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春はやっぱり梅?と桜ですね [2020年02月21日(金)]

 2月の始めに学園本部前の枝垂梅(しだれうめ)のつぼみが少し膨らみかけたのを見て、「春が近いな」、と思ったばかりでした。

 その枝垂梅がなりたくさんの蕾を開き、なんとなく枝垂梅らしくなってきたので、ブログで紹介したばかりです。

 今週は暖かい日が続いたもので、もう、こんなにきれいに咲きそろいましたよ。

 枝垂梅には一重咲きの白色で中輪の「満月枝垂」、同じく白色で八重咲きの「白滝枝垂」など、10を超える種類があるのだそうです。

 この上の写真は、学園本部前の枝垂梅の花を拡大したものですが、多分、呉服枝垂(くれはしだれ)か藤牡丹枝垂(ふじぼたんしだれ)のどちらかではないかと思います。
 学内の植栽をお願いしている業者さんにも聞いてみましたが、プロでも中々見分けがつかないそうです。


 この梅は、BSTの玄関前のものです。白い校舎に映えてとてもきれいです。梅の種類は何と数百種類以上あるそうで、品種名が不詳のものも珍しくないようです。
 しかし、何と言っても春といえばやはり、桜でしょう。これは正門の左手にある早咲きの寒桜です。幹は黒っぽい色で、花は一重の淡紅色です。桜はバラ科の花で、ウメもモモもアンズも同じ仲間でバラ科だそうです。

これから、染井吉野、八重桜と、学園の桜が順番に花開くのが楽しみですね。

梅の開花 [2020年02月20日(木)]

 今年は節分が2月3日、そして4日が立春でした。急に先週の中頃から寒い日が続き、いつになったら本当の春の兆しが見えるのかと思っていましたが、実は、もう咲き始めていました。

 学園本部前の梅の花です。白梅と紅梅がきれいですね。梅が咲き始めると「あー、春が近づいて来たな」と、ちょっと嬉しくなります。ところで、梅には、花を観賞する「花ウメ」と果実を食用にする「実ウメ」があるそうです。梅干しは、白梅の実を干して作るのだそうで、紅梅は実は小さくて苦みがあるので、梅干しには向いていないとか。一方紅梅も、幹の断面を見るとわかるそうですが、赤味がかったきれいな色をしているので、木材として良く使われるのだそうです。
 下の写真は白梅と紅梅の隣に植えられている枝垂(シダレ)梅です。

 この枝垂梅は、5~6メートル程度の高さですが、10メートル位の高さの木もあるそうです。逆に小さく育てて、鉢植えや盆栽で枝垂梅を楽しむ人も多いようです。
 梅の開花は、1月下旬から5月上旬にかけて日本列島を北上します。学園の梅が満開になるのは、きっと2月末ごろになりそうです。

トルストイ『復活』 [2020年02月14日(金)]

 
 レフ・N・トルストイ(1828-1920)は、ドストエフスキーと共に、19世紀ロシア文学を代表する小説家と言われています。この写真は、昭和女子大学図書館が所蔵している、1899年にサンクトペテルブルグで刊行された週刊誌『ニーヴァ(HKBA)』30巻11号(1899年3月13日)の「復活」の掲載部分を一冊にまとめたものの1ページです。大変貴重な資料です。写真の中段にある、赤い下線が引いてあるBocKpeceHie (ヴァスクレセーニエ) が「復活」というタイトルです。この写真では、タイトルの最後から2番目の文字がiとなっていますが、正式名はВоскресениеだそうで、当時は正書法改正前で、キリル文字ではないiを使ったらしいということです。

