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『被団協』に掲載された岩佐幹三氏関連記事まとめ [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

9月21日のインタビューの準備のためにプロジェクトメンバーが協力して作成した資料をアップします。日本被団協の機関誌『被団協』の1号(1976年5月31日)~150号(1991年7月6日)に掲載された岩佐幹三氏関連の記事まとめです。

こちら(岩佐幹三氏関連記事まとめ)をクリックするとPDFが開きます。

1980年代の岩佐さんの活動の濃密さが伝わってくる内容となっています。

機関誌『被団協』のバックナンバーをすぐにみられるようになったのも、ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会に協力して、昭和女子大学の学生がおこなってきた被団協文書整理会の成果ですね!

戦後史プロジェクト 被爆者インタビュー(岩佐幹三氏) [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年9月21日に船橋勤労市民センター第2会議室にて、岩佐幹三さんへの聞き取り調査を行いました。

岩佐さんは広島の原爆でお母様と妹さんを失い、家の下敷きになったお母様を助けられなかったことへの想いや、いくら探し回っても妹さんを見つけることができなかったときの想いを抱えて、被爆者運動をなさっていらしたかたです。

今回さまざまな事前準備をした上で、インタビューに臨みましたが、もう90歳を越えていらっしゃる岩佐さんですが、資料と照らし合わせてもご記憶は確かであることに驚きました。

今回は岩佐さんが金沢大学法文学部にお勤めになっていらした時期に、石川県の原水爆被災者友の会会長(1960年~1992年)として活動なさったときのお話しを中心に伺いました。

はじめて被爆者として行動したのはストックホルムアピールへの署名だったが、最初はGHQのMPに目を付けられるのではないかと怖かったこと、第1回原水禁大会に参加したときに、まだ被爆の実相などなにも分かっていない時期だが「核をなくそう」との気持ちだけでつながっていたことに感銘を受けたこと。また自分としては「母と妹の死を悔しいと思う気持ちがあり、私たちのような人間をつくっちゃいけない」との気持ちがあったことなどを話して下さいました。

また友の会をつくるきっかけとなったのは、自分が被爆者健康手帳を取得したときに「被爆者同士つながらないと手帳を取った意味がない」と思ったとのお話しも印象的でした。友の会の活動といっても、運動というよりも、被爆者同士がつながりあうことに意味があると考えていて、やっていたのは署名や募金などであったとのことでした。

ただ石川県の代表として日本被団協の東京事務所でさまざまな会議に出席なさったときの活動をうかがう中で、岩佐さんが1980年代の被爆者運動のキーマンであったとの確証をプロジェクトメンバーは感じました。岩佐さんご自身は「私はなにもやってないよ、みんながやったこと」と何度もおっしゃっていましたが、1980年に基本懇答申があり、被爆者調査を実行し、被爆者の基本要求をつくり、死没者に対する運動を進める中で、岩佐さんのお名前はなんども史料に登場しますし、特に専門委員としてのご活動や被爆者調査特別委員会委員長としてのご活動が大きいように思いました。

また岩佐さんのお話を伺っていると、さまざまな葛藤や矛盾を抱えながら、今も岩佐さんが考え続けていることがよく分かりました。一瞬で世の中を変えてしまう原爆は、通常兵器とは違う「特別な被害」を与えるのだとの思いがありつつ、一方で戦争被害一般に対する補償が必要だとの想いも抱いていらっしゃいます。また真珠湾攻撃の時には「万歳」をして大喜びした当時の岩佐さんと、戦争は間違っていたのかどうかを考える今の岩佐さんの想いもあります。

「答え」ではなく、さまざまな「問い」に触れられるのは、こうした聞き取り調査ならではのことだなと思いました。

岩佐さん、本当にありがとうございました!

是非岩佐さんのご自宅にあるという岩佐幹三関連文書の整理もやらせてください!!!

戦後史プロジェクト 第19回ミーティング [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年9月12日におこなわれた第19回ミーティングの様子をお伝えします。ボストンにいっていた2年生3名が帰国し、まだ中屋敷遺跡での考古学発掘調査に参加する2名の出発直前という、ギリギリの日程で開かれたこのミーティングは、久々のフルメンバーの議論となりました!

さまざまな活動に参加できたメンバーと参加できなかったメンバーとの間で、情報共有をはかり、秋の秋桜祭に向けてのテーマづくりの議論をしました。

議事次第は以下の通り。

①まず日高さん(1年生)から、1年生メインで進めてきたこの夏の活動について報告があり、研究成果の共有を行いました。

②日本被団協がおこなった77年生活史調査について、1年生からの補足報告があり、原爆投下当時人間らしくふるまえなかったとの罪意識をもっている被爆者の存在、「聖戦」や「軍人」といった注目ワードなど、被爆者の実相が明らかになる調査結果がこのときに得られたのであろうとの議論がなされました。

