2020年3月

新入生のみなさま、ご入学間近ですね! [2020年03月25日(水)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。

世田谷キャンパスもずいぶん春めいて参りました。ソメイヨシノが5分咲きといったところでしょうか。

テレビではウイルス感染拡大を伝えるニュースが連日流れ、緊迫した情勢が続いております。ウイルス対策はしっかりとり、集会の自粛などの呼びかけは守りつつ、でも一方で新生活への準備を前向きな気持ちで進めて欲しいと思いまして、この動画を作成いたしました。

内容はみなさん歴文生が過ごすことになる世田谷キャンパスのプチ紹介です。この動画をご覧になって、これから4年間の過ごし方について、期待を膨らませて4月をお迎え下さいませ!

動画中で申しております3月24日付の書類は郵便事情などの都合でまだお手もとにはないかも知れません。その場合はしばしお待ち下さいませ。

またサムネにもなっておりますカリヨンについては金子学長がさらに詳しくこちらでご紹介なさっていますよ。

ではでは、みなさまのご入学を心より楽しみにいたしております!

(追記)この動画撮影のあと、さらに状況が変わっております。大学から届く最新の情報をしっかり確認してくださいね!!

【本の紹介】さよならミニスカート [2020年03月23日(月)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。「こういう時こそ本を読め!」ってことで今日も本の紹介です。

歴史文化学科のカリキュラムには「日本女性史」「近代女性史文献講読」「比較女性史論」などの女性史関係の科目がいくつか設置されています。そうした授業を受講した上で、特に近現代の女性史に関する研究をして卒論を書きたいという学生が、松田ゼミを希望することが増えてきました。(念のために言うと松田ゼミは幅広く日本近現代史を研究できるゼミであります。史料さえあるテーマなら一緒に頭を悩ませて研究を支援します。皆さんドンとぶつかってきてください!)

かつては「1930年代の性売買の問題を遊廓の衰退とカフェーの興隆とに引きつけて論じた卒論」もありましたし、今年の卒業生の一人も「なぜ1930年代には、職業婦人の華やかなイメージと女性の身売りの悲惨なイメージが同居しているんだろう」との問いかけを出発点として「1930年代の女性の職業選択のあり方」を論じた卒論を書きました。

さて現在のゼミ生にも、1970年代のウーマンリブの背景を探るべく、とある婦人雑誌の1950年代から1970年代までの約30年分の記事を分析し、1970年代になると、急速に「主婦」の枠組みにはめこまれていく女性たちの生き方を考えている学生がいます。

その学生が「先生!是非このマンガ読んで下さい」と教えてくれたのが、牧野あおい「さよならミニスカート」(『りぼん』にて連載、現在は休載中)です(下記参照)。

集英社公式サイト(http://ribon.shueisha.co.jp/sayonara_miniskirt/)から引用

この作品における「女性の生きづらさ」への洞察力には舌を巻きました。女性であろうとしても、女性であることから逃げようとしても、どのみち女性であることにからめとられていく少女たちの息苦しさがリアルに描かれています。究極的には「なぜ少年たちは汚れないのに、少女たちは『清楚』だったり『汚れたり』するのか」を考えさせられました。

「さよならミニスカート」を私に教えてくれた学生は、一方で、「このマンガは良いマンガだけれどもこのマンガだけで終わるのはもったいないと思うんです」とも言っています。

たとえばこの学生が研究している1970年代のウーマンリブにおいて、田中美津は、なぜ女性は「母か、便所か」のどちらかとしてしか生きられないのかとの鋭い問いかけをおこない、女性のおかれた現状に対して憤りの声を上げました。田中に共感する女性たちや、田中と同様の問題に切り込もうとした女性たちが運動を盛りあげた一方で、男性たちだけではなく、同じ女性たちのなかにも、運動に対して冷たい視線を注ぐ人たちが数多くいました。

