2020年7月

雨音の風景 [2020年07月23日(木)]

世界遺産である蘇州の拙政園には「聴雨軒」という建物があります。「軒」というのはもともと
貴人の乗物を指しますが、ここでは雨音を聴くために作られた屋根付きの空間を意味します。
建物の回りには大きな芭蕉が植えられており、「雨打芭蕉」という名曲に象徴されるように、
芭蕉葉に打ち付ける雨の音は、典型的な音の風景なのです。もちろん植えられている植物が芭蕉
でなければ、この部屋を「聴雨軒」と命名することはありません。

「聴雨軒」

「聴雨軒の周辺」

ふと「芭蕉野分して盥に雨を聴く夜かな」という松尾芭蕉の句が頭を過ります。三十八歳の時、
深川芭蕉庵での感慨を詠んだ一句です。野分は現在の台風です。庵の外では、激しい台風で芭蕉
の大きな葉がしきりにはためき、庵の内では、雨漏りを受ける盥に絶え間なく雨の滴りが落ちて
います。風の音と雨の音の二重奏に耳を傾けながら、芭蕉は自らも野分に揺れているような侘しい
境涯を噛みしめています。本来、庵外の芭蕉葉に聴くべき雨音を、庵内の盥に落ちる雨水の音に
聴き入るという趣向で、わび住まいの寂寥感が漂いながらも、雨漏りを楽しむ芭蕉なりの風流を
感じさせます。

ところで、『伊勢紀行』によれば、この句の前に

老杜茅舎破風の歌あり、坡翁ふたたび此の句を詫びて「屋漏」の句を作る。其の夜の雨を芭蕉葉
にききて、独り寐の草の戸

という前書があります。これによって、芭蕉は杜甫、蘇東坡の詩を念頭にこの句を作り、とくに
杜甫の「茅屋為秋風所破歌 茅屋秋風の破る所と為る歌」からヒントを得ていることが分かります。
杜甫の詩は七言を主にした古詩で、五十歳の時、成都で詠まれた作です。この詩では、台風で飛ば
された屋根の茅が悪童たちに持っていかれ、それを取り戻そうと追いかけた杜甫は力が尽き、
ため息をつきます。諦めて家に戻ってみると雨漏りがひどく、とりわけベッドの辺りには、

牀頭屋漏無乾處  牀頭 屋漏れて乾く處無し

雨脚如麻未断絶  雨脚 麻の如く未だ断絶せず

という有様でした。芭蕉研究の先学が指摘したように、二十句もあるこの七言古詩に芭蕉が興味
を示したのはこの二句だけではないかと思います。実は、杜甫の詩はこれで終わらないのです。
雨漏り描写の後に大きな夢を語りはじめます。頑丈で広大な建物をたくさん作って、貧しい人々
が台風や豪雨をも恐れず、安心して暮らせるような国づくりはできないものだろうかと訴えます。

このように、芭蕉の句には野分に揺れるようなわが境涯の侘しさを感じさせながらも、杜甫の詩
とは全く無縁のところで、盥に落ちる雨漏りの音に風流の面白さを見出しているように思われます。
芭蕉も杜甫も雨漏りに注目する点は共通していますが、表現しようとしたものが異なっていることは
明らかです。

梅雨空の続くこの季節、毎日降りしきる雨になかなか気が晴れませんが、古の文人たちの風流を
吟味しながら、雨の音に耳を澄ませてみると、また違う感覚が生まれてくるのかも知れません。

<SK>

日文オンライン交流会 [2020年07月15日(水)]

先日、日文では新入生・上級生のオンライン交流会を行いました。
ZOOMを使って自由参加型とし、全学年までが気軽に出入りできるようにしました。

「入学してからまだ一度も大学に行けていないため、漠然とした不安があった」という
1年生のために、それぞれのサークル活動や普段の過ごし方など学業以外のトピックも交えて
学生生活がイメージ出来るように話をしていきました。

4年生は「コロナ禍以前であっても、入学した年は無我夢中に目の前にあることをこなした。
とにかく焦らず、構えず学生生活を始めていこう」と新入生にアドバイスし、
3年生には就職活動の実体験を話したりと良い情報交換の場となったようでした。

1年生からは「大学生活や学寮研修の様子などを伺うことができ、不安が和らいだ」
と「今度はサークルなどトピックを絞った交流会を開催してほしい」など様々な感想
が寄せられました。

後期以降も日文の後輩が先輩に相談出来るような場、繋がれるような場所を設ける
べく試行錯誤を続けていきます。日文の皆さんにはどんどん活用していってほしいものです。

(KM)

日向の高千穂に思いを馳せて [2020年07月14日(火)]