③吉村さん(4年生)から、「国民法廷運動」「基本懇答申」に関する研究の概要を共有しました。

④ミーティング前日におこなった吉田一人さんインタビューでの聞き取り内容に関して情報共有し議論しました。

⑤9月21日に予定されている岩佐幹三さんのインタビューに備えて、当日質問したい内容や議論したい内容を調整しました。また岩佐さんが掲載されている『被団協』記事をリストアップして、インタビュー準備を進めることを決めました。

戦後史プロジェクト 被爆者インタビュー(吉田一人氏) [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年9月11日に長崎で被爆した吉田一人さんへの聞き取り調査を行いました。

吉田さんは昨年の9月25日にもインタビューしましたので、2度目の調査となります。

昨年度は長崎における被爆状況の聞き取りからはじまり、大きな身体的被害を受けなかった吉田さんが被爆者としての自覚を持って「被爆者に「なる」」過程を中心にうかがいました。私たちのプロジェクトにとって非常に大きな意味を持つ調査となりました。

今年は吉田さんが『被団協』新聞の編集長をなさっていた1980年代のご活動を中心に、被爆者運動の展開について、さまざまなお話しを伺いました。

戦後史プロジェクト ―被団協文書整理会・夏休み後半の部― [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年8月28日、30日、9月2日、5日 と夏の被団協文書整理会―夏休み後半の部―を開催いたしました!

 

 

戦後史プロジェクト 被爆者インタビュー(濱住治郎氏) [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年9月6日14時~17時に昭和女子大学7号館2階にて、胎内被爆者の濱住治郎さんへの聞き取り調査を行いました。

濱住さんのご一家は広島への原爆投下によりお父様がお亡くなりになりました。原爆投下当時7人兄弟の末っ子だった濱住さんはお母さんのお腹の中だったのですが、お父さんを探すために、お母さんが市街地に入ったときに胎内被爆しました。

生まれながらの被爆者でありながら、投下直後のことは直接はなにも見ていない濱住さんが、お兄さんやお姉さんに原爆投下のことを聞きながら、徐々に「被爆者に「なっていく」」プロセスについて、数多くの事実を聞くことができました。

胎内被爆者は全部同じ学年なので話が合いやすいといったお話しや、胎内被爆者だからこそ語りうるものもあるとのお話しは非常に興味深かったですね。

2003年に稲置市で被爆者団体ができたときに参加した濱住さんですが、本格的に被爆者運動に乗りだしたのは2010年代からであり、これまでの被爆者運動の歴史を学びながら、その一方で自らも考えながら、慎重に御藩士になっている姿が印象的でした。

はじめて被爆者聞き取り調査に参加したメンバーもいましたが、それぞれに学問的な気付きがあり、たいへんに有意義な調査となりました。

濱住さん、ご協力ありがとうございました!

戦後史プロジェクト 第16回ミーティング [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

おそくなりましたが、8月6日におこなった16回ミーティングの様子をアップします。

メンバーの半分が夏休みの海外研修や海外旅行、発掘調査等に参加するため、なかなかフルメンバーの活動は難しいのですが、この日のミーティングでは、吉村さん(4年生)から国民法廷運動に関する報告について討議した後、夏の活動方針について話し合いました。おおきな方針としては以下の通りです。

①4年生の吉村さんが「『第1~14回原爆被爆者対策基本問題懇談会議事次第』を読み込み、原爆対策に対する基本懇の立場を精査すること。

②1年生が手分けして、『77年シンポ生活史調査』と『被団協』新聞を読み込み、課題を見つけだすこと。

論点は被爆者としての怒りとはなにかについて話し合っています。そのなかで出た話としては、被爆当時の証言には驚くほど「怒り」の感情が少ないことです。瞬間的に世界を変化させる原爆の元で、人間的な感情がついていかず何が起こったのか分からず右往左往している人びとの様子が印象的です。そうすると、被爆者の怒りは「最初からあった」のではなく、原爆を理解することで「生まれてきたり」「思い出されたり」するものではないかというのが私たちの現在の議論です。

このあとも史料整理や被爆者への聞き取り調査があるので、その論点をつめていきたいと思います。

 

クラスの学生が参加するオペラを観劇してきました! [2019年08月06日(火)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。

私は今歴文の2年A組のクラスアドバイザー(担任)をしているのですが、クラスの学生のSさんからご招待を受けて、彼女が所属する東京大学歌劇団公演「愛の妙薬」(@三鷹市公会堂)を観劇してきました!オペラです。

歌も演奏も演技も舞台も素晴らしい完成度であり、心から楽しめました。特にメインキャストの5名の歌声は力強く、3時間近くに及ぶ公演時間の最後まで衰えることはありませんでした。ものすごい練習量とボイストレーニングをなさっているんだろうとなぁと感服いたしました。開演時間の1時間前にはすでに数百名の長蛇の列となっていたのですが、その集客にも納得です!

Sさんはキャスト(女声合唱隊)兼スタッフ(舞台美術)。本学のテスト期間も勉強もをしっかりしながら、毎日21時頃までスタッフワークをなさっていることは聞いていたのですが、その努力の成果が表れた公演だったと思います。

Sさん、この度はお招きいただきありがとうございました!