 この写真はその中にある挿絵の一枚です。
 トルストイは、弾圧されたドゥホボール教徒をカナダに移住させる資金を作ろうと、実際にあった刑事事件をもとに書きかけのままだった『復活』を、1898年9月に急いで完成させました。自宅の来客の前で完成した『復活』を朗読し、披露したそうです。そして、その年の10月に雑誌『ニーヴァ』の編集局と掲載契約を結び、連載が開始されました。
 若い貴族のネフリュードフ公爵が、自分が昔捨てた、おじ夫婦の下女カチューシャの殺人事件の裁判に陪審員として出廷したことから『復活』は始まります。実は、彼女は彼の子供を産んだために、娼婦に身を落とし、遂には殺人罪に問われていたのです。カチューシャに殺意が無いことが判明し、軽い刑で済むはずだったのが、手違いでシベリア送りの刑が宣告されてしまい、そこでネフリュードフは初めて罪の意識に目覚めて、彼女の恩赦を求め奔走し、彼女の更生に人生を捧げる決意をするというストーリーです。
 本学には日本トルストイ協会の事務局があります。 日本トルストイ協会は1996(平成8)年12月に設立され、今年で設立24年を迎えます。活動の中心は、3月と9月に開く年2回の講演会で、3月には協会報「緑の杖」が発行され、9月には総会を開催します。トルストイの影響は文学だけでなく、思想・哲学・宗教・教育にも及び、昭和女子大学の創立者、人見圓吉先生は、トルストイの教育論に共鳴し本学を設立されました。二代目学長の人見楠郎先生は、ロシアの「トルストイ学校」との緊密な交流を基に、教育面でのさまざまな活動を展開されました。こうした活動とトルストイ研究者の出会いが、誰にでも「開かれた」日本トルストイ協会へとつながりました。
 第20回トルストイを語る会が3月14日(土)午後2時から昭和女子大学内で開催されます。学生以外は500円かかりますがどなたでもご参加いただけますので、是非、お越しください。参加する場合は3月4日(水)までに上記リンク先HP記載の申込先に連絡してください。元藝術座創立百年委員会会長の岩町功氏による「演劇家 島村抱月のトルストイ観への考察~トルストイ作品の藝術座上演を通して~」のご講演があります。藝術座は神楽坂を本拠地として、島村抱月と松井須磨子を中心に1913年に結成され、第3回の公演で、トルストイ原作の『復活』を上演しました。須磨子の歌う「カチューシャの唄」は『復活唱歌』という題名でレコードが発売され、日本中に広まっていったそうです。

光葉同窓会 [2020年01月31日(金)]

 「光葉会」という名称は、1928年前後の困難な時期を乗り切ろうと、日本女子高等学院と附属高等女学部の教職員と在学生が一体の組織をつくり、その名称として使われていました。その後、1973年に、附属の中学高等学校の生徒会名称として「光葉会」を継続し、大学は、在学生を除いた卒業生の会を「昭和女子大学光葉同窓会」と呼ぶこととなりました。当時の校長 加治いつ先生は、この名称について昭和47年の『学園の半世紀』で『「光」とはヒカリで、学と徳と力のあらわれであり、「葉」とは年代とか時代を意味している』と述べています。いつの時代にも、野に山に丘に木葉が輝くように、卒業生それぞれが、学・徳・力を持って輝こう、という母校の理想が込められていると語られていました。

 1974年の5月に、母校の体育館(現在の旧体育館)で新体制となった第1回の総会が行われました。河鰭實英、坂本由五郎、人見楠郎、松平俊子、保坂都、諸先生方に顧問をお願いし、初代会長に和田艶子先生が就任されました。それから、第2代・山北浜子会長、第3代・星出為子会長、第4代・加藤澄江会長、第5代・安西美津子会長、第6代横井千香子会長、そして第7代現比護和子会長と、光葉同窓会は年々発展を続け、母校昭和女子大学を様々に支えてくださっています。本学の歴史と共に、その一端をメモしてみました。

1980年 人見記念講堂竣工に際して、第二綴帳を制作寄贈

1984年 「先哲の碑」を寄贈。

1985年 大学1号館竣工に際して、「カリヨン」を寄贈。

1986年 望秀海浜学寮竣工に際して、「大水槽」寄贈。

1990年「昭和の泉」が完成し、「光葉庵」を寄贈。現在は、東屋として使用しています。

2000年 母校創立80周年を祝して「祝金」贈呈。
2004年 「ほっとステーション(心の悩み相談室)」開設 (中・高等部の生徒対象)。
2005年 新体育館・プール建設事業を祝して、「新体育館・プール建設募金」贈呈。現在、西キャンパスにはプールも備えた10号館が建設されています。

2019年9月に使用を開始した、西キャンパスの新しいプール


2006年 「学園奨学基金募金計画」への協力
2010年 母校創立90周年を祝して「コスモス館建設募金」贈呈。

大正14年第1回卒業生15名から、創立100周年の今年度、卒業生は延べ97000名ほどになります。

オリンピック [2020年01月24日(金)]

 世田谷区が2020年東京オリンピックのホストタウンであることは、皆さんご存知のことと思います。1964年の東京オリンピックでは、本学の体育館(現在の旧体育館)をオリンピック施設として貸与しました。
 このことが、『昭和女子大学70年誌』の368-369ページに次のように記されています。「たまたま昭和三十九(1964)年に開催された東京オリンピック大会に際して、大会事務局から本学体育館を外国体操選手の練習場に貸与してほしいとの依頼があり、また、一方このオリンピック大会参観のため来日した諸外国の婦人宿舎として本学鉄筋新寮舎二十余室の貸与の依頼も受けたので、本学としては大会に協力するために快くこれらを提供した。その時に本学に掲揚されたオリンピック旗は、現在でも体育大会の度毎に入場行進の先頭を飾っている。」

