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京都鉄道博物館にいってきました! [2020年01月03日(金)]

あけましておめでとうございます。松田忍(日本近現代史)です。

私は京都生まれでありまして、正月はだいたい京都で過ごします。せっかく京都に帰るのだからということで、1月2日にはとにかく京都を歩き倒して、いろいろなものを見倒すことを毎年の通例にしております。

今年もいろいろと回ったのですが、そのなかから京都鉄道博物館を紹介します。

京都の梅小路にはもともと蒸気機関車館があったのですが、2016年に京都鉄道博物館としてリニューアルオープンしました。鉄道の技術史や体験コーナーなども面白いのですが、大きな見どころは2つです。

1つ目は扇形車庫。

上の写真をみていただくと、線路が放射状に延びているのが分かるかと思います。写真の上部には機関車を収容する車庫が20箇所並んでいます。そして車庫からだした機関車を、中央のターンテーブルのようなもの(転車台)を利用して、任意の線路へとだすことができます。20台もの機関車を収容可能なわりには非常にコンパクトです。

扇形車庫は日本にも数カ所しか残ってないのですが、京都の梅小路では完全な形で保存されています。

2つ目は旧二条駅舎。

なかなか立派な駅舎でしょ!?この二条駅は私の実家の最寄り駅でもありまして、密かに子どもの頃の誇りでした笑 二条駅は京都御所に近いことから、行幸・行啓に利用されることもありました。そのため駅舎内には貴賓室もあります(一般公開されたこともあるみたいですね~)。山陰本線が高架化される時に駅舎としての使命を終えて撤去されましたが、文化遺産としての価値が惜しまれ、京都鉄道博物館の敷地内に移築されて、ミュージアムショップとして利用されています。

さてここ梅小路にはたくさんの蒸気機関車があり、動態保存(今も動く)されているものもあるのですが、B20形蒸気機関車を紹介してみます。

トーマス君に近い形をしていて、子ども達にも人気の機関車です。機関車というのは重さに比例して牽引できる貨物量も増える傾向があるのですが、このB20形はわずか20トン。戦争末期につくられたこともあり、無駄を省いた形状をしており、それが今となっては逆に可愛く見える原因なのかな~と思ってみたり。

京都に旅行する歴文生はかなり多いですが、京都に旅行して鉄道博物館にいくこともなかなか少ないかなと思いまして、あえて紹介してみました笑 琵琶湖疎水蹴上インクラインなどの産業遺産もオススメです。京都にお越しの際は是非!

2019年を写真と共に振り返る! [2019年12月30日(月)]

みなさまこんにちは。松田忍(日本近現代史)です。

今年もあと2日を残すのみとなりました。写真フォルダの整理ついでに、今年一年を振り返ってみたいと思います。

松田研究室で卒論の最後の追い込みをするゼミ生たち(2019年1月9日)

毎年の恒例行事。ここに写っているみなさんは卒業しましたが、来年早々はこうならないようにな!!頼むぞ、今の4年生!!笑

卒論集をつくって浮かれる旧4年生(2019年2月1日)

みたまんまです笑

新入生スクーリング(2019年2月14日)

新入生向けすクーリング。みなさん初顔合わせで、若干の緊張感はありましたがすぐ打ち解け、大いに盛り上がりました。入学準備教育の一環としてのグループワークのようす。

プロジェクト研究成果発表会(2019年2月15日)

リエゾンセンター直轄のプロジェクトが一堂に会して、研究成果を相互にパネル発表するイベント。プロジェクト1年目メンバーが来場してくださった先生に説明しているところ。本当に君らよく頑張ったよ!

OGとのお食事会(2019年2月24日)

卒業後1年経った2018年度ゼミ生とのお食事会!群馬や福島の方もいらっしゃるのですが、ほぼ全員が参加しました。この代は在学中はいろいろと激しかったのですが、卒業してからも猛烈な勢いで一緒に遊んでいるそうです。

卒業式(2019年3月16日)

みんな元気にしてるか~!?

