になった被爆者の方々との出会いがあり、文化祭が終わったあともお手紙を頂いたりと、展示をしたことで「人と出会う喜び」を感じることができました。

ご高齢になった被爆者からの皆さんからは、ご自身のお持ちになっている史料や書籍が失われてしまうことに対する不安を抱えていらっしゃることを直接伺いました。やはり私たちのやっている史料の保存活動は今後も続けていくべきことなのだと再確認出来ました。

また、今日までの過程で先生や先輩方から研究とはなんたるかを学ぶこともできました。ありがとうございました!

素晴らしい仲間たちと日々研究をするなかで、沢山のかけがえのないものを得ることが出来ました。打ち上げの席上で泣いている吉村先輩(プロジェクトリーダー)に寄り添う小方先輩、川古谷先輩の3人の姿が本当に素敵で2年後にこんな風になれたらいいねという話を印出さんとしました。来年度もしっかり考えて頑張っていきたいと思っています。

(成瀬萌・歴史文化学科1年)

被爆者のことはプロジェクトに関わるまでは教科書レベルのことしか知りませんでしたが、調査をしたことで、被爆者が被爆後に起こした行動が、内容が濃く驚きました。特に、被爆問題が過去の問題ではなく今の問題であるということが分かったことは大きな発見でした。この先、どのようなことを調べていく必要があるのか、まだ明確になっていませんが、秋桜祭での展示「被爆者に『なる』」を発展させ、将来の研究に繋げていきたいと思います。

(印出也美・歴史文化学科1年)

このプロジェクトが始まるまでは、被爆者が年々減っていく中で「あの日」の記憶を風化させないことこそが、私たちのすべきことだと思っていました。しかし、吉田さんと栗原さんへの聞き取り調査や、メンバーとの熱いミーティングを重ねて、それだけでは不充分だということがわかりました。原爆被害は「あの日」で終わってはおらず、これからを生きる私たちは、原爆問題に当事者意識を持って向き合わなくてはならないということ、また、そのためには原爆被害者の軌跡を学ぶことも重要なのではないかと思うようになりました。私は3年生なので、これでプロジェクトは引退となりますが、これからも学び続けていきたいと思います。

(小方愛可・プロジェクトA班班長・歴史文化学科3年)