 昭和39年6月20日発行された昭和学報には、こんなことも書かれています。
「新校門建設 東京オリンピック大会の開催に伴い、本学前の道路拡張工事起り、従来の校門は取り払われることとなりしため、これを機会に近代的新校門を建設。」
 

 キャンパスの体育館がオリンピックの練習場となったことは記憶にあったのですが、鉄筋新寮舎の20室あまりを外国人女性参観者の宿舎として提供したことや校門が新しくなったということは全く記憶にありませんでした。まだ、その時私は高等部生で、大学のことはわからなかったのだと思います。記録を見ると、学内寮「芙蓉寮」「弥生寮」を開設したのが、昭和37年のことで、きっとそこを宿舎として提供したのでしょう。これらの学内寮も現在は既にありません。この年は、文家政学部被服学科を生活美学科に改めた年でもありました。

 70年誌にあるような、附属も合わせた全学園の体育祭は、現在のグランンドになる前に既に取りやめとなったので、本学の体育館が練習会場となった記念に頂いた1964年の東京オリンピック旗はもうほとんど使うことが無いようです。下の写真は、オリンピック旗を持っての入場行進の様子と、その当時の全学園の体育祭の様子です。
 

真・善・美 [2020年01月17日(金)]

 昭和学園での生活の中で、身近にあった標語を思い出してみました。


 この写真は、昭和40年ごろの講堂です。現在のグリーンホールのあたりにありました。行事の度にこの講堂に集まり、舞台の上の「真・善・美」の文字をよく目に留めていました。中学生の頃は、校訓三則「清き気品、篤き至誠、高き識見」よりも、頻繁に見る機会があった言葉です。カント哲学の影響を受けた言葉だそうで、いろいろな辞書の説明を合わせると、「真・善・美」は、「知性(認識能力)、意志(実践能力)、感性(審美能力)のそれぞれに応ずる大きな価値概念を表し、人間が理想とする不変的で妥当な価値である」という意味になるのでしょうか。「真 vs. 偽、善 vs. 悪、美 vs. 醜」と、反対の意味を持つ語と対比して考えると理解しやすいと、中学生の時に先生から教えていただいたことを思い出します。

 さて、高校生になると、入学式や卒業式などの大切な式典の時には、必ずステージに飾られていた、大きな木彫りの校訓の額と校旗が印象に残っています。校訓三則は、校舎の入り口にいつも掲げられているので、読む機会も多くありました。

清き気品
あたたかく広い心で人と接すること、相手の気持ちを思いやること、礼節を重んじることなど、清楚な品位を保つことです。
篤き至誠
自分と同様に他を愛し、愛と理解と調和を実践し、誠実に日々精進することです。正しいと思うことは勇気を持って行えることも意味しています。
高き識見
志高く豊かな知識を持ち、広い公平な判断ができることです。専門とする学問に真剣に取り組むと同時に、専門以外の知識を深め自分を磨き、懸命に生きる道を探求することです。

 次の言葉は、皆さんよくご存じと思います。開講の詞に込められた創立者の思いが、この短い言葉に集約されています。

 光は明るい所では、あまり役に立ちませんが、周りが暗い時にこそ、その真価を発揮します。また、陰に隠れることなく、誰からも見えるところで光っていなければなりません。そして、どんな色でも、大きさでも、周りの人の進む道を照らしてあげられる人になりましょう、と呼びかけています。

 こうした標語やモットーは、「開講の詞」の趣旨を別の表現で表しているものとも言えるでしょう。今年は創立100周年。記念講堂の入り口に創立者直筆の「開講の詞」をそのまま写した碑文が掲げられたのが、創立60周年の年でした。「力強き、思慮ある婦人」へと成長するために、さらに高みを目指して前進していきましょう。

クスノキ募金 [2020年01月10日(金)]

 「クスノキ募金」をご存じですか。昭和女子大学のサポーターズクラブが始めました。学園には大きなクスノキが、たくさんあります。これだけ大きくなるのには何十年とかかりました。クスノキは、成長は遅いけれども、見上げるような大木になることから、募金の名前としてクスノキが付けられたそうです。
 書籍やCD・DVD等の処分に困ったときには、是非、この写真の箱に、入れてください。

