ボストンから [2019年06月14日(金)]

日本は梅雨入りし湿った日が多いのですが、ボストンは晴れた気持ちの良い日がこのところ続いています。

早朝のボストンキャンパス。まだ、昨夜の明かりがついたままです。
キャンパスを散歩していると、こんな光景がありました。消火栓が数か所にあるのですが、そこに赤白の細い棒が立っています。

昭和ボストンのキャンパス内にあるBritish International School of Boston(BISB)の近くにも、同じものがありますね。ちなみに街灯に掛けられているのは、BISBを紹介するバナーです。

もう少しあたりが明るくなってから撮影した写真を見てください。細い棒がどのようにつけられているかよくわかりますね。

これは、冬に雪が積もった時に活躍します。雪国で過ごされたことのある方は、よくご存じだと思いますが、雪が積もって、消火栓の位置がわからなくならないように、消化栓の上、約3メートルまで、目印になる棒を立てているのです。ボストンの冬は雪がかなり深くなることがあるのですね。

さて、キャンパス内をゆっくり散歩していると30分ほどかかります。表玄関から出て左に曲がり、車道をゆっくり登って、ウイングの周りに沿って室内プールを左手に見ながらさらに歩いて、ウイングを左手に見ながらBISBの前を通り過ぎます。そのまま坂を下ると、モスヒルの丘の下のキャンパス入り口に行ってしまいますので、表玄関へのアプローチに向けて左手に曲がったあたりで、こんな集団にぶつかりました。何だかわかりますか。カラスではありません。それよりもずっと大きな鳥です。

もう少し近くに来たところを撮影しました。

七面鳥です。

10羽位が集団でエサをついばみながら、歩いていました。その集団を率いているリーダーらしき七面鳥の大きなこと。少なくとも小学校1年生位の大きさはあります。人がいることがわかると、動きを一瞬止めますが、危害を加えようとしているのではないことがわかると、また、堂々とそしてのんびりと芝生の上を移動しながら、餌を拾っていました。

キャンパスでは、ウサギやリスにも会いましたよ。ウサギは動きが早くてなかなか上手に写真が撮れません。

6月の昭和ボストンは、特にキャンパスの緑が清々しくきれいで、すばらしい環境です。是非、多くの皆さんに訪れて欲しいと思います。

どうぞお楽しみに! [2019年06月07日(金)]

来年度、本学は創立100周年を迎えます。いろいろな企画やイベントを準備していますが、その一つが、「想い出の昭和女子大学・三軒茶屋写真展」です。
例えば、こんな写真、かなり昔の写真のようですね。でも、本学の歴史を考えると、まだまだ。これは上高田から現在の太子堂に本学園が移転してきた当時の写真で、1946(昭和21)年のものです。1920(大正9)年に文京区に本学の前身である日本女子高等学院が開校されてから、24年。100年の歴史の約4分の1が過ぎた頃の写真です。前列左手前に帽子をかぶって座っている方が創立者、人見圓吉先生です。この時は、私もまだ生まれていませんでした。

さて、現在の太子堂の地に落ち着くまでの時代を少し遡って写真を見てみましょう。次の写真はいつ頃のものだとおもいますか。

これは創立20周年を記念して開催された展覧会の様子ですから、1940(昭和15)年のことです。高女の生徒たちの制服は、現代でも見かけるようなセーラー服ですね。後ろにデザイン画が並んでいますが、生徒達が考えた新しい制服のデザインかもしれません。
更に時代を遡って、次の写真は1923(大正12)年のものです。この前年に文京区から中野区東中野に校舎は移転しました。

玉川での学院と高女合同の野遊会の様子です。「野遊会」って、なかなかいい言葉ですね。韓国語ではお花見という意味のようです。今の言葉で言うとピクニックのことでしょう。袴姿の学生もいるし、洋服の高校生も写っていますね。先生らしき方の服装は、ピクニックの装いとは思えませんが・・・。大正15年にはまた、中野区上高田に引っ越しをしたのですから、やっと4度目の移転で、1945(昭和20)年に現在の太子堂にたどり着いたことになります。本学の歴史を辿る写真を見ると、いろいろな発見がありますね。

100周年特別企画の写真展では、世田谷キャンパスや三軒茶屋の発展の様子も写真で辿ることができます。エピソードや写真も募集中ですから、是非、多くの方に、思い出の写真を100周年事業企画委員会写真展企画担当窓口(100th-photo@swu.ac.jp)までお寄せいただければ嬉しいです。写真展は2020年5月に光葉博物館で開催されます。2019年4月26日~5月19日の期間には先行してミニ写真展を開催しました。卒業生達も来校し、懐かしい写真とメッセージを残してくれています。

