オリンピック [2020年01月24日(金)]

 世田谷区が2020年東京オリンピックのホストタウンであることは、皆さんご存知のことと思います。1964年の東京オリンピックでは、本学の体育館(現在の旧体育館)をオリンピック施設として貸与しました。
 このことが、『昭和女子大学70年誌』の368-369ページに次のように記されています。「たまたま昭和三十九(1964)年に開催された東京オリンピック大会に際して、大会事務局から本学体育館を外国体操選手の練習場に貸与してほしいとの依頼があり、また、一方このオリンピック大会参観のため来日した諸外国の婦人宿舎として本学鉄筋新寮舎二十余室の貸与の依頼も受けたので、本学としては大会に協力するために快くこれらを提供した。その時に本学に掲揚されたオリンピック旗は、現在でも体育大会の度毎に入場行進の先頭を飾っている。」

 昭和39年6月20日発行された昭和学報には、こんなことも書かれています。
「新校門建設 東京オリンピック大会の開催に伴い、本学前の道路拡張工事起り、従来の校門は取り払われることとなりしため、これを機会に近代的新校門を建設。」
 

 キャンパスの体育館がオリンピックの練習場となったことは記憶にあったのですが、鉄筋新寮舎の20室あまりを外国人女性参観者の宿舎として提供したことや校門が新しくなったということは全く記憶にありませんでした。まだ、その時私は高等部生で、大学のことはわからなかったのだと思います。記録を見ると、学内寮「芙蓉寮」「弥生寮」を開設したのが、昭和37年のことで、きっとそこを宿舎として提供したのでしょう。これらの学内寮も現在は既にありません。この年は、文家政学部被服学科を生活美学科に改めた年でもありました。

 70年誌にあるような、附属も合わせた全学園の体育祭は、現在のグランンドになる前に既に取りやめとなったので、本学の体育館が練習会場となった記念に頂いた1964年の東京オリンピック旗はもうほとんど使うことが無いようです。下の写真は、オリンピック旗を持っての入場行進の様子と、その当時の全学園の体育祭の様子です。
 

真・善・美 [2020年01月17日(金)]

 昭和学園での生活の中で、身近にあった標語を思い出してみました。


 この写真は、昭和40年ごろの講堂です。現在のグリーンホールのあたりにありました。行事の度にこの講堂に集まり、舞台の上の「真・善・美」の文字をよく目に留めていました。中学生の頃は、校訓三則「清き気品、篤き至誠、高き識見」よりも、頻繁に見る機会があった言葉です。カント哲学の影響を受けた言葉だそうで、いろいろな辞書の説明を合わせると、「真・善・美」は、「知性(認識能力)、意志(実践能力)、感性(審美能力)のそれぞれに応ずる大きな価値概念を表し、人間が理想とする不変的で妥当な価値である」という意味になるのでしょうか。「真 vs. 偽、善 vs. 悪、美 vs. 醜」と、反対の意味を持つ語と対比して考えると理解しやすいと、中学生の時に先生から教えていただいたことを思い出します。

 さて、高校生になると、入学式や卒業式などの大切な式典の時には、必ずステージに飾られていた、大きな木彫りの校訓の額と校旗が印象に残っています。校訓三則は、校舎の入り口にいつも掲げられているので、読む機会も多くありました。

清き気品
あたたかく広い心で人と接すること、相手の気持ちを思いやること、礼節を重んじることなど、清楚な品位を保つことです。
篤き至誠
自分と同様に他を愛し、愛と理解と調和を実践し、誠実に日々精進することです。正しいと思うことは勇気を持って行えることも意味しています。
高き識見
志高く豊かな知識を持ち、広い公平な判断ができることです。専門とする学問に真剣に取り組むと同時に、専門以外の知識を深め自分を磨き、懸命に生きる道を探求することです。

 次の言葉は、皆さんよくご存じと思います。開講の詞に込められた創立者の思いが、この短い言葉に集約されています。

 光は明るい所では、あまり役に立ちませんが、周りが暗い時にこそ、その真価を発揮します。また、陰に隠れることなく、誰からも見えるところで光っていなければなりません。そして、どんな色でも、大きさでも、周りの人の進む道を照らしてあげられる人になりましょう、と呼びかけています。