新入生歓迎夕食会(2019年4月8日)

1年生のみなさまは最初から本当に落ち着いていらして、積極的に交流なさっていらっしゃいました。それから9ヵ月経った今ではもうすっかり歴文に馴染んだ様子です。

GWの新潟旅行(プライベート・2019年4月30日)

GWはこれまであまり行ったことがなかった新潟に旅行。弥彦山からの新潟平野の眺めは、一面に広がる水田と点在する市街地の雄大さが圧巻でした。写真は新潟憲政記念館の旧県会議事場のようす。ごはんもおいしゅうございました。

実践倫理でのプロジェクト紹介(2019年5月9日)

戦後史資料を後世に伝えるプロジェクトを代表して、4年生の吉村さんが1年必修授業「実践倫理」でプロジェクト紹介した時の写真。1500名以上の1年生を前に、すばらしいプレゼンでした!

写真同好会の撮影会@横浜(2019年5月19日)

顧問として写真同好会の撮影会へ参加したときの写真。山下公園やレンガ倉庫などを撮りました。背中が写っている3年生のTさんは1年のときから部長をつとめ、廃部寸前だった写真同好会を見事に立て直しました!本当におつかれ!

世田谷歴史散歩(2019年5月25日)

世田谷歴史散歩の写真。今年も歴文1年生がたくさん参加してくれました。初夏の日差しにあせばみながら、楽しく散歩!

OGと江戸博へ(2019年5月26日)

2013年度卒業のOGと一緒に江戸東京博物館に遊びに行った時の写真。しゃがみこんだみんなが何を見ているかは歴文生なら分かるかな?このあとは当然両国のちゃんこ!

基礎ゼミ懇親会(2019年6月1日)

基礎ゼミ懇親(歴史文化基礎)のためのお好み焼きイベントの写真。みんな全身に煙を浴びて超油くさくなりました笑

横浜美術館@東明学林学寮研修(2019年6月4日)

6月4日から7日までは歴文2年生を引率して東明学林での宿泊研修。メインは企業座談会であり、学生のみなさんが積極的に動きまくった最高の会となりました。それ以外で松田の記憶に残っているのが横浜美術館でみた、壁画アーティスト淺井裕介さんの作品。全体を見ても迫力があり、細かく見ても工夫がこらされていて、どれだけみても飽きない興味深い作品でした。なによりこの時しか見られず、展示会がおわったら消すってのがすごいよね。横浜美術館訪問を企画してくださった田中眞奈子先生&木下亮先生に感謝!

宇佐八幡宮(2019年6月29日)

昭和女子大学の光葉同窓会に出張した際に、立ち寄った宇佐神宮(宇佐八幡)。宇佐では旧陸軍の航空基地跡などもたくさんまわりました。

基礎ゼミ補講(2019年7月11日)

これ基礎ゼミ(歴史文化基礎)の補講をやった時の写真だな。基礎ゼミでは全員パワポ報告をすることになっているのですが、みんなの準備が間に合わなくて急きょ補講。黒板の前に立っているのも学生です。パワポのスライド案を黒板に書いて説明してもらい、みんなで改善案を検討しているところ。

OGとのお食事会@新宿(2019年7月20日)

2016年度卒業のOGたちと一緒にお食事会!たいへん楽しゅうございました。

基礎ゼミ反省会という名の食事会(2019年7月31日)

1年生だけで大学での学び方を学ぶ基礎ゼミは毎年非常に楽しく、充実するのですが、今年もみなさんよく食らいついて勉強しました。ということでラストは食事会で打ち上げ。写真は、でてきたピザのあまりの巨大さに完食をあきらめる2人の様子(うち1人は食べきりました笑)

東京大学歌劇団公演@三鷹市公会堂(2019年8月4日)

一緒に写っているのは松田がクラスアドバイザーを務めるクラスのSさん。Sさんが所属する歌劇団のオペラに行ってまいりました。大学時代松田は劇団の照明スタッフをやっており、同じく劇団スタッフをつとめるSさんと話をしていて、お誘いを受けました。とはいえスタッフ兼役者だったそうでして、当日観ていると舞台に登場してびっくりなんてことも笑 公演の完成度の高さには舌を巻きました!!