来年の写真展もどうぞお楽しみに。

どこにあるがご存じですか? [2019年05月31日(金)]

この救急箱はどこにあるかご存知ですか。

救急箱には、急な怪我等をしたときに備えて、応急措置のために必要なものが入っています。家庭では、災害時の緊急持ち出し品として準備をしている方も多いと思います。この中には、消毒薬や絆創膏、ガーゼ、包帯等が入っています。閉室時間帯で必要な場合は、誰でも利用できます。
救急箱があるのは、1号館1階学生出入口西側の保健管理室入り口の右手です。

   

ほとんどの方は、普段、保健管理室に行くことはあまりないと思いますので、ドアに張り出されている開館時間等をこの写真で確かめておいてください。学生の皆さんの午後の授業が始まる13:10から1時間は閉室しています。応急処置はもちろんのこと、学校医による保健相談(予約制)も受けられます。
 全学生が4月に受け取る学生マニュアルには保健管理室からのお知らせが入っていますし、UP SHOWAでも時に応じて学校保健に関するお知らせが出ますので、ぜひ、読んでおきましょう。

このマーク、知っていますか? [2019年05月24日(金)]

真ん中にハートが描かれています。Automated External Defibrillator(AED)です。
2004年7月から医療関係者ではない一般市民も使用できるようになり、学校、公共施設、空港、駅など、人が多く集まるところに、設置されているのを見かけることが多くなりました。学内でも、下の地図にあるように、13箇所でこのマークのあるところにAEDが設置されています。

AEDは、心電図を自動解析する装置が内蔵された医療機器で、心臓が痙攣して血液を流すポンプ機能を失った状態になってしまった時に、心臓に電気ショックを与えて正常なリズムに戻すためのものです。操作は、音声メッセージに従えば良いので、そんなに難しくは無いそうです。機器によって違っているようですが、電源ボタンを押すか、ふたを開けると、音声メッセージが救助者に使用方法を指示してくれるようになっていて、電気ショックが必要ではない場合にボタンを押してしまっても作動しないので、安全に安心して使用できるようにも設計されているそうです。

万が一、心臓発作で倒れた人があれば、まず、心臓マッサージを、そしてAEDを使用して、救急車の到着を待ちます。心臓停止の際の応急処置は、一秒を争うので、一刻も早く救命処置を始めることが大切だと言われています。自信が持てなくても、緊急の場合には、AEDを使う勇気が必要ですね。

下の写真は、学園本部館入り口の左側に備えてあるAEDです。「自動体外式除細動器」と表示されていますが、「除細動」とは、電気的な刺激等の外力によって、正常な電気信号経路へ改善を促す方法、つまりAEDによる電気ショックのことを言います。すべての表示が日本語、英語、中国語、韓国語で書かれています。

使う必要が無いことを祈りますが、突然の心停止の場合、救急車の到着を待っていると10%足らずの人しか救命できず、心臓マッサージでそのおよそ2倍の人を、AEDの使用で半数以上の人の命を救えるそうです。数年前ですが2016年の調査では、一般市民が使用したAEDで救われた命が1年間に約200名もいたそうです(2013年度人数)。学内のAEDの設置場所を確認しておきましょう。

雨でも元気です [2019年05月17日(金)]

今年の梅雨は早く始まりそうですね。
昭和之泉の鯉は、雨の中でも元気に泳いでいます。鯉の餌やりは決まった時間に、2か所で行っているのに驚きました。下の写真は、大きな池の方ではなく、泉の右手の方に細く続いている支流の角で、黒いビニールがかけられている機械から餌が飛び出してくる仕掛けです。餌を食べようと、こんなにたくさんの鯉が集まっています。元気が良くて、負けずに餌を取ろうと、体の半分以上も水面から飛び出る鯉もいます。

読売新聞5月13日付の夕刊によると、日本の錦鯉が、今、海外で人気だそうです。「泳ぐ宝石」と呼ばれることもあるのだとか。財務省の貿易統計では、錦鯉などの淡水観賞魚の輸出額は、2018年には43億円にもなるそうで、ヨーロッパでは庭に池を作って鯉を泳がせたり、アジアでは縁起の良い鯉を飼って会社の発展を願ったりする人たちも目立つようになっているそうです。

昭和ボストンの芳楠園の池が作られた折に、東京から鯉を空輸しました。鯉は強い魚で、水槽に入れられてではなく、濡れた新聞紙に包まれて、東京のキャンパスからはるばるボストンのキャンパスまで、運ばれました。