 こうした標語やモットーは、「開講の詞」の趣旨を別の表現で表しているものとも言えるでしょう。今年は創立100周年。記念講堂の入り口に創立者直筆の「開講の詞」をそのまま写した碑文が掲げられたのが、創立60周年の年でした。「力強き、思慮ある婦人」へと成長するために、さらに高みを目指して前進していきましょう。

クスノキ募金 [2020年01月10日(金)]

 「クスノキ募金」をご存じですか。昭和女子大学のサポーターズクラブが始めました。学園には大きなクスノキが、たくさんあります。これだけ大きくなるのには何十年とかかりました。クスノキは、成長は遅いけれども、見上げるような大木になることから、募金の名前としてクスノキが付けられたそうです。
 書籍やCD・DVD等の処分に困ったときには、是非、この写真の箱に、入れてください。

 皆さんのお手元の書籍等で、不用になったものを、「クスノキ募金」用の箱に入れていただくと、その買取り金額を本学に寄付していただくことになります。ご寄付いただいた金額は、学生・生徒、児童の支援に役立てられます。この写真の箱と同じものが、1号館1階と9階の東西2か所、2号館、3号館、6号館、7号館、8号館は1階に置かれています。ISBNコードのついた書籍、CD、DVDで最近発売されたものを提供していただけると、本学への寄付金が多くなるそうです。税法上の優遇措置も受けられるそうですから、詳しいことはこちらのHPをご覧ください。

 5冊以上の書籍等をご寄付いただける場合は、指定する場所に宅配業者に来てもらえるそうです。万が一、値段がつかない書籍等があっても、ブックギフトプロジェクトとして、福祉施設や国内外の教育研究機関等に寄贈されますから、無駄にはなりません。

 2018年にスタートしたこの募金も今年で3年目を迎えました。開始以来、これまでに約60万円ご協力をいただいているそうです。今年は創立100周年になります。書棚に長いこと開かれずに置かれている書籍類や、ほとんど聞くことのないCD、見なくなったDVD等、是非、ご協力をお願いいたします。

先輩たちの作った絵本 [2019年12月20日(金)]

 『子象のエルフィー』は2009年2月25日に水声社から発行された絵本です。

 こんなお話です。「遠い国のポルルの森に子象のエルフィーが住んでいました。ある時、さるのお爺さんから不思議な種を3つもらいました。その種を飲み込むと、どんなことでも願が叶うというのです。そこに、歌が上手くなりたいといううさぎや、空を飛びたいというペンギン、開けない羽をどうしても広げたいと願う孔雀が来て、エルフィーに悩みを打ち明けると、エルフィーはもらった種を一つずつ分けてあげたので、とうとう種がなくなってしまいました。せっかくもらった種を自分のことには一つも使えなかったけれども、エルフィーは幸せな気持ちでいっぱいでした。そして、エルフィーが少しずつ成長していく間に、ポルルの森には優しいエルフィーがいると聞いてたくさんの動物が集まるようになりました。周りにはいつもともだちが集まって、エルフィーはみんなと楽しく賑やかに暮らしました。」

 また、『ねずみのハーデル』も『子象のエルフィー』と一緒に発行されました。

 自分だけ容姿が仲間と違うので、自分に自信が持てなかった赤い鼻をしたねずみのハーデルが、誰にでも悩みがあることを知り、難しい練習をこなしてサーカスの玉乗りで一躍有名になり、新聞や雑誌の記者に、自分が森で鳥と出会い世界の広さを知ったことや、川の魚が汚れた水に生活を苦しめられていることを聞いたこと等の経験を通して、自分の得意を活かして、努力を続けて自分が変わっていくことが大切だと話した、という筋です。
 こちらの英語版、A Mouse Named Hadel は2010年3月に発行されました。

 次の2枚の絵はハーデルが、サーカスで初めて演技を披露し、皆から笑顔で拍手を贈られて、一生忘れることのない喜びを感じたことを描いたページです。とってもシンプルで優しい色使いで描かれています。

 これらの絵本は2010年3月まであった昭和女子大学短期大学部の文化創造学科の学生65名が、文部科学省の平成19年度「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」に採択されて作ったものです。テーマは差別について考えること。何回も何回も書き直したそうです。製作に加わった学生達は、奥付に、目に見えるものだけでは本当のことはわからないことに気づいたと記しています。本学図書館にもありますので、是非、手に取ってお読みください。