世田谷キャンパス大工事の様子(2019年8月10日)

今年は正門からの道に並木が立ち並びました。これはその工事の様子。しばらく大学にいらしていないOGの方はぜひ一度遊びに来てください!キャンパスが本当にきれいにリニューアルしていますよ!

菅谷たたら山内@出雲旅行(プライベート・2019年8月26日)

8月下旬には島根をめぐる旅行にいきました。最初は石見銀山がメインだったのですが、天候の関係上出雲のたたら製鉄を学ぶたびに変更。これが大当たりでした。菅谷たたら山内など、たたら関連施設や博物館を一気に回り、本当に勉強になりました!たたら技術面白すぎる!写真はたたら製鉄の炉に砂鉄をいれる真似をしているところ。

ensemble LEMON定期演奏会(2019年8月31日)

松田がクラスアドバイザーを務めたクラスにいたKさん(現歴文3年生)が所属するensemble LEMON(アンサンブル・レモン)。昭和女子大学附属高校の合唱部のOGがつくった合唱団です。去年お誘いを受けていってみたらとても良かったので、今年も来訪!なじみのある歌や懐かしい歌など、Nコン系(?)の選曲が泣けます。今年も大満足。

とある日のプロジェクトミーティング(2019年9月12日)

とある日の戦後史プロジェクトミーティング風景。これはボストン研修組の2年生メンバーが帰ってきたときの回のミーティングだな。つねにガチで議論します笑

プロジェクト旅行@長崎(2019年9月15日)

2019年9月15日から17日にかけてはプロジェクト旅行として、長崎を訪問しました。ものすごくたくさんの場所を訪問したのですが、とりあえずは集合写真!

万定のカレーを食べる(プライベート写真・2019年9月23日)

この日は東京芸大の博物館を訪問したのですが、その前に、どうしても食べたくなって立ち寄った本郷の「万定(まんさだ)」さんのカレー。写真だと地味にみえるでしょ?コクがあって、それでいてしつこくなくて最高に好きです。本郷はカレー屋さんがいっぱいあるのですが、松田の一番推しです。

ゼミOGとのお食事会(2019年9月26日)

2012年度卒業生のOGたちと新宿でディナー。花束があるのはご結婚祝いです!メキシカンだったのですが、アボカドのサラダがうますぎて、もう「これだけでいいじゃん」となり、7~8回くらい同じメニューをお代わりました笑

キノコを干す(プライベート写真・2019年9月29日)

松田の趣味は料理。秋には今年も干しキノコのナムルをつくりました。写真だとちょっと翳ってきていますが、天日に一昼夜干したキノコでつくるナムルは、松田家の季節のお味。

2019年11月9日

11月9日~10日に開催された秋桜祭ではプロジェクト展示を頑張りました。これは協働団体であるノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会のみなさんなどとの集合写真。

後期に入ってからはジェットコースターのように忙しい毎日でしたので、意外と写真はありませんでした。結構いろいろなことがあったのですが、写真撮る暇もなかった感じです笑 振り返ってみると、今年もたくさんの学生やOGの成長に立ち会うことができたことが再確認できました。教員冥利につきます。

来るべき2020年度もみなさんと充実した時間が過ごせるよう頑張ってまいります!どうぞよろしくお願いいたします。

企画展示「被爆者の『発見』」メイキング風景! [2019年11月13日(水)]

こんにちは!「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト―被団協関連文書―」顧問の松田忍(歴文・日本近現代史)です。

昭和女子大学秋桜祭における、私たちの企画展示「被爆者の『発見』」にご来場いただき、誠にありがとうございました。

お越し下さった方からはたくさんのご質問を受けましたが、意外と多かったのが「この研究展示を学生たちはどんな風に作っているんですか?」とのご質問でした。

私たちが展示を準備するにあたり、具体的に行ってきた活動については、こちらにまとめましたが、今日は、趣向を変えて、プロジェクトメンバーの紹介をしながら、昭和女子大学のプロジェクト活動が進んでいく雰囲気をお伝えいたしたく存じます。