こちらは、昭和之泉の入り口左側にある餌やり場です。餌の時間でない時は、大きな鯉がとても優雅にゆっくりと泳いでいます。その姿を見ると、海外のバイヤーが2億円以上出してでも、錦鯉を落札する気持ちがわからないではありません。

私がいつもここに来ると元気かな?と探す鯉を最後に紹介します。金色一色の鯉で、この写真の中央で泳いでいます。

病気にかかり、体の一部が曲がってしまっています。でも、今は他の鯉と一緒に元気に泳いでいます。餌も良く食べます。写真を上手に取れなくて、まわりにいた鯉がバシャッと跳ねたので、カメラに水しぶきがかかってしまいました。いつまでも元気でいて欲しいです。

これは何の花? [2019年05月10日(金)]

今日は五月晴れです。学園を散策するとあちこちにきれいな花が咲き誇っています。カルガモの親子も、昨日は昭和の泉にいたとか。残念ながら、今日は姿が見えませんでした。

さて、これは何の花でしょう。赤い椿のようにも見えますが、椿にしては開きすぎですね。
答えはバラです。

バラの種類は2万種以上あるとも言われ、どのように種類を分けてよいか難しいところです。公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会のWEB サイトの中で「バラの種類」のページを参照すると、樹の形や花の付き方から、5種類くらいに分類できるようです。大輪の花を1本の茎に1つだけつける「ハイブリッド・ティー系」、樹高1メートル程度で横に伸びて1本の茎に多数の一重の花をつける「フロリバンダ系」、小さな直径2センチほどの花を1茎にたくさん花房状につける「ミニチュアローズ系」、つるバラの一種でアーチやフェンスに絡ませて育てる「クライミングローズ系」、そして5番目に、小さい花をスプレイの様に分かれた枝につける「スプレイ系」です。多分、この写真のバラは、「クライミングローズ系」の「カクテル」という名のついたバラではないかと思います。
    
    
 西門から入ると、左手に中高部の校舎がありますが、その脇に沿ってグランド手前までの長く続く垣根に、少しピンクがかった赤い色で、美しく、情熱も感じる色の一重のカクテルの花が5月の風にゆれて気持ちよさそうに咲いています。
バラと言えば、イタリア・ルネッサンス期に描かれた名画、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」にも描かれていましたね。大きな貝殻に乗って、海から誕生した愛と美の女神ヴィーナスの周りに、西風の神ゼフュロスと花の女神フローラが空を舞いながら、ヴィーナスと共に誕生したとされているピンク色バラ(ヴィーナスの聖花)をその周り一面に散らしています。学園内には、今、様々な花が咲き誇っています。どうぞ皆さん、お楽しみください。

この車は何でしょう [2019年04月26日(金)]

今日はあいにくの雨、それにまだお昼前でもあるので、人影が見えないのですが、この2台の車が何だかわかりますか。

1号館と8号館の間、プロムナードに停まっています。看板を出して、車の横を開けていますね。フードトラックです。月曜日から金曜日まで、毎日、フードトラックが変わります。現在は、月曜日は「角煮丼」、火曜日は「ピザ」、水曜日は「タコス」に「チキンカレー」、木曜日は「ケバブ」と「パスタ」、金曜日は「ホットサンド」に「新鮮野菜&グリルチキン」とバラエティーに富んだメニューです。お店の種類も少しずつ変わっていくようです。テイクアウトですから、お天気の良い時は外のベンチで友達とランチを楽しんでいるグループも良く見かけます。

 
どこでランチを食べようかと迷う人も多い中、毎日、違う種類が楽しめるフードトラックが来てくれるのは嬉しいですね。
大学の授業がある期間はずっとフードトラックが来ます。前期は7月31日まで、後期は10月1日から始まるので、是非、シェフの味をお楽しみください。

学内の整備が進んでいます [2019年04月19日(金)]

こんなものを学内のどこかで見たことがありますか。

窓の目隠し?いいえ、違います。
次の写真は、同じところをもう少し遠くから写したものです。

左下にみえるのは、空。下向きにランプがついています。

実は、これは2号館東口玄関の天井です。2号館をあまり利用しない方は、気が付かなかったのではないでしょうか。
アプローチの右側に、スロープもついて荷物を運んだりするのにも便利で、人にやさしい配慮もされています。

この天井の張り方はルーバーと呼ばれるもので、細長い羽板(はいた)を、隙間をあけて平行に並べたものです。これまでは、主に通風や換気、日除けや雨除けの目的や、外から中が見えないように目隠しのため等に使われていたように思います。もちろん、材料は木材ばかりでなく、ガラスやアルミ、樹脂などのものも良く見かけます。

