2019年6月

1号館の屋上に見えるのは? [2019年06月29日(土)]

 今朝は、昨晩からの関東地方に台風がやって来るというニュースを聞いていたので、雷が鳴ったり、強い風雨になったりするかと思っていましたが、空がきれいに晴れわたりました。午後からは、抜けるような青空に白い雲が輝いていました。

 あまりに空がきれいなので、写真を撮ってみたのですが、ふと、あることに気づきました。この写真は1号館を東側入り口から見たところです。屋上に何か立っていませんか。隣の8号館の屋上にも、同じようなものが立っていますね。

 避雷針です。避雷針は、金属の棒で、落雷による被害を防ぐために設置されるものです。先端は雷が落ちやすいように細くなっていて、そこから導線を伝って下りてきた雷を地面で受けて、放電する仕組みになっています。
 建築基準法によって20メートルを超える建物などには避雷針の設置が義務付けられているそうですが、直接近くで見ることはあまりないでしょう。また、避雷針に雷が落ちたのを見たことがある人もきっと少ないと思います。しかし、避雷針が無いところに雷が落ちて、建物を直撃すると、電気が使えなくなることもあるのだそうです。
 本学のキャンパス内にも、法令に従って12か所に避雷針が設置されていています。今日は幸いなことに雷は鳴りませんでしたが、キャンパス内にいれば、雷が鳴っても、近くの建物の中に入れば安全ですね。

何の展示でしょう。 [2019年06月21日(金)]

まず、ここはどこかわかりますか。こんな展示場、学内で見たことがありますか。博物館、それともステージのセットでしょうか。

木枠の中に写真のようなものが貼られているようですね。その中のいくつかを見てみましょう。

2006年5月11日の日付です。「天使の歌声」として有名なウィーン少年合唱団演奏会のチラシです。ウィーン少年合唱団は1498年に創立された古い歴史のある合唱団で、10歳から14歳の約100人で構成されています。イタリア出身の名指揮者トスカニーニが、彼らのコーラスを《天使の歌声》と呼びました。メンバーは全寮制の生活をしていて、時折、世界の国々でグループに分かれての活動もします。ウィーン国立歌劇場でのオペラにも数多く出演し、ウィーン・フィルともしばしば共演しています。日本での公演はいつも大人気で、毎年各地で売り切れが続出するのだそうです。

次の写真を見てみましょう。こちらは、2013年6月4日の日付です。右上には、「小曽根デビュー30周年&バートン70歳!」と書かれています。

小曽根真(おぞねまこと)氏は、バークリー音大を卒業後、ソロ・ライブや、ゲイリー・バートン(ビブラホーン奏者)、ブランフォード・マルサリス(ジャズサクソフォン奏者)、パキート・デリベラ(クラリネット奏者)など世界的なトッププレイヤーとの共演を数多く行い、また、自身のバンド「No Name Horses」を率いてツアーを行うなど、ジャズの最前線で活躍しています。クラシックにも本格的に取り組み、国内外の主要オーケストラと、バーンスタイン、モーツァルト、ラフマニノフ、プロコフィエフなどの協奏曲の共演で高い評価を得ています。
 小曽根氏がデビューし、ゲイリー・バートンと出会ってから30周年となる2013年にバートン氏の還暦も記念して、世界をめぐる演奏旅行をしています。その途中で、本学での演奏会も行われたようです。小曽根氏は2018年の春に、紫綬褒章も受章しています。

次の写真は、キエフ国立フィルハーモニー交響楽団です。日付は、2017年12月19日となっています。キエフ国立フィルハーモニーはウクライナのキエフに本拠がある国立フィルハーモニー協会の専属オーケストラです。この年の12月28日には、東京オペラシティコンサートホールで公演もしていて、S席なら11,000円、A席でも9,000円もするすばらしい演奏を、本学の記念講堂で無料で聞くことができた学生は、ものすごく幸せですね。

 
 ということで、はじめの写真は、記念講堂の音響版の裏を写したものです。これまで本学の記念講堂で行われた演奏会のチラシの多くが、記念としてここに貼られています。音響版は演奏会等で、舞台の正面と上手側、下手側に立てられます。このブログには、正面裏の写真しか掲載してありませんが、3枚の音響版の裏に人の手の届く高さの所まで、チラシが貼られているのですから、かなりの数になります。どのチラシも、世界中で著名な方々のものばかりですよ。学生の皆さんは、こんなに素晴らしい演奏を本学内にある記念講堂で、しかも無料で聞くことができるなんて、夢のようではありませんか。

ボストンから [2019年06月14日(金)]