※年内の更新は今回が最後となります。

「貴重図書」ってどんなもの? [2019年12月14日(土)]

 資料的に価値が高く、希少性が高い図書のことを「貴重図書」と言います。勿論、非常に高額なものでもあります。しかし、貴重図書の詳細な基準については図書館によって違いがあるのだそうです。本学の図書館でも、貴重図書は、一般資料とは区別して大切に扱っています。約15,000冊の貴重図書を現在所蔵しています。

 本学創立100周年を迎える2020年に、本学が所蔵している貴重図書を公開展示する企画があり、準備が進められています。それに先駆けて、12月4日と11日に、近年図書館に登録した貴重資料の特別内覧会がありました。

 内覧会で拝見した本学の貴重図書のいくつかを紹介したいと思います。

 下の写真の書物には、どんなことが書かれていると思いますか。

 美しい色彩で彩られた表紙を開いて中をみると、墨で描かれた絵の余白に文章がぎっしりと詰まっています。これらは、江戸時代、1846年に出版されたもので、今でいう絵本のようなものと言っても良いかもしれません。『釈迦八相倭文庫』(しゃかはっそうやまとぶんこ)のシリーズで、初編から55編の合本27冊が揃っています。内容は、釈迦の生涯を表したもので、誕生して19歳のときに出家し、12年の修行を積んで悟りを開き、人々に教えを諭すまでの過程を描いたものです。他にも、『金色夜叉』の著者として有名な尾崎紅葉直筆の掛け軸をはじめ、紅葉と泉鏡花の印譜(鑑賞や研究を目的として、印章の印影や印款を中心に掲載した書籍のこと)、そして、泉鏡花の初版本33点もあります。また、与謝野晶子の「批評は好悪なり」という論説の自筆原稿もありました。

 さて次の写真は、英語の本です。皆さん『不思議の国のアリス』の話はよくご存じだと思いますが、小さな子どもに読み聞かせができるように易しく書き直し、挿絵にも柔らかく色づけしたものが、この“The Nursery Alice”『子供部屋のアリス』です。これは、1889年に出版された、その初版です。他に、イギリスのヴィクトリア時代の有名な小説家、チャールズ・ディケンズ旧蔵の“The Holy Bible” (欽定約聖書)もありました。12月もいよいよ3週目に入り、ディケンズの『クリスマス・キャロル』をもう一度読んでみたくなる時期になりましたね。

 さて、最後に紹介するのは、『源氏物語絵帖交屏風』(げんじものがたりえはりまぜびょうぶ)です。『源氏物語』五四帖の桐壺から夢浮橋まで、各帖一場面の絵を選んで貼り付けた六曲一双の金屏風です。屏風に張り付けられた絵の金銀をはじめとした豪華な色使いと、緻密で優美な絵を見ていると、源氏物語の世界に自然と引き込まれていきます。

 今回は、それぞれの分野のご専門の先生方に解をもしていただきながら、14の新しいコレクションを見せていただきました。来年度の創立100周年記念の展示はきっと素晴らしいものになるだろうと、期待がますます膨らみました。

ご案内をしていただいた方々:右から、図書館前之園次長、日本語日本文学科胡秀敏教授、吉田昌志図書館長、左端に、英語コミュニケーション学科金子弥生教授

「那古の思い出」 [2019年11月29日(金)]

 昭和女子大学には、「学園の歌」がたくさんあります。2001(平成13)年4月発行の『学園歌集』が私の手元にありますが、編集委員の方々が、どんな歌を歌集に入れたら良いのかを厳選して、出版されたものです。歌集に収録されている歌曲は、「学園の歌」「愛唱歌(日本)」そして「愛唱歌(外国)」に分類されています。