※写真は、秋桜祭1週間前くらいから秋桜祭当日にかけて撮影されたものです。

展示ルームの黒板を作成する新家さん(歴文1年)。プロジェクト内の議論では「私よく分からないんですが……」といいながら、結果的に必ず良い意見をいう憎い奴笑 偏らない安定感のある意見が出せるところが新家さんの魅力です!「受忍論」がはじめて示された1980年基本懇意見の概要について、史料を読み込んで、パネルにまとめて下さいました。

新家さん正面から。左から2番目。

事務面でプロジェクトを支えて下さった関口さん(左・歴文2年)。2019年9月に長崎へいったプロジェクト旅行では幹事として、思う存分勉強して、思う存分美味しいものを食べる最高の旅行を企画して下さいました!「礼法・着付けサークル葵」との掛け持ちで頑張ってましたので、この格好での写真!関口さんは和服を5分で着られるそうです。すげー!関口さんの強みは、あふれる好奇心!新しいことに対して、とりあえずやってみてから考えよう、体験しないと始まらないというスタンスで取り組む姿勢には脱帽。だから旅行ではさまざまな企画を立てる名幹事になるわけです笑

パネル展示ではトップバッターの「ごあいさつ」パネルを担当。

企画展にご来場いただいた立教大学の小倉康嗣先生(社会学)に対して、堂々とプロジェクトの説明をする我らがエース吉村さん(左・歴文4年)。吉村さんは、昨年度のプロジェクトリーダーであったのですが、それからさらに1年経つうちに、1000人以上の人の前で話す経験や一般市民の方と議論する経験も積み、そして何よりもたくさんの史料を読み込んだことによって、本当に成長しました!

卒論でも「被爆者運動の歴史的研究」をテーマとしている、吉村さんの個人研究の成果が盛りこまれたパネルもたくさんあります。

プロジェクト内においては、展示案全体のバランスを見ながら、展示の章構成を練って下さいました。研究の進展に応じて、章構成は5~6回作りなおしているのですが、本当に粘り強く、何度も何度も叩き台となる展示構成案を出し直して下さり、一番良い形になるように、みんなの議論をリードして下さいました。また各パネルに書くべき内容のうち、落としてはいけない論点についても後輩たちにたくさんアドバイスしていました!

そんな吉村さんの心の支え笑 展示準備の大詰めの時期、みんなが体力と精神力を削られた期間には「レッ◯ブル派」と「モン◯ター派」と「そもそもそういうのに頼るのはいけないんだよ派」に分かれて激論が!?笑

パネルを製作する樋口さん(中央・歴文2年)。歴史学の分析は簡単ではありません。ただ史料を読むだけでは駄目で、史料と何度も「対話」し、史料が発する声に耳を傾け、しかもその声を意味ある歴史像としてまとめていかねばなりません。樋口さんはその声がなかなか聞こえてこないことに悩みながらも、真剣にプロジェクトの議論と向き合いました!

パネルとしては1980年の基本懇から1985年調査までの流れを扱った第3章の監修を担当。

来場者の方にご覧いただく史料を真剣に選ぶ北林さん(左・歴文2年)。北林さんは最後まで納得しないとOKしない粘り強さでもって、結論を急ごうとするプロジェクトの議論を引き締める役割を務めて下さいました。北林さんの「なんかそれちょっと違う……」のぽつりとした一言で、大事な論点にみんなが気づくことができたことが何度もありました!

1985年調査を扱った第1章全体を監修し、1985年調査の質問票の展示を担当しました。

秋桜祭の歴文有志企画とのかけもちで頑張って下さった日高さん(一番右・歴文1年)。学科企画名物のコスプレ(ハイカラさん)でのお写真。この服、日高さんの手縫いだそうですよ!