 皆さんのお手元の書籍等で、不用になったものを、「クスノキ募金」用の箱に入れていただくと、その買取り金額を本学に寄付していただくことになります。ご寄付いただいた金額は、学生・生徒、児童の支援に役立てられます。この写真の箱と同じものが、1号館1階と9階の東西2か所、2号館、3号館、6号館、7号館、8号館は1階に置かれています。ISBNコードのついた書籍、CD、DVDで最近発売されたものを提供していただけると、本学への寄付金が多くなるそうです。税法上の優遇措置も受けられるそうですから、詳しいことはこちらのHPをご覧ください。

 5冊以上の書籍等をご寄付いただける場合は、指定する場所に宅配業者に来てもらえるそうです。万が一、値段がつかない書籍等があっても、ブックギフトプロジェクトとして、福祉施設や国内外の教育研究機関等に寄贈されますから、無駄にはなりません。

 2018年にスタートしたこの募金も今年で3年目を迎えました。開始以来、これまでに約60万円ご協力をいただいているそうです。今年は創立100周年になります。書棚に長いこと開かれずに置かれている書籍類や、ほとんど聞くことのないCD、見なくなったDVD等、是非、ご協力をお願いいたします。

先輩たちの作った絵本 [2019年12月20日(金)]

 『子象のエルフィー』は2009年2月25日に水声社から発行された絵本です。

 こんなお話です。「遠い国のポルルの森に子象のエルフィーが住んでいました。ある時、さるのお爺さんから不思議な種を3つもらいました。その種を飲み込むと、どんなことでも願が叶うというのです。そこに、歌が上手くなりたいといううさぎや、空を飛びたいというペンギン、開けない羽をどうしても広げたいと願う孔雀が来て、エルフィーに悩みを打ち明けると、エルフィーはもらった種を一つずつ分けてあげたので、とうとう種がなくなってしまいました。せっかくもらった種を自分のことには一つも使えなかったけれども、エルフィーは幸せな気持ちでいっぱいでした。そして、エルフィーが少しずつ成長していく間に、ポルルの森には優しいエルフィーがいると聞いてたくさんの動物が集まるようになりました。周りにはいつもともだちが集まって、エルフィーはみんなと楽しく賑やかに暮らしました。」

 また、『ねずみのハーデル』も『子象のエルフィー』と一緒に発行されました。

 自分だけ容姿が仲間と違うので、自分に自信が持てなかった赤い鼻をしたねずみのハーデルが、誰にでも悩みがあることを知り、難しい練習をこなしてサーカスの玉乗りで一躍有名になり、新聞や雑誌の記者に、自分が森で鳥と出会い世界の広さを知ったことや、川の魚が汚れた水に生活を苦しめられていることを聞いたこと等の経験を通して、自分の得意を活かして、努力を続けて自分が変わっていくことが大切だと話した、という筋です。
 こちらの英語版、A Mouse Named Hadel は2010年3月に発行されました。

 次の2枚の絵はハーデルが、サーカスで初めて演技を披露し、皆から笑顔で拍手を贈られて、一生忘れることのない喜びを感じたことを描いたページです。とってもシンプルで優しい色使いで描かれています。

 これらの絵本は2010年3月まであった昭和女子大学短期大学部の文化創造学科の学生65名が、文部科学省の平成19年度「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」に採択されて作ったものです。テーマは差別について考えること。何回も何回も書き直したそうです。製作に加わった学生達は、奥付に、目に見えるものだけでは本当のことはわからないことに気づいたと記しています。本学図書館にもありますので、是非、手に取ってお読みください。

※年内の更新は今回が最後となります。

「貴重図書」ってどんなもの? [2019年12月14日(土)]

 資料的に価値が高く、希少性が高い図書のことを「貴重図書」と言います。勿論、非常に高額なものでもあります。しかし、貴重図書の詳細な基準については図書館によって違いがあるのだそうです。本学の図書館でも、貴重図書は、一般資料とは区別して大切に扱っています。約15,000冊の貴重図書を現在所蔵しています。

 本学創立100周年を迎える2020年に、本学が所蔵している貴重図書を公開展示する企画があり、準備が進められています。それに先駆けて、12月4日と11日に、近年図書館に登録した貴重資料の特別内覧会がありました。