 その中でも「学園の歌」は、本学にしかないもので、多くの歌が、学園の礎を築かれた創立者人見圓吉先生や人見楠郎先生をはじめとした学園関係者の方々によって作詞作曲されました。「校歌」、そして学校行事で歌う「祝歌」はもちろんトップに収録されています。また、「追悼の歌」や「恩師同窓に捧げる歌」は、今でも墓前祭などで必ず歌われています。しかし、それ以外の歌は、残念なことに、あまり歌う機会がなくなってしまいました。
 東明学林や望秀海浜学寮の歌もいろいろ入っています。その中で、望秀海浜学寮に宿泊した経験のある卒業生なら、だれでも一番心に残っている歌は、きっと「那古の思い出」だと思います。人見楠郎先生の作詞で、井上正先生の作曲です。このメロディーを聞いていると、鏡ケ浦に静かに打ち寄せては引いていく波の音、日が少しずつ暮れていって、周りの景色がだんだんに影絵のようになっていく夕焼けの那古海岸の景色が心に浮かんできます。
東京出身で故郷がなかった学生達にとって、昔は望秀海浜学寮が、心のふるさとのようなものだったのかもしれません。

那古の思い出
1.鏡のような 那古の海
  静かにあけた 青い海
  朝の空気を すいながら 
  貝がら集めた 砂浜に
  ぽっかり咲いた 月見草
  楽しいおはなし してくれたっけ
2.ぎらぎら光る 那古の海
  夢いっぱいの 夏の海
  げんきに泳いで 沖の島
  陽やけた顔の すいか割り
  白波けって とぶヨット
  日暮れになるのが はやすぎたっけ 
3.こがねの月の 那古の海
  忘れられない 夜の海
  なぎさに立って 友だちと
  はるかに灯台 見ていたら
  風がやさしく 頬なでて
  「お休みなさい」してくれったっけ

 最近は行事などで学生のみなさんが一斉に集まって、歌う機会も少なくなりました。「校歌」や「祝歌」は歌う機会も多いので、これからも大事にしていきたいですね。

『女性文化』 [2019年11月25日(月)]

 たまたま書棚を見ていたら、『女性文化第34集』が目に留まりました。これ1冊だけ、『女性文化』の棚から抜き出してありました。もう一度読みたいと思っていたところがどこかもすっかり忘れていました。

 『女性文化』は、本学の近代文化研究所が昭和女子大学の女性教養講座でお話しくださったご講演の中から、講演者の承諾をいただいたご講演内容を、毎年まとめているものです。第1集を1984(昭和59)年に出してから、昨年度の講演をまとめた第37集まで、すでに37冊となっています。
 私がもう一度読み返したいと思っていたのは、当時、ノートルダム清心学園理事長でいらした渡辺和子先生の「三つの化粧品」というお話でした。
 教育者、修道者、そして著述家でもいらっしゃる渡辺先生は、本学の「実践倫理」の授業も時々お引き受けくださっていました。アメリカ、ボストンカレッジ大学院でも学ばれています。1981年にマザー・テレサが来日した折には通訳も務められました。とても残念ですが、2016年12月に他界されました。
 渡辺先生は、昭和11年2月26日の早朝に、二・二六事件で30人の青年将校らに惨殺された陸軍教育総監、渡辺錠太郎氏の次女でいらして、当時9歳でした。座卓の陰に隠れていた先生は、お父様が44発の銃弾を受けて亡くなるまで、その一部始終を目撃し、さらに、事件の半年後、将校たちが処刑されたことをきっかけに、戦後は、シスターとしての道を歩まれました。

 第34集に収められている渡辺先生のご講演のテーマは、「三つの化粧品」です。眞山美保氏が書かれた劇『泥かぶら』を紹介され、泥のついたかぶらの様に醜い顔をしていて皆からいじめられていた少女が、ある旅人が教えた3つのことを、来る日も来る日も実行して「仏のように美しい子」になったというお話です。その3つとは、「笑顔、思いやり、自己受容」。このご講演の中では、マザー・テレサの通訳をしていた渡辺先生が直接マザー・テレサからお聞きになったことばに、特に感銘を受けたことを思い出しました。 日本にいらして一番のカルチャーショックは何かと聞かれたマザー・テレサは、「日本があまりにきれいだということです」とお答えになったそうです。その時「きれい」の英語はprettyを使われ、「ごみが落ちていない」「服装、建物、家、そして車がきれいだ」と仰り、でも、「きれいだけれども、美しさが足りませんね。きれいな家の中で、親と子との間に話題がない、口争いが絶えないとすれば、日本の立派な建物は、カルカッタの泥で捏ねた小屋よりも貧しいと言わねばなりません」と続けられたのだそうです。結局、日本についてのお言葉の中で、beautifulは一度も使われることがなかったけれども、お金で買えない「美しさ」を私達は大切にしたいものです、と渡辺先生は話されています。これを読み返して、どこか心痛むところがありませんか。