1年生は準備期間を通じて、たくさんの被団協史料を読み、たくさんの研究報告をしたのですが、日高さんは鬼のような責任感(鬼に責任感があるかどうかは分かりませんが笑)をもって、さまざまな調査活動をパワフルにこなしてくださいました!

パネル担当は1977年の被爆者調査の概要について、分かりやすくまとめて下さいました。

乱戦になることもあるプロジェクトの議論の中で、積極的に意見を出し続けた林さん(後列中央・歴文1年)。日高さんと同じく歴史文化学科企画との掛け持ちでコスプレでの登場。

林さんが提起した「多くの人に見てもらえる展示をめざすのか」それとも「少ない人数であっても深く分かって貰える展示をめざすのか」の議論は、メンバー全員を巻き込んだ大論争になりました。林さんは、はじめて被爆者運動のことを知る人に、どうしたら上手く説明できるかを一生懸命考えて下さいました。その裏には、プロジェクトを通じ「被爆者一人一人がそれぞれ人間であることの大事さに気づけた」林さんの熱い想いがあります!

パネルとしては「1977年の生活史調査から被爆者運動が得たもの」を担当しました。

史料解読のやり方の見本プリントを作成する古内さん(一番左・歴文1年)。今回は、来場者の皆様に1977年の被爆者の生活史調査の史料解読を実際にやっていただき、その参考資料をみんなで作ったのですが、その作業ですね。

パネルとしては1980年代の基本懇意見を踏まえて1985年の被爆者調査がおこなわれるに至るプロセスについて執筆しました。

古内さんもまた来場者の方にきちんと見てもらうための工夫について、たくさんの意見を出して下さいました。議論し出すと止まらない古内さん笑 「(プロジェクト内の議論が停滞したときには)古内に振れ!」が鉄則!!

印出さん(中央・歴文2年生)。プロジェクト内の書記を自発的に務めて下さいました。長時間に及ぶこともあるプロジェクトミーティングの議論を洩れなく書きとめて下さり、議事録をつくっていただきました。あっちいったりこっちいったりする議論を整理して書きとめるテクニックはピカイチ。私たちが自分たちの活動を振り返ることができるのは、印出さんの献身的な努力があってこそ!感謝!!

議論の面でもリードして下さり、今回の企画展示で、もっとも重要な企画趣旨説明(私たちの気づき)のパネルなどを執筆して下さいました。

史料閲覧用の虫眼鏡で遊ぶ古藤さん(歴文1年)。プロジェクト準備段階で𠮷田一人さん(長崎被爆)の聞き取り調査を企画・実行してくださいました。

研究の停滞を打開するための、新しい調査や報告が必要となったときに真っ先に「私やります!」という積極性が超GOOD!被爆者調査の企画の中心となった岩佐幹三さん(広島被爆)の原爆経験と被爆者調査との関連を読み解く、難しいパネル作成にも勇気を持ってチャレンジして下さいました。

プロジェクト内の食事会における絶対的エース!?(謎微笑)

松浦さん(左から2番目・歴文1年)。広島で胎内被爆した濱住治郎さん(写真右)の聞き取り調査では、松浦さんは濱住さんのお気持ちを深く丁寧に聞き取りました。そして、そのままの勢いで「胎内被爆者が学ぶ「被爆者の心」」のコラムパネルを執筆しました。

聞き取り調査で得たエッセンスを本当に分かりやすく書いて下さり、来場者のみなさまからたくさんの「いいね!シール」(関心をもてたパネルに貼って頂きました)をいただきました。

パネル原稿の最終チェックをおこなう成瀬さん(右・歴文2年)。

成瀬さんはたくさんの活動とのかけもちで、夏の活動にはあまり顔を出せなかったのですが、最後の締めの原稿チェックでは大活躍!!

私たちのプロジェクトのパネルは担当を決めて執筆しますが、細かな表現が妥当かどうか、来場者に伝わる表現になっているかどうかを必ず複数のメンバーで音読して確認します。

今回の展示において、内容面ではさらに検討すべき課題や事実関係で修正すべき点もあったのですが、少なくとも文法面での誤字脱字がなかったというのは、ここに写っているような最終確認チームの勝利!!