最近は木材の感触を大切にして、必ずしもこれまでの用途ではなく、デザインの一つとして、街でも良くルーバーを見かけるようになりました。2号館東口玄関も、スタイリッシュなルーバーの天井が付いて、おしゃれで、より広く、落ち着いた雰囲気を醸し出していますね。

2020年9月の創立100周年に向けて、学内の整備が進んでいます。完成が待ち遠しいです。

[2019年04月16日(火)]

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。春と聞いてまず思い浮かぶのは、「桜」ではありませんか。
昭和女子大学のキャンパスにも、たくさんの種類の桜が咲いています。早咲きでもう時期が過ぎたものもありますね。
桜にも種類がいろいろあり、色だけでも、濃いピンク色、薄いピンク色、白、それに、珍しいものでは緑色の桜もありますね。そして一重で咲くものも八重咲のものもあります。どれも春の到来を告げてくれる、日本を象徴する花だと思います。中でも、私は、この写真の桜が大好きです。

遠くから見ると、白い花のようにも見えますが、実は少しクリーム色がかかっています。グリーンホールと創立者記念講堂の間、グリーンホール側に植えられていて、「鬱金 (ウコン)」という種類です。

良く見ると、花の中に所々、ピンク色の花が咲いています。

クリーム色と薄いピンク色の組み合わせが、とても可憐ですね。
桜の中で、ウコンは唯一、クリーム色の花を咲かせる品種です。カレーなどに良く使われる黄色いスパイスがウコンで、肝機能の強化に役立つとも言われ、地方の「道の駅」などでは、良くウコンの粉末が販売されています。桜のウコンは、その色からの命名で、花びらは、7,8枚から17、18枚ほど。八重咲きのふんわりとした感じの花をつけます。桜色の八重桜もいろいろありますが、学園のプロムナードにある八重桜の開花は毎年4月中旬から5月上旬ですから、ウコンはそれよりも少し早く開花するようです。学内には他に9号館前とこども園前に植えられています。
日本から贈られた、アメリカ、ワシントンのポトマック河畔の桜並木は有名です。イギリスのハイドパークやフランスのベルサイユ宮殿でも桜が咲くそうです。昭和ボストンにも大きな桜の木があります。東京から創立20周年を記念して贈った桜もきれいに咲きます。日本の桜は世界中に広がっているようです。

昭和ボストンのメイン・オフィス前に咲く桜

この石碑は何でしょう [2019年02月01日(金)]

正門からのアプローチの右手に、「庭の教え」と題した歌碑があります。
これは創立15周年の昭和10年に、昭和女子大学の前身、日本女子高等学院の松平俊子校長を祝して鍋島榮子(なべしまながこ)氏から贈られた短歌を秩父石に刻んで記念碑としたものです。中野区上高田にあった本学園が戦災を受けた中で、災害を免れ85年近く本学園に伝えられている石碑です。
鍋島榮子氏は、佐賀藩の藩主、鍋島直大公の夫人で、イタリアの社交界で活躍し、帰国後は「鹿鳴館の華」として注目された方だそうです。また、帰国後は明治20年以来、日本赤十字社篤志看護婦人会会長を約半世紀間務め、東洋婦人会会長、大正婦人会、共立婦人会、大日本婦人教育会など、数々の要職を歴任し、社会活動にも積極的な方だったとのこと。松平俊子先生のお母様に当たります。
松平俊子校長は、鍋島榮子氏の感化を受けて、服装の研究をされ、婦人のためのミシンの講習会を開き、大日本茶道協会の会長に就任、海外婦人協会も設立しました。日本女子高等学院校長として「茶の湯」を授業に取り入れられたのも、日本女性として茶道の精神を学んで欲しいと願われたからでしょう。

石碑の面をもう少し拡大したのが、上の写真です。ところどころ読める文字もありますが、すらすらとは読めそうもありませんね。歌碑の左にある説明を見てみましょう。

6行目にある「刀自(とじ)」とは、女性に対する丁寧な呼び名で、「ミセス」の意味にあたります。歌碑と同じ行に書いてみると、
踏みまよふ人 / こそなけれ / 何処にも / にはのをしへの / 道しある世は          
となります。
「庭の教え」とは、家庭内で子に教育すること、あるいは、有識者が作法を教え指導すること、また、親が子に与える教訓の意味で、「庭訓」(ていきん・ていくん)とも読みます。「指導者がしっかりと歩むべき道を教える世であれば、正しい道から外れる人はどこにもいないだろう」という意味です。

次の更新は4月5日を予定しています。