 お聞きしたいろいろな分野のご講演内容は、しばらくは記憶にあるのですが、数年が経過すると、すばらしいお話だったということは思い出しても、具体的にどんな内容であったのかの記憶が薄れてしまうものです。是非、多くの皆さんに、本学が発行している『女性文化』を時々読み返して欲しいと思います。
 

「有職故実」って何でしょう [2019年11月15日(金)]

 10月22日(火)に行われた「即位礼正殿の儀」。今上天皇のご即位をお祝いすると共に、平安絵巻のような景観に、日本文化のすばらしさを改めて感じた方も多いでしょう。
 テレビの中継では、高御座に入られる今上天皇と御帳台に入られる皇后陛下のご装束について、天皇陛下は「黄櫨(こうろ)染御袍(ぜんのごほう)」と呼ばれる束帯で、これは天皇のみが着用する装いで、淡く赤みがかった茶色が特徴だという説明がありました。皇后陛下は十二単姿。儀式を見守る皇族の皆様も、男性は束帯、女性は十二単を身にまとわれていらっしゃいましたね。
 朝廷や公家、武家などが行う昔からの行事や儀式・制度・官職・習慣の先例やそれらを研究する学問を有職故実(ゆうそくこじつ)と言います。私が大学に在学していたずっと昔、「有職故実」の授業は、河鰭実英教授がご専門でした。

 私は英米文学科で学んでいたため、残念ながら先生のお授業を受けることは無かったのですが、河鰭先生は、東京帝国大学文学部をご卒業後、大正天皇の侍従をされ、1949年から本学の教授として学生のご指導をして下さいました。そして、1969年の4月から第3代の学長にご就任されました。有職故実をはじめとして、日本や世界の服飾史に関する図書をたくさん世に送り出されています。
 今年の6月に、昭和女子大学人間文化学部歴史文化学科の学生が、久保貴子先生の『有職故実』の授業を次のように紹介しています。

 「授業では、宮中の制度・儀式・装束などの有職全般にわたる平安時代の形成過程を学ぶとともに、それ以降の廃絶、中絶、復活や再興など歴史的変遷にも着目しています。『有職故実』は上級生優先ですが、2年生から履修することができます。開設学科である歴史文化学科や日本語日本文学科の学生だけでなく他学科の学生もたくさん履修しており、文系理系問わず人気の授業です。・・・有職故実というと、私たちには関わりのない昔のことのように思えますが、実は現代に息づいているものも多くあるようです。・・・有職とは、知識があることであり、故実とは古の事実、制度・儀礼上の古例習慣(先例)を指すそうです。・・・毎回の授業の先生の熱のこもった説明は大変聴き応えがあります!興味のある方、ぜひこの授業を履修してみてください!とても楽しいですよ~!」
 有職故実は、国文学、日本史、文化史を始め隣接する研究にまで広がりを持つ大変重要な分野です。そして、今年、「即位礼正殿の儀」をテレビや新聞などを通して見ることができたことは、祖先が育んできた文化の一つである日本の儀式典礼の意味や精神を知ることに繋がり大変幸運でした。

11月は行事が続きます [2019年11月09日(土)]

 まず、11月1日(金)は昭和女子大学の復興記念日です。大学では特に行事は行いませんが、附属の中高部では、この日をスクールカラーデーとしています。戦災、震災、火災という3つの災害に遭遇しながらも、その度に再起して発展してきた昭和女子大学の歴史を振り返り、今後の成長を誓う日です。校旗の色、スカイブルーがスクールカラーです。どこまでも高い空の様に、ここで学ぶ生徒の皆さんも、高みを目指して前進することを誓う日です。