成瀬さんはパネル担当としては年表作成を担当。原典にあたって事実を確認する姿勢を身につけました!

オールマイティにいろいろと頑張った安齋さん(左・歴文2年)。

しばしば暴走して、過激に走るプロジェクトの議論に対して「それ言っちゃたらやばいですって!」とストップをかける役割が安齋さんの仕事。「先生それは駄目です!」の発言回数も多分トップ笑 そういう意味では常識人なのか!?

被爆者運動に関する先行研究は歴史学の分野ではほとんどありません。何も土台のないところから歴史像を作りあげるのは本当に大変です。このプロジェクトでは、あえて「極論」まで振り切った議論を一度してみて、その歴史像の是非をめぐって、みんなで激論をし、そこから論点を一個ずつ史料に照らし合わせた正確な理解にまで落とし込むようなプロセスをとっています。

そういうやり方が可能なのは安齋さんや北林さんなどの「冷静」な議論をできるメンバーがいるからだと思っています。1年生メンバーのなかにも、そうした力をもつ学生が育ってきています。

思いきった意見を言う学生と慎重な意見を言う学生、そのバランスが取れているからこそ、今は本当に楽しく議論が出来ている状態だと思います。

安齋さんは1977年調査から1985年調査への流れを論じた第2章の監修を担当。上級生だろうがなんだろうが、圧倒的に「妹扱い」される枠。プレゼンの時の腰が低い。

Special Thanks!昨年度のプロジェクトメンバーから川古谷さん(左・歴文4年)と小方さん(右・歴文4年)もお越し下さり、パネル製作の実技指導を後輩にして下さいました。本当にありがとう!こうしたパネル製作方法は学芸員課程の授業の中で身につけられますよ!

秋桜祭の展示は、メンバー一人一人が個として参加し、意見やスタンスは違っても、それぞれの意見をぶつけあって作られました。もちろん松田もその一人です。打ち上げの席では「先生もプロジェクトメンバーだから」と、とある学生に言われました。これは本当に嬉しい一言でした。

もちろん教員ですから歴史学の方法に対する理解度では、学生たちの一歩先を行っているわけですが、「先生のいうことについていく」のではなく、それぞれがそれぞれの気持ちを入れて議論を戦わせ、過去と「対話」していく姿勢を持ってくれたことは本当に教員冥利に尽きます。

プロジェクト活動を通じて、学生たちも大きく成長しましたし、私も成長できました。真剣勝負を通じて高め合うプロジェクトの場をこれからも維持していけるよう努力していきたいと思います。

 

企画展示「被爆者の『発見』」無事終了しました!! [2019年11月13日(水)]

みなさん、こんにちは!「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト―被団協関連文書―」です。

昭和女子大学秋桜祭(2019年11月9日、10日)において、私たちの企画展「被爆者の『発見』」を開催いたしました。

研究を進めるにあたり、ご協力下さいました「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」(協働団体)の皆さま、聞き取り調査に応じて下さった被爆者や運動関係者の皆様、そのほか、お世話になった教職員のみなさまに心より感謝申し上げます。

企画展はたいへん盛況であり、2日間あわせて497名もの方にご来場いただきました。そもそもが重いテーマであり、また文字パネル中心の展示構成であり、どれだけの方に見て頂けるか心配だったのですが、蓋を開けてみれば終始たくさんの方が展示をご覧になっていらっしゃいました。

私たちは27枚のパネルを製作したのですが、20~30分以上かけてじっくり読み込んで下さる方が大変多く、プロジェクトメンバー一同、本当に感激しました!!

特に、今回が大学生活における初めての展示になる1年生は「文字だけであっても、しっかり研究して中身がある文章を書けば、見て頂けるのだ」と自信をもつことができました。

当日展示したパネル内容全てをお見せすることは出来ないのですが、今回の企画の「まとめ」となるパネルをご紹介します(クリックで拡大します)。

1日目の最後にはプロジェクトメンバーとお世話になっている皆さまとで集合写真!