 内覧会で拝見した本学の貴重図書のいくつかを紹介したいと思います。

 下の写真の書物には、どんなことが書かれていると思いますか。

 美しい色彩で彩られた表紙を開いて中をみると、墨で描かれた絵の余白に文章がぎっしりと詰まっています。これらは、江戸時代、1846年に出版されたもので、今でいう絵本のようなものと言っても良いかもしれません。『釈迦八相倭文庫』(しゃかはっそうやまとぶんこ)のシリーズで、初編から55編の合本27冊が揃っています。内容は、釈迦の生涯を表したもので、誕生して19歳のときに出家し、12年の修行を積んで悟りを開き、人々に教えを諭すまでの過程を描いたものです。他にも、『金色夜叉』の著者として有名な尾崎紅葉直筆の掛け軸をはじめ、紅葉と泉鏡花の印譜(鑑賞や研究を目的として、印章の印影や印款を中心に掲載した書籍のこと)、そして、泉鏡花の初版本33点もあります。また、与謝野晶子の「批評は好悪なり」という論説の自筆原稿もありました。

 さて次の写真は、英語の本です。皆さん『不思議の国のアリス』の話はよくご存じだと思いますが、小さな子どもに読み聞かせができるように易しく書き直し、挿絵にも柔らかく色づけしたものが、この“The Nursery Alice”『子供部屋のアリス』です。これは、1889年に出版された、その初版です。他に、イギリスのヴィクトリア時代の有名な小説家、チャールズ・ディケンズ旧蔵の“The Holy Bible” (欽定約聖書)もありました。12月もいよいよ3週目に入り、ディケンズの『クリスマス・キャロル』をもう一度読んでみたくなる時期になりましたね。

 さて、最後に紹介するのは、『源氏物語絵帖交屏風』(げんじものがたりえはりまぜびょうぶ)です。『源氏物語』五四帖の桐壺から夢浮橋まで、各帖一場面の絵を選んで貼り付けた六曲一双の金屏風です。屏風に張り付けられた絵の金銀をはじめとした豪華な色使いと、緻密で優美な絵を見ていると、源氏物語の世界に自然と引き込まれていきます。

 今回は、それぞれの分野のご専門の先生方に解をもしていただきながら、14の新しいコレクションを見せていただきました。来年度の創立100周年記念の展示はきっと素晴らしいものになるだろうと、期待がますます膨らみました。

ご案内をしていただいた方々:右から、図書館前之園次長、日本語日本文学科胡秀敏教授、吉田昌志図書館長、左端に、英語コミュニケーション学科金子弥生教授

「那古の思い出」 [2019年11月29日(金)]

 昭和女子大学には、「学園の歌」がたくさんあります。2001(平成13)年4月発行の『学園歌集』が私の手元にありますが、編集委員の方々が、どんな歌を歌集に入れたら良いのかを厳選して、出版されたものです。歌集に収録されている歌曲は、「学園の歌」「愛唱歌(日本)」そして「愛唱歌(外国)」に分類されています。

 その中でも「学園の歌」は、本学にしかないもので、多くの歌が、学園の礎を築かれた創立者人見圓吉先生や人見楠郎先生をはじめとした学園関係者の方々によって作詞作曲されました。「校歌」、そして学校行事で歌う「祝歌」はもちろんトップに収録されています。また、「追悼の歌」や「恩師同窓に捧げる歌」は、今でも墓前祭などで必ず歌われています。しかし、それ以外の歌は、残念なことに、あまり歌う機会がなくなってしまいました。
 東明学林や望秀海浜学寮の歌もいろいろ入っています。その中で、望秀海浜学寮に宿泊した経験のある卒業生なら、だれでも一番心に残っている歌は、きっと「那古の思い出」だと思います。人見楠郎先生の作詞で、井上正先生の作曲です。このメロディーを聞いていると、鏡ケ浦に静かに打ち寄せては引いていく波の音、日が少しずつ暮れていって、周りの景色がだんだんに影絵のようになっていく夕焼けの那古海岸の景色が心に浮かんできます。
東京出身で故郷がなかった学生達にとって、昔は望秀海浜学寮が、心のふるさとのようなものだったのかもしれません。

那古の思い出
1.鏡のような 那古の海
  静かにあけた 青い海
  朝の空気を すいながら 
  貝がら集めた 砂浜に
  ぽっかり咲いた 月見草
  楽しいおはなし してくれたっけ
2.ぎらぎら光る 那古の海
  夢いっぱいの 夏の海
  げんきに泳いで 沖の島
  陽やけた顔の すいか割り
  白波けって とぶヨット
  日暮れになるのが はやすぎたっけ 
3.こがねの月の 那古の海
  忘れられない 夜の海
  なぎさに立って 友だちと
  はるかに灯台 見ていたら
  風がやさしく 頬なでて
  「お休みなさい」してくれったっけ

 最近は行事などで学生のみなさんが一斉に集まって、歌う機会も少なくなりました。「校歌」や「祝歌」は歌う機会も多いので、これからも大事にしていきたいですね。