2020年1月

光葉同窓会 [2020年01月31日(金)]

 「光葉会」という名称は、1928年前後の困難な時期を乗り切ろうと、日本女子高等学院と附属高等女学部の教職員と在学生が一体の組織をつくり、その名称として使われていました。その後、1973年に、附属の中学高等学校の生徒会名称として「光葉会」を継続し、大学は、在学生を除いた卒業生の会を「昭和女子大学光葉同窓会」と呼ぶこととなりました。当時の校長 加治いつ先生は、この名称について昭和47年の『学園の半世紀』で『「光」とはヒカリで、学と徳と力のあらわれであり、「葉」とは年代とか時代を意味している』と述べています。いつの時代にも、野に山に丘に木葉が輝くように、卒業生それぞれが、学・徳・力を持って輝こう、という母校の理想が込められていると語られていました。

 1974年の5月に、母校の体育館(現在の旧体育館)で新体制となった第1回の総会が行われました。河鰭實英、坂本由五郎、人見楠郎、松平俊子、保坂都、諸先生方に顧問をお願いし、初代会長に和田艶子先生が就任されました。それから、第2代・山北浜子会長、第3代・星出為子会長、第4代・加藤澄江会長、第5代・安西美津子会長、第6代横井千香子会長、そして第7代現比護和子会長と、光葉同窓会は年々発展を続け、母校昭和女子大学を様々に支えてくださっています。本学の歴史と共に、その一端をメモしてみました。

1980年 人見記念講堂竣工に際して、第二綴帳を制作寄贈

1984年 「先哲の碑」を寄贈。

1985年 大学1号館竣工に際して、「カリヨン」を寄贈。

1986年 望秀海浜学寮竣工に際して、「大水槽」寄贈。

1990年「昭和の泉」が完成し、「光葉庵」を寄贈。現在は、東屋として使用しています。

2000年 母校創立80周年を祝して「祝金」贈呈。
2004年 「ほっとステーション(心の悩み相談室)」開設 (中・高等部の生徒対象)。
2005年 新体育館・プール建設事業を祝して、「新体育館・プール建設募金」贈呈。現在、西キャンパスにはプールも備えた10号館が建設されています。

2019年9月に使用を開始した、西キャンパスの新しいプール


2006年 「学園奨学基金募金計画」への協力
2010年 母校創立90周年を祝して「コスモス館建設募金」贈呈。

大正14年第1回卒業生15名から、創立100周年の今年度、卒業生は延べ97000名ほどになります。

オリンピック [2020年01月24日(金)]

 世田谷区が2020年東京オリンピックのホストタウンであることは、皆さんご存知のことと思います。1964年の東京オリンピックでは、本学の体育館(現在の旧体育館)をオリンピック施設として貸与しました。
 このことが、『昭和女子大学70年誌』の368-369ページに次のように記されています。「たまたま昭和三十九(1964)年に開催された東京オリンピック大会に際して、大会事務局から本学体育館を外国体操選手の練習場に貸与してほしいとの依頼があり、また、一方このオリンピック大会参観のため来日した諸外国の婦人宿舎として本学鉄筋新寮舎二十余室の貸与の依頼も受けたので、本学としては大会に協力するために快くこれらを提供した。その時に本学に掲揚されたオリンピック旗は、現在でも体育大会の度毎に入場行進の先頭を飾っている。」

 昭和39年6月20日発行された昭和学報には、こんなことも書かれています。
「新校門建設 東京オリンピック大会の開催に伴い、本学前の道路拡張工事起り、従来の校門は取り払われることとなりしため、これを機会に近代的新校門を建設。」
 

 キャンパスの体育館がオリンピックの練習場となったことは記憶にあったのですが、鉄筋新寮舎の20室あまりを外国人女性参観者の宿舎として提供したことや校門が新しくなったということは全く記憶にありませんでした。まだ、その時私は高等部生で、大学のことはわからなかったのだと思います。記録を見ると、学内寮「芙蓉寮」「弥生寮」を開設したのが、昭和37年のことで、きっとそこを宿舎として提供したのでしょう。これらの学内寮も現在は既にありません。この年は、文家政学部被服学科を生活美学科に改めた年でもありました。

 70年誌にあるような、附属も合わせた全学園の体育祭は、現在のグランンドになる前に既に取りやめとなったので、本学の体育館が練習会場となった記念に頂いた1964年の東京オリンピック旗はもうほとんど使うことが無いようです。下の写真は、オリンピック旗を持っての入場行進の様子と、その当時の全学園の体育祭の様子です。
 