日本近現代史ゼミの日常風景 [2019年08月05日(月)]

こんにちは!松田忍(日本近現代史)です。

2019年7月26日は前期の日本近現代史ゼミ最終回でした。ゼミ開始前には卒業アルバム用のゼミ写真の撮影をしました。

卒アル写真はこんな感じ!

で、せっかくカメラをゼミに持ちこんだので、この機会にゼミ開始前の日常風景を写真に収めようとパシャパシャと撮影しました!

この日は最終日と言うこともあり、みんな自分の報告分担が終わって、かなりのリラックスムード(報告者以外)。

で、ゼミの授業時間が始まると報告者のレジュメを配って……

研究報告スタート!

報告後の質疑応答ではいつも通り激しく議論も飛び交いました。

卒論まっただなかの4年生は夏ゼミも開催予定です。みなさんまだまだこれから史料収集と解読を進めていかねばならない身なので、この夏を有効にね!

ではでは!

歴文1年生から受験生のみなさまへのメッセージ [2019年08月05日(月)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。1年生に「前期を終えての歴文1年生」のアンケートを取るときに、歴文ブログに掲載したら受験生もたくさんみてくれるよといったところ、受験生へのメッセージを書いて下さった方もいました!

ここで紹介します。

【歴文1年生から受験生へのメッセージ】

受験生の皆さんは、今は本当にしんどいと思うけど、大学に入ってしまえば、とても楽しい毎日です。心折れずに、やっていってください!一緒に大学生活を楽しみましょう!(レポート、テストとは難しいし、出欠席は他大学に比べてめちゃめちゃ厳しいですが……)(舞台ずき)

夏は一番だらける時期だと思う。時間だけ長く使うんじゃなくて、短時間でも集中して勉強しよう。あとは早めに赤本を解いてみて今の自分に足りないことをリスト化して、受験当日から逆算して間に合うように計画を立てることが大事!過去問演習が何より大切で、実際に私は過去問をたくさん解いた大学だけ合格しました(逆に言えば……)。昭和女子は15年分を5回ずつ解きました。

あと秋や冬は模試の結果をみて、受験校を妥協せざるを得なくなるかも知れない。でも学部(自分の勉強したい事)だけは絶対に折り曲げちゃダメ!その後入学したときに後悔します。私は「歴史学を学びたい」を貫いて本当に良かったと思う。歴文生、毎日楽しい!(シナモン)

第1志望でもそうじゃなくても、やりたいことがはっきりしていれば、充実した大学生活が送れると思います。今は目の前のことに向かってがんばって下さい!(C.N.)

公募制推薦を目指す人へ!課題図書はしっかり読んで準備しよう。そこから自分の考えや意見を持っておくのも重要。図にまとめてみると頭に入るよ。(うなぎ食べたい)

(受験生に対して)受験勉強は今は大変だと思いますが、終わったら虫かごからでられた蝶、檻から出られたライオンの方な開放感が待ってます。頑張れ!(Mentori. M)

受験勉強も大学での学びも勉強する意味を見出せたら、辛くとも楽しくなります!(埼玉のアーミー)

受験生のみなさんへ 悔いの残らないようがむしゃらに頑張ってください!!本当でここで頑張るか頑張らないかで将来が変わってくると思います。受験生の時に身につけた知識や忍耐力は絶対に役立ちます!息抜きはほどほどにして自分の限界を超えてきて下さい!心から応援しています!!(ありさ)

この写真は2019年2月14日に開催された歴文でのスクーリングの写真です。写っているのは歴文1年生の半年前の姿です。いま充実した生活を送っている歴文1年生たちもかつては制服に身を包んだ高校生たちでした。

受験については高校や塾の先生、先輩やご家族などからいろいろなアドバイスがあるかと思いますし、考え方はそれぞれです。でも私は、上のコメントで、シナモンさんやC.N.さんがおっしゃっているように、「学部(学びたい分野)で妥協しないこと」が一番大事だと思います。

もしかしたら、なかには「歴史を学んでも何の意味があるの?」のことばに苦しめられている受験生もいるかも知れません。

そういった受験生は、こちらをもう一度読みなおして気持ちを強く持とう。人類が文字をもつに至って以来、歴史は、生きていくための叡智と未来を展望する勇気を人々に与え続けてきました。なんでも貪欲に吸収できる青春の4年間を歴史にかけることは、あなたのこれからの長い人生の最高の土台となると確信しています。

オープンキャンパスにいらした受験生たちに私が必ずかける言葉があります。

「たくさんの大学を受けることと思いますので、他大学に進学する可能性の方が高いかもしれない。でもどこの大学で学ぶにせよ、歴史に興味があって歴文のブースにいらしたあなたには、是非歴史学を選択して欲しい!そしてもしご縁があって昭和女子大学にいらしたら、一緒に頑張っていこう!」