 今年、特別に入った行事が、テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)の正式な開校式です。11月6日(水)の午後、本学の西キャンパスに移転したTUJの中庭で、アメリカ、フィラデルフィア本校から理事会メンバー、学長など多くの皆様も参列して、日本式の鏡開きをしました。その後、本学理事長・総長のテンプル大学からの名誉博士号授与式が記念講堂で行われ、福田康夫元総理大臣をはじめ、多くの方々の祝辞に続いて、博士の学位を授与された坂東理事長・総長のスピーチをお聞きしました。「日本をはじめ世界の国々は若者が力を発揮することを持ち望んでいます。私たちは、大学は若者に力を付けるために何ができるのか、そして教育者として私達は彼らを力づけるためになにができるのかを常に考えていかなければならないのです。」という力強い言葉で、スピーチを締められました。

11月7日(木)は先哲の慰霊祭です。学内にある先哲の碑の前に祭壇ができて、お世話になった恩師や同窓の遺徳をしのび、本学発展に尽くした先人の遺志を継いで、更なる発展を誓います。

また、同日は、創立者の墓と恩師同窓の墓のある世田谷の松陰神社に、その年1年間にお亡くなりになった恩師・同窓のご遺族をお招き、墓前祭も行いました。
加えて、本学の第2代理事長の人見楠郎先生のご命日である11月4日から1週間、学園本部の玄関に献花台を置いて、
在りし日のお教えをしのびます。

 そして、11月9日(土)、10日(日)は昭和学園の文化祭です。大学は「秋桜祭」、附属校は「昭和祭」と呼んでいます。来年の創立100周年に向けて作成した学園イメージソングも初披露されました。

 是非、たくさんの方にTUJ、BST(British School in Tokyo)など、アメリカ、イギリス式の教育を行う学校の校舎もある、新しい昭和学園を訪れていただければ嬉しいです。

三茶?それとも? [2019年11月01日(金)]

 次の3枚の写真は、昭和女子大学光葉博物館で12月14日(土)まで開催している「羽化する渋谷」、の展示で撮影させていただきました。始めの写真は駅の周辺のようですが、荷車を引いた馬も繋がれています。駅舎の方に向かって歩いている人は、半纏のようなものを着ていますね。
 どの写真にも手前に少しぼかした人物の絵もあって、その頃の人々の服装なども分かるように工夫されています。

 明治18年に、最初にできた渋谷駅だそうです。今から135年も前のことですね。

 次の写真は、1920年、本学が創立された年に撮影された第2代の渋谷駅です。駅舎がモダンです。路面電車が走っています。

次の写真は、いつ頃のものでしょう。

2枚目の写真の約13年後、ハチ公が生きていた時代の渋谷の様子です。写真の中にハチ公は見えますか?日本女子高等学院が、昭和女子大学に改められたのは、1949(昭和24)年のことですから、それよりも15年以上も前の写真です。残念ながら、ハチ公は写っていませんね。

最初のイラストは中林啓治さんという方の作品で、田村研究室でイラスト内の人物を拡大してポートレートにしたもの、
また2,3点目は、渋谷区白根記念館所蔵の渋谷駅の写真に加工を入れ、人の部分を拡大してポートレートにしたものだそうです。

何もなかったところに、渋谷駅ができて、それから今日まで、渋谷駅周辺は大きく様変わりしました。昭和女子大学は三軒茶屋にありますが、多くの皆さんが渋谷駅を利用されていることでしょう。
   

「羽化する渋谷」のテーマは、「渋谷駅135年の時系列模型から見る2020年」です。1日に平均約250万人が乗り降りする渋谷駅がどのようにして現在の複雑な形に変形して来たのかを見ることができます。私は湘南新宿ラインを使って通勤し、あの長い、長い連絡通路を毎朝毎晩歩かされています。展示を見て、「やはり、こんなに長い距離を歩いているのだ」とちょっとした満足感を持ちました。
 一緒に歩きながら、展示物について詳細に解説して下さるギャラリートークや、模型に触れながら渋谷駅の複雑な構造への理解を深めるワークショップも開催されます。是非、環境デザイン学科田村研究室の学生達の研究成果をご覧ください。

ギャラリートーク 入場無料 各回定員20名 11:00-12:00(受付開始10:30)
11月3日(日) 英語
11月9日(土) 日本語
11月10日(日) 日本語
12月8日(日) 日本語

ワークショップ 入場無料 各回定員15名 11:00-12:00(受付開始10:30)
11月24日(日) 日本語

いずれも申込はこちらから