お越し頂いた皆さま、様々な形でご感想をお伝え下さった皆さま、本当にありがとうございました!

秋桜祭にたくさんのOGがお見えになりました! [2019年11月12日(火)]

こんにちは!松田忍(日本近現代史)です。

11月9日、10日と秋桜祭が開催されました。両日とも天候に恵まれ、さわやかな気候のもと、学生たちはそれぞれの活動に充実した笑顔を見せていました!

私は顧問をつとめる戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトの展示室にいる時間が長かったのですが、キャンパス内も何度か回り、歴文生OGのホームカミング企画である「歴文サロン」をはじめ、キャンパスのあちこちで、懐かしいOGのみなさんとお会いすることができました。学祭のときに、再びキャンパスに戻ってくる流れがしっかりあって、本当に嬉しく思います。金子朝子学長がいつもおっしゃっている「母校(母港)への寄港」、そして補給ですね!笑

まずはそんなOGたちの写真を紹介します。ここにあげた以外にも、すれ違った方はたくさんいらっしゃいましたよ!

まずは鶴岡ゼミのみなさんが企画した「歴文サロン」!OGが落ち着く場所になっていました。OG同士だけではなく、現役歴文生とOGの間でもたくさんの交流があったみたいですよ!

そして戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトの展示室にお越し下さったみなさま!なかには学生時代に被団協文書整理会を引っ張って下さった方や史料保管庫を立ち上げるときに本棚の組み立てなどの力仕事をやって下さった方もいらっしゃって、ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会の栗原さんとの再会も果たせていらしたようです!

展示室では、被爆者調査に関わる史料読解にチャレンジしてもらう企画も用意していたのですが,このお二方は元歴文生の本領を発揮して、ガチでやって下さいました笑

みんなの元気な顔を見られて幸せです!!それぞれの場所で、しっかりご活躍になって、また是非お会いしましょう!

「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト企画展示につきまして [2019年11月06日(水)]

こんにちは!戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年11月5日にプロジェクトに関するプレスリリースをおこないましたのでお知らせいたします。下記リンクからご覧下さいませ。

原爆体験が言葉になって国内外へ発信されるまで 戦後史史料から「被爆者の『発見』」を後世に伝える企画展示

2019年度秋桜祭企画展示「被爆者の「発見」」にぜひお越し下さいませ! [2019年10月30日(水)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです!

今年度も2019年11月9日~10日に開催される秋桜祭にて、企画展示を行います。タイトルは「被爆者の「発見」」。詳細はまたお知らせいたしますが、下記のようなスケジュールで進めてきた私たちの研究内容を発表いたします。多くの皆さまのご来場をお待ちしております!

クリックで拡大します

2013年卒業生とのゼミ同窓会!! [2019年09月26日(木)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。

2013年卒業のゼミOGに誘われて、同窓会に出席してきました!

学生時代は渋谷の安い店で食事していましたが、みなさん立派な社会人となられて、東京・丸の内のおしゃれなレストランで会食!

卒業後ずっと1年に1回くらいは誰かが「会おう」と言い出して、食事しているのですが、この1年間にはご結婚なさった方が複数いらして、今日はお祝いムード。

美味しいメキシコ料理を食べながら、学生当時のことや近況などたくさんのことを話しました。

こうした同窓会以外でも、一緒に旅行しているメンバーもいたりしまして、「歴史好き→どこに旅行しても歴史がある→人生をずっと楽しめる」の法則は健在だなと思いました。

また学生時代から20代前半にかけては、それぞれ色々と悩み深き頃があったみなさんですが、今となっては人生を楽しめるステージに入ってきて、落ち着いてきたなぁとも思いました。

「現役学生よ!今の深い悩みはきっと乗り越えられるときが来るぞ!今は目の前の課題に一生懸命取り組んで、せいぜい悩みたまえ!」なんていう偉そうなこともいってみたくなりますね笑

2013年卒の同期のみなさんもこのブログを見ることもあるかと思いますが、写真のとおり、みんな元気にやっていますよ!またみなさんの近況もお聞かせ下さいませ。

ではでは!

