2018年11月

すてきな教室を紹介します [2018年11月30日(金)]

昭和女子大学のキャンパスの中で一番新しい建物は9号館です。9号館は正門を入ってすぐ左手にあり、左手奥の地下には吹き抜けのアリーナもあります。1階には、測定機器室や演習室が、また2楷には恒温室があり、3階には大きな実験室もあります。ということで、この建物は健康デザイン学科と食安全マネジメント学科の皆さんが使用することが多いと思います。この2学科の教授室もここにあります。

さて、9号館1階の大教室をのぞいてみると、そこは、下の写真の様に、モニターテレビが設置され、清潔感溢れる講義室となっています。他学科でも、プロジェクト活動の一環としてイベントを行ったり、公開の講習会や研修会を行ったりするのにこの教室を利用しています。

そして、ここには2枚目の写真のようなスペースが隠されているのです。ここは調理スペースとなっていて、左手の調理台で調理をしている様子がモニターテレビに送られるようになっています。1枚目の写真のどこに、このスペースがあるのかというと、右手のモニターの後ろの壁が移動式になっていて、そこを開くと、奥に調理台が3台現れるという仕組みです。

料理番組を撮影するテレビスタジオのようですね。


原則、学園内の方々でしたら、非営利の学術・教育目的ならば、カリヨンを通してこの調理室を使用することができます。使用可能な期間は通常、大学の夏季休暇中ですが、その他の日程でも可能な場合もあるそうなので、詳しくはカリヨンにご相談下さい。

秋ですね [2018年11月24日(土)]

西門から入って中央グランドの前から、左手に並ぶいちょうがこんなに色づきました。まだ、少し季節が早いのか、それとも今年の大雨や台風でいちょうの木が疲れているのか、今朝はあまり元気がないようです。キャンパスのいちょうは、全国の紅葉スポット第1位と言われる明治神宮外苑のいちょう並木とは比べ物にはなりませんが、少し肌寒く感じる秋の風を受けて、葉が舞い落ちる音を聞くと、とても心が落ち着きます。

特にからっと晴れた秋空に映える黄色いいちょうをみていると、自然の力の偉大さを感じずにはいられません。

いちょうの木には、銀杏がつくものとつかないものがあります。雌の木が銀杏をつけるといわれています。 銀杏をつけるかつかないかを見分けるには、諸説がいろいろあって、雌の木は銀杏をなるべく遠くに落としたいので枝を横幅広く張り、雄の木は上に枝を伸ばすということも聞いたことがありますし、葉の形で区別できるとも聞いたことがあります。でもどちらも俗説のようで、実際には、花が咲くまでは雌雄はわからないとのこと。もし種から育てると花が咲くまで十年位はかかるのだそうで、気の長い話です。昭和のキャンパスには、銀杏をつけるいちょうも、つかないいちょうもありますから、枝の張り方の向きを比べたり、きれいな落ち葉を拾って葉の形を比べたりしてみるのも楽しいかもしれませんね。

Keep Off the Grass [2018年11月16日(金)]

この掲示をどこかで見たことがありますか。

英語でも書かれているので、BSTの生徒さん達も行き来するところにあるはずですね。
でも、BSTの校舎の近くには芝生はありません。
実は、この掲示は学園本部館と大学1号館の間のロータリー中央にある養成中の芝生のためのものです。

午後4時ごろに撮影したので少し日が陰って見にくいかもしれませんが、中央の一番背の高い木の手前に、上の写真にある掲示が置かれています。
芝張りをした後に人が立ち入って芝を踏んでしまうと、擦り切れたり、押しつぶされたりして、芝が枯れてしまうこともあります。見たところきれいに芝が張られているようでも、切り取った芝のマットが土の上に乗っている状態なので、芝の根が土の中まで入り込むのを待つのに時間が必要です。多分、少なくともあと1、2か月くらいは、待つことになるのではないでしょうか。スポーツ競技場のスタジアムの芝を全面張り替えると、養成期間が3か月位は必要なのだそうです。

秋は少しずつ気温が下がり、芝の根も伸びにくいので、皆さんで大事に芝が育つのを見守っていきたいですね。

クレーンが見えますか [2018年11月09日(金)]

雨上がりの空に、グラウンドのブルーのトラックと中央のグルーンの人工芝の色がすがすがしい朝です。
この写真は、昭和のキャンパスにあるBST(ブリティッシュスクール・イン・トウキョウ)の前あたりから、中高部2号館、こども園、そして8号館の方向にカメラを向けたものです。写真中央のこども園のあたりに、クレーンが見えるでしょうか。


このクレーンは、本学西キャンパスに新校舎を建設するためのものです。クレーンが使われているということは、建物が随分高くなったということですね。
下の写真の左側には、すでに6階建ての骨組みができ、右側は地下が深く掘り下げられてプールが建設されているようです。

写真の右手奥には、たくさんの建設資材を積んだ車やトラックが並んでいます。一日、一日、一歩ずつ、一歩ずつ、完成に近づいています。こんなにたくさんの機械や人々の力で出来上がる新校舎、来年の9月が本当に楽しみです。

この写真の方をご存じですか。 [2018年11月02日(金)]

昭和女子大学の卒業生の会、「光葉同窓会」初代会長の和田艶子先生です。島根県のご出身で1904(明治37)年生まれ。1999(平成11)年に95歳で他界されました。日本女子高等学院を卒業後、常に母校と卒業生のパイプ役を果たし、1958(昭和33)年から「教員学術研究会」を主催して教員に研究発表の機会を作られ、また、同窓会の組織作りと整備に努められました。同窓会では、卒業生の名簿作成に着手され、人見記念講堂の第二緞帳、光葉会誌の発刊等、終生、学園と同窓会の発展にご尽力下さいました。会長をお引き受けになる時、先週のブログでご紹介した保坂都先生こそふさわしい方だというお気持ちから、はじめはご就任を固辞されたそうです。和田先生、保坂先生、お二人とも本学の発展の礎を築いて下さった私達の大恩人、そして、大先輩です。

本学は1920(大正9)年に「日本女子高等学院」として誕生し、1925年に初めての卒業生が出ました。第4回卒業生を出した1928年には『女性文化』第1巻1号が同窓会から出されました。本学の同窓会「光葉会」は、1945年学園復興の年に、日本女子高等学院と附属高等女学部の生徒たちや教職員全員の力を合わせて、戦後の困難な時代を乗り切ろうと組織したもので、当時はすべての生徒や教職員が光葉会のメンバーでした。そこから、同窓生の光葉会が独立して、「光葉同窓会」ができたのが、1974(昭和49)年のことだったのです。

上の写真は1992(平成4)年の光葉同窓会懇親会の席上で、お二人の米寿のお祝いをした時のものです。歴史を辿ってみると、本学があと1年半もしないうちに創立100周年を迎え、ここまで成長できた陰には、本当にたくさんの方々のご尽力やご支援があったのだとしみじみ思う今日この頃です。