2018年1月

30年前の4月には [2018年01月26日(金)]

 これは何の写真でしょう。着物や浴衣を着ているのは、30年前の昭和女子大学の学生、そして、後ろの方に小さく映っているのは、横笛を吹く像です。そう、この広い芝生は昭和ボストンです。

 昭和ボストンの開学祭は、1988 年7月7日、午後4時から現地で行われました。日本の文部大臣、マサチューセッツ州知事、在ボストン日本総領事、近隣大学の学長など、多数のご来賓からお祝いの言葉をいただき、盛大に行われました。


(1988年7月7日 開学式の様子)

 ちょうど日本の七夕の日に当たり、式典終了後の祝賀パーティの会場は、仙台の七夕飾りで彩られ、学生たちが和太鼓を披露したり、光葉同窓会ニューヨーク支部の皆さんやアメリカのお客様と一緒に盆踊りをしたりと、本格的にアメリカに進出する初の日本の大学として、昭和女子大学ボストン校の新しい第一歩を祝いました。


(第1期生を教育した昭和ボストンの先生方)

 実は、開校式を行った7月7日以前4月には、すでに第1期生、当時の英米文学科(英語コミュニケーション学科)の学生126名が、すでにボストンに到着し研修を始めていました。3枚目の写真は、その第1期の学生たちやその後の学生たちがお世話になった、ボストンの先生方です。この時期に研修に参加された卒業生の皆さんには、とても懐かしい写真ではないでしょうか。

 20年前には、10周年を記念して日本庭園を造りました。


(昭和ボストンにある日本庭園)

 そして、10年前の20周年には、ボストン昭和の校舎のある丘にたくさんの桜の木を植えました。30周年は、どんな風にお祝いをするかは、今検討中です。

 30周年を迎える平成30年度、まだ昭和ボストンに行ったことのない学生の皆さんには、サマーセッションをはじめとする、人生でかけがえのない経験と思い出になるに違いない、昭和ボストン研修に、是非参加してほしいと思っています。

この写真に写っているのは? [2018年01月19日(金)]

 そうです。皇太子時代の天皇陛下ご夫妻です。
 本学には、皇太子時代に何回かご来臨いただいています。その一部をご紹介しましょう。
 昭和34(1959)年の6月7日、日本コリークラブが、本学のグランドで、「皇太子殿下御成婚慶祝コリー祭」を開きました。本学の歴史を知る上で、最も参考になるのは「学報」はないかと思うのですが、その第1号は昭和37年発行のため、残念ながら、この時の様子を書いた学報の記事はありません。当日の写真と記録が残っています。この写真は当日、大学に到着された時のものです。昭和34年といえば、本学が近隣の火事の為に全校舎の3分の1を焼失して4年後のことです。

 当時の中高部校長の人見楠郎先生が日本コリークラブでご活躍されていたことがご縁で、本学でコリー祭が開催されました。人見圓吉理事長、玉井幸助学長がご一緒のお写真も保存されています。当時の皇太子明仁親王のご愛犬であったコリー犬(エリー)の母犬、ARM号もコリー祭に出場しています。


(コリー祭に参加する皇太子時代の天皇陛下ご夫妻)

 昭和59(1984)年には、皇太子明仁親王ご夫妻には、2回ご来臨いただいていたようです。タイや中近東、アフリカなど、世界各地での難民救援活動の資金作りのために開催された3月15日の音楽会、「第4回慈善演奏会」(マキシム・ショスタコヴィッチ指揮、読売日本交響楽団、ピアノ演奏、神谷郁代)が1回目です。当日の演奏会が終了した後、2階のロビーで催されたレセプションにも、予定を延長されてご参加下ったという記事が学報233号(昭和59年4月号)にあります。

 同じ年の10月24日には、文化研究講座の音楽会にお見えになっています。インドシナ難民を助ける会の主催で、行われた清水和音氏のチャリティ・ピアノ・リサイタルです。


(歓談される皇太子(現天皇陛下)ご夫妻)

 皇太子殿下でいらした時代には、様々な機会に本校にご来臨いただいた今上天皇と皇后美智子さま。ご譲位とご退位のどちらが正しい表現かの議論もあるようですが、来年の5月1日には新天皇がご即位されます。本学には、皇太子徳仁親王にもご来臨いただく機会があり、大変光栄に思います。東京オリンピックを控え、お元気でいらっしゃる今上天皇のご退位と、新天皇の即位。そして改元。「平成」と改元された時と違って、新天皇のご即位を心からお祝できますね。

正月飾りと言えば・・・ [2018年01月12日(金)]


(正門に飾られていた門松 ※1月11日まで)

 明けましておめでとうございます。

 正月飾りと言えば、鏡餅や門松、しめ飾りなどを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。JTB出版の『英文日本絵とき事典1(文化・風俗編) Illustrated A Look into Japan』(1991)では、門松のことを次のように説明しています。

Kadomatsu: This decoration, made from pine branches, bamboo and straw, is used in pairs, one on each side of the front gate or door of a house. The pine tree is a symbol of longevity. (p.81)

 外国の方には門松はとても珍しいものだと思います。ここに書かれている程度のことは英語で説明ができるといいですね。最後の文は「松の木は長寿の象徴です」という意味です。
 
 幸せをもたらしてくれる年神様が、正月に迷わずに来てくださるための目印として、門松を飾るのは、古くからある日本文化の一つです。昭和でも、毎年正門に飾っています。平安時代に、宮廷儀礼として、年のはじめに外の小さな松の木を引き抜いてくることで長寿祈願をした習慣から始まったと言われているそうです。長寿の象徴である竹も一緒に飾るようになったのは、室町時代に入ってからなのだそうです。
ところで、門松にはいろいろな飾り方があるようで、昭和の正門の門松はというと、3本組の竹を中心にして周りに短い若松を飾り、根元をわらで巻いてあります。そして、竹の先端は斜めに切った「そぎ」の形をしています。真横に切る「寸胴」と呼ばれる切り方もあるそうです。門松は一対で飾りますが、昔は左に黒松を使った「雄松」を、右に赤松を使った「雌松」を並べていたと思います。かすかな記憶ですが、私が昭和の中高部の生徒だった頃に、そう説明を受けたように記憶しています。

 門松などの正月飾りは「松の内」が始まる12月13日から、関東では新年の1月7日まで終わりになりますが、大学では11日に片づけてしまうそうです。本学では1月6日㈯に新年あけの授業が始まりますので、正門を飾った門松を見た方も多いのではないでしょうか。