『被団協』に掲載された岩佐幹三氏関連記事まとめ [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

9月21日のインタビューの準備のためにプロジェクトメンバーが協力して作成した資料をアップします。日本被団協の機関誌『被団協』の1号(1976年5月31日)~150号(1991年7月6日)に掲載された岩佐幹三氏関連の記事まとめです。

こちら(岩佐幹三氏関連記事まとめ)をクリックするとPDFが開きます。

1980年代の岩佐さんの活動の濃密さが伝わってくる内容となっています。

機関誌『被団協』のバックナンバーをすぐにみられるようになったのも、ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会に協力して、昭和女子大学の学生がおこなってきた被団協文書整理会の成果ですね!

戦後史プロジェクト 被爆者インタビュー(岩佐幹三氏) [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年9月21日に船橋勤労市民センター第2会議室にて、岩佐幹三さんへの聞き取り調査を行いました。

岩佐さんは広島の原爆でお母様と妹さんを失い、家の下敷きになったお母様を助けられなかったことへの想いや、いくら探し回っても妹さんを見つけることができなかったときの想いを抱えて、被爆者運動をなさっていらしたかたです。

今回さまざまな事前準備をした上で、インタビューに臨みましたが、もう90歳を越えていらっしゃる岩佐さんですが、資料と照らし合わせてもご記憶は確かであることに驚きました。

今回は岩佐さんが金沢大学法文学部にお勤めになっていらした時期に、石川県の原爆被災者友の会会長(1960年~1992年)として活動なさったときのお話しを中心に伺いました。

はじめて被爆者として行動したのはストックホルムアピールへの署名だったが、最初はGHQのMPに目を付けられるのではないかと怖かったこと、第1回原水禁大会に参加したときに、まだ被爆の実相などなにも分かっていない時期だが「核をなくそう」との気持ちだけでつながっていたことに感銘を受けたこと。自分としては「母と妹の死を悔しいと思う気持ちがあった」との気持ちがあったことなどを話して下さいました。

また友の会をつくるきっかけとなったのは、自分が被爆者健康手帳を取得したときに「被爆者同士つながらないと手帳を取った意味がない」と思ったとのお話しも印象的でした。友の会の活動といっても、運動というよりも、被爆者同士がつながりあうことに意味があると考えていて、やっていたのは署名や募金などであったとのことでした。

石川県代表の全国理事として日本被団協の東京事務所でさまざまな会議に出席なさったときの活動をうかがう中で、岩佐さんが1980年代の被爆者運動のキーマンであったとの確証をプロジェクトメンバーは感じました。岩佐さんご自身は「私はなにもやってないよ、みんながやったこと」と何度もおっしゃっていましたが、1980年に基本懇答申があり、被爆者調査を実行し、被爆者の基本要求をつくり、死没者に対する運動を進める中で、岩佐さんのお名前はなんども史料に登場しますし、特に専門委員としてのご活動や、被爆者調査特別委員会委員長としてのご活動が大きいように思いました。

岩佐さんのお話を伺っていると、さまざまな葛藤や矛盾を抱えながら、今も岩佐さんが考え続けていることがよく分かりました。一瞬で世の中を変えてしまう原爆は、通常兵器とは違う「特別な被害」を与えるのだとの思いがありつつ、一方で戦争被害一般に対する補償が必要だとの想いも抱いていらっしゃいます。また真珠湾攻撃に対して「万歳」をして大喜びした時の気持ちと、戦争は間違っていたと考える気持ちも、同じ岩佐さんのなかにあります。

「答え」ではなく、さまざまな「問い」に触れられるのは、こうした聞き取り調査ならではのことだなと思いました。

岩佐さん、本当にありがとうございました!

是非岩佐さんのご自宅にあるという岩佐幹三関連文書の整理もやらせてください!!!