真・善・美 [2020年01月17日(金)]

 昭和学園での生活の中で、身近にあった標語を思い出してみました。


 この写真は、昭和40年ごろの講堂です。現在のグリーンホールのあたりにありました。行事の度にこの講堂に集まり、舞台の上の「真・善・美」の文字をよく目に留めていました。中学生の頃は、校訓三則「清き気品、篤き至誠、高き識見」よりも、頻繁に見る機会があった言葉です。カント哲学の影響を受けた言葉だそうで、いろいろな辞書の説明を合わせると、「真・善・美」は、「知性(認識能力)、意志(実践能力)、感性(審美能力)のそれぞれに応ずる大きな価値概念を表し、人間が理想とする不変的で妥当な価値である」という意味になるのでしょうか。「真 vs. 偽、善 vs. 悪、美 vs. 醜」と、反対の意味を持つ語と対比して考えると理解しやすいと、中学生の時に先生から教えていただいたことを思い出します。

 さて、高校生になると、入学式や卒業式などの大切な式典の時には、必ずステージに飾られていた、大きな木彫りの校訓の額と校旗が印象に残っています。校訓三則は、校舎の入り口にいつも掲げられているので、読む機会も多くありました。

清き気品
あたたかく広い心で人と接すること、相手の気持ちを思いやること、礼節を重んじることなど、清楚な品位を保つことです。
篤き至誠
自分と同様に他を愛し、愛と理解と調和を実践し、誠実に日々精進することです。正しいと思うことは勇気を持って行えることも意味しています。
高き識見
志高く豊かな知識を持ち、広い公平な判断ができることです。専門とする学問に真剣に取り組むと同時に、専門以外の知識を深め自分を磨き、懸命に生きる道を探求することです。

 次の言葉は、皆さんよくご存じと思います。開講の詞に込められた創立者の思いが、この短い言葉に集約されています。

 光は明るい所では、あまり役に立ちませんが、周りが暗い時にこそ、その真価を発揮します。また、陰に隠れることなく、誰からも見えるところで光っていなければなりません。そして、どんな色でも、大きさでも、周りの人の進む道を照らしてあげられる人になりましょう、と呼びかけています。

 こうした標語やモットーは、「開講の詞」の趣旨を別の表現で表しているものとも言えるでしょう。今年は創立100周年。記念講堂の入り口に創立者直筆の「開講の詞」をそのまま写した碑文が掲げられたのが、創立60周年の年でした。「力強き、思慮ある婦人」へと成長するために、さらに高みを目指して前進していきましょう。

クスノキ募金 [2020年01月10日(金)]

 「クスノキ募金」をご存じですか。昭和女子大学のサポーターズクラブが始めました。学園には大きなクスノキが、たくさんあります。これだけ大きくなるのには何十年とかかりました。クスノキは、成長は遅いけれども、見上げるような大木になることから、募金の名前としてクスノキが付けられたそうです。
 書籍やCD・DVD等の処分に困ったときには、是非、この写真の箱に、入れてください。

 皆さんのお手元の書籍等で、不用になったものを、「クスノキ募金」用の箱に入れていただくと、その買取り金額を本学に寄付していただくことになります。ご寄付いただいた金額は、学生・生徒、児童の支援に役立てられます。この写真の箱と同じものが、1号館1階と9階の東西2か所、2号館、3号館、6号館、7号館、8号館は1階に置かれています。ISBNコードのついた書籍、CD、DVDで最近発売されたものを提供していただけると、本学への寄付金が多くなるそうです。税法上の優遇措置も受けられるそうですから、詳しいことはこちらのHPをご覧ください。

 5冊以上の書籍等をご寄付いただける場合は、指定する場所に宅配業者に来てもらえるそうです。万が一、値段がつかない書籍等があっても、ブックギフトプロジェクトとして、福祉施設や国内外の教育研究機関等に寄贈されますから、無駄にはなりません。

 2018年にスタートしたこの募金も今年で3年目を迎えました。開始以来、これまでに約60万円ご協力をいただいているそうです。今年は創立100周年になります。書棚に長いこと開かれずに置かれている書籍類や、ほとんど聞くことのないCD、見なくなったDVD等、是非、ご協力をお願いいたします。