〈授業風景〉

今年は日本書紀編纂1300年にあたります。
古事記学会は神話のゆかりの地宮崎県で大会を開催する予定でした。
新型コロナウイルス禍により、どの学会も活動が大きく制限され、
記念の学会もやむを得ず延期となりました。

前期は授業がオンラインで実施され、受講している学生さんたちに共有資料を提示しながら、
講義の内容が伝わっているのか不安に駆られつつ、神話に興味をもってくれるとよいなあと
思いながら国生みから日向神話まで読み進めています。

学会出張の折に、今年こそ天孫降臨の舞台、高千穂に登ろうと楽しみにしていました。
2012年のゼミ旅行で宮崎・鹿児島県に出かけた折、
霧島連山の入場規制により登ることが出来なかったのです。
残念ながら今回も目的を果たすことは出来ませんでした。
2012年の写真を見ると、高千穂には少し雲がかかっています。

「天の八重のたな雲を押し分けて、いつのちわきちわきて、・・・
竺紫の日向の高千穂の久士布流多気に天降り坐しき。」と記されるのは、
古代人の神話的想像力のなせる記述かもしれません。けれども、神話の故地に立ち、
その風景の中に身を置くと神話の時空に誘われるような気がします。
  

地元では小学生が遠足に高千穂に登ると聞きました。
卒業したゼミ生の顔を思い浮かべながら、 コロナ禍が終息したら2時間半をかけて、
高千穂に登るぞと決意を新たにしました。 授業で神話を講ずる旅はまだしばらく続きます。

(KR)

成り行きでモンシロチョウ育ててみた [2020年07月07日(火)]

〈日文便り〉

今夜は七夕。
といっても、本来旧暦の7月7日のはずで、今年なら8月25日。
もともとの七夕は、私たちが知っている7月の七夕とは、季節の雰囲気がかなり違っていたはず。

ちょっとのきっかけで何かを知り、モノの見方を変えてみる、って結構大切なこと。
なおかつ、そういう機会は日々ささやかに転がっているものです。

庭にケールを植えていたのですが、アブラナ科なのでモンシロチョウがやってきます。
ほどなく青虫がすくすく育ちます。
収穫する分のケールと、青虫用のケールと、初めは分けてみたのですが、
青虫たちは加減を知りません。いつのまにかケールが葉脈だけの丸裸に・・・。
仕方なく青虫をうちに引き上げて、キャベツ買ってきて育てることにしました。
自宅で野菜を育てると、買わずに済むはずなんですが、
自宅で野菜を育てると、青虫のためにキャベツ買う必要が生じるんですあら不思議。
その数約30匹。 自粛生活中の自由研究といったところ。

特段青虫が好きなわけでもないのですが
(どちらかと言えば普通に嫌いですよ飼ってると愛着わきますけど)、
2週間ぐらい一緒に暮らして、羽化して巣立っていくまで
見届けられる子もそれなりの数になりました。
と言っても野生は厳しくて、蝶になれたのは3分の1ぐらい。
既にハチに寄生されちゃってたり、さなぎになる力がなかったり。


さなぎ。


もうすぐ羽化するさなぎ。このくらい、中身が見えるようになります。


無事羽化。

羽化の瞬間にも何回か立ち会えました。

さて、そんなつもりなかったのに、けっこうな数、飼ってみると、
数を飼ってみたからこそわかることもいろいろあります。
その一つが、「どうやら最適な時期がある」っていうこと。
30匹もいると当然個体差があり、さなぎになる時期、羽化する時期、
ある程度ばらけるのですが、それぞれ次のステージに行く時期は、1~2日に集中します。
早すぎても、遅すぎてもダメ。さなぎになるタイミングを逃してしまった子もいて、
そうなるとさなぎになれないまま終わってしまいます。
たまに遅れを取り戻せる子もいるので、どんな世界でも挽回の可能性ってあるんだな、
と思うのですが、それと同時に、やっぱり大前提として、「最適の時期」ってあるんですよ。
さなぎから羽化する時期も、わずかな期間に集中して、その時期から外れると、
羽化できる率がかなり下がります。「その時」がいつも都合がいいとは限りません。
たまたまその時期にあたった日が、大雨だったり、すごく寒かったり、
でも、青虫たちはそれを選べない。それでも、その期を逃さないことで、蝶にたどり着ける。
自分にとって大切な時期、その時の環境が、都合のいいものとは限りません。
「なんでこんな時に、こんな大事な節目があたっちゃうんだろう」って思うことも
いっぱいあると思います。
それでも、蝶になるには今しかない、そういう時期は確かにあるので、
この機を逃さないこと、それが何より大事・・・。

(SN)