日本は梅雨入りし湿った日が多いのですが、ボストンは晴れた気持ちの良い日がこのところ続いています。

早朝のボストンキャンパス。まだ、昨夜の明かりがついたままです。
キャンパスを散歩していると、こんな光景がありました。消火栓が数か所にあるのですが、そこに赤白の細い棒が立っています。

昭和ボストンのキャンパス内にあるBritish International School of Boston(BISB)の近くにも、同じものがありますね。ちなみに街灯に掛けられているのは、BISBを紹介するバナーです。

もう少しあたりが明るくなってから撮影した写真を見てください。細い棒がどのようにつけられているかよくわかりますね。

これは、冬に雪が積もった時に活躍します。雪国で過ごされたことのある方は、よくご存じだと思いますが、雪が積もって、消火栓の位置がわからなくならないように、消化栓の上、約3メートルまで、目印になる棒を立てているのです。ボストンの冬は雪がかなり深くなることがあるのですね。

さて、キャンパス内をゆっくり散歩していると30分ほどかかります。表玄関から出て左に曲がり、車道をゆっくり登って、ウイングの周りに沿って室内プールを左手に見ながらさらに歩いて、ウイングを左手に見ながらBISBの前を通り過ぎます。そのまま坂を下ると、モスヒルの丘の下のキャンパス入り口に行ってしまいますので、表玄関へのアプローチに向けて左手に曲がったあたりで、こんな集団にぶつかりました。何だかわかりますか。カラスではありません。それよりもずっと大きな鳥です。

もう少し近くに来たところを撮影しました。

七面鳥です。

10羽位が集団でエサをついばみながら、歩いていました。その集団を率いているリーダーらしき七面鳥の大きなこと。少なくとも小学校1年生位の大きさはあります。人がいることがわかると、動きを一瞬止めますが、危害を加えようとしているのではないことがわかると、また、堂々とそしてのんびりと芝生の上を移動しながら、餌を拾っていました。

キャンパスでは、ウサギやリスにも会いましたよ。ウサギは動きが早くてなかなか上手に写真が撮れません。

6月の昭和ボストンは、特にキャンパスの緑が清々しくきれいで、すばらしい環境です。是非、多くの皆さんに訪れて欲しいと思います。

どうぞお楽しみに! [2019年06月07日(金)]

来年度、本学は創立100周年を迎えます。いろいろな企画やイベントを準備していますが、その一つが、「想い出の昭和女子大学・三軒茶屋写真展」です。
例えば、こんな写真、かなり昔の写真のようですね。でも、本学の歴史を考えると、まだまだ。これは上高田から現在の太子堂に本学園が移転してきた当時の写真で、1946(昭和21)年のものです。1920(大正9)年に文京区に本学の前身である日本女子高等学院が開校されてから、24年。100年の歴史の約4分の1が過ぎた頃の写真です。前列左手前に帽子をかぶって座っている方が創立者、人見圓吉先生です。この時は、私もまだ生まれていませんでした。

さて、現在の太子堂の地に落ち着くまでの時代を少し遡って写真を見てみましょう。次の写真はいつ頃のものだとおもいますか。

これは創立20周年を記念して開催された展覧会の様子ですから、1940(昭和15)年のことです。高女の生徒たちの制服は、現代でも見かけるようなセーラー服ですね。後ろにデザイン画が並んでいますが、生徒達が考えた新しい制服のデザインかもしれません。
更に時代を遡って、次の写真は1923(大正12)年のものです。この前年に文京区から中野区東中野に校舎は移転しました。

玉川での学院と高女合同の野遊会の様子です。「野遊会」って、なかなかいい言葉ですね。韓国語ではお花見という意味のようです。今の言葉で言うとピクニックのことでしょう。袴姿の学生もいるし、洋服の高校生も写っていますね。先生らしき方の服装は、ピクニックの装いとは思えませんが・・・。大正15年にはまた、中野区上高田に引っ越しをしたのですから、やっと4度目の移転で、1945(昭和20)年に現在の太子堂にたどり着いたことになります。本学の歴史を辿る写真を見ると、いろいろな発見がありますね。

100周年特別企画の写真展では、世田谷キャンパスや三軒茶屋の発展の様子も写真で辿ることができます。エピソードや写真も募集中ですから、是非、多くの方に、思い出の写真を100周年事業企画委員会写真展企画担当窓口(100th-photo@swu.ac.jp)までお寄せいただければ嬉しいです。写真展は2020年5月に光葉博物館で開催されます。2019年4月26日~5月19日の期間には先行してミニ写真展を開催しました。卒業生達も来校し、懐かしい写真とメッセージを残してくれています。

来年の写真展もどうぞお楽しみに。