つまり女性史のなかでは「さよならミニスカート」がつきつけた問題がこれまでも問われてきており、かつても「さよならミニスカート」のなかにみられる構図が存在していたわけです。そうした歴史を踏まえた上で読めば、「さよならミニスカート」の現代的な意義について、さらに理解が深まるし、また「さよならミニスカート」を出発点として、多くの人に女性史を学んで欲しいと学生はいうわけです。

私自身もこれだけで終わるのはちょっともったいないマンガだなと思っています。なにか女性史研究と絡めてこの作品を読む読書会などの企画を立てようかなと思っています。

「さよならミニスカート」で検索すると試し読みできるサイトもあるようです。この記事を読んで気になった方は是非読んでみて下さい。また感想を松田に教えてくれるといろいろと議論が出来ると思います。

学位記授与式の日の日本近現代史ゼミ [2020年03月20日(金)]

新型コロナウイルスの影響で本学では卒業式の式典はできなかったのですが、3月16日に学科で学位記授与式をおこないました。

授与式終了後、日本近現代史ゼミメンバーが集まって、いろいろな思い出話を楽しみ、卒業後の激励をお互いにしつつ、記念撮影をしました!

個性派メンバーが多く、結構ハチャメチャなゼミでしたし、北海道のゼミ旅行は台風に直撃したり、レンタカーが故障したり、これまたハチャメチャだったりしました。でも不思議な一体感ときちんと学問せねばという雰囲気があって、終わってみればとても楽しい2年間を過ごせたゼミでした!

多分だけど、みんなゼミで学んだことには誇りを持って卒業してくれたと思うので、それが非常に良かったと思います。

日本近現代ゼミで提出された卒論は以下の8本。今年はやけに戦後に集中しました。

【近世近代移行期】

「近代転換期における通俗道徳の規制力と民衆の葛藤 ―安丸良夫に問う民衆の姿―」

【昭和戦前期】

「一九三〇年代における女性の職業選択」

【戦後】

「占領期日本の労務供給事業と職業安定法」

「「期待される人間像」から見る一九六〇年代の社会状況と後期中等教育」

「災害対策基本法制定以降における防災システムの変遷 ―自助・共助意識の高まり―」

「戦後日本における被爆者意識の形成 ―一九六〇年代から一九八〇年代―」

「一九六〇~一九九〇年代の政治意識の変容 ―企業社会の視点から―」

「バブル期の観光 ―リゾート施設と総合保養地域整備法―」

また日本語日本文学科の学生がほぼ2年間フルで日本近現代史ゼミに出席してくれて以下の卒論を書いてくれたのも、おおいにみんなの刺激になりました!

「武者小路実篤「友情」のパラダイム ―名作となった恋愛小説―」

これからのみなさんの人生に幸あれ!

卒業後も是非また集まりましょう!!

追加。こんな言質を取られました笑笑 やせます!

小学館版『少年少女 日本の歴史』全巻無料公開! [2020年03月17日(火)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。

多くの施設が閉館となり、社会活動の自粛が広がる昨今でありますが、一方でネットを活用した情報発信や在宅勤務など新しい動きもでています。

さて、そのなかで最近驚いた記事が、小学館版『少年少女 日本の歴史』全24巻が2020年4月12日まで無料でネット公開されたことです。

こちらのサイトから電子版をみることができます。)

出版社にとって書籍のコンテンツはなによりも貴重な財産でありますから、無料公開は非常に大きな決断であったと思われます。

小学生や中学生のご兄弟やお知り合いがいらっしゃる方は是非この機会に、この情報を伝えて上げて下さい。「コロナウイルスの時に、『少年少女 日本の歴史』を読んで、歴史が好きになった!」なんていう子どもたちが増えることを期待します。

歴史認識は最初から決まりきったものとしてあるわけではなく、「鷹の眼」でみるような大きな歴史と「蟻の眼」でみるような小さな歴史を何度も行き来して、知って、理解して、考えながら鍛え上げられていきます。そしてその往復を繰り返すうちに、現代を見る眼も養われてくるかと思います。その最初の「鷹の眼」として、「まんが」からはいること、大いにありだと思います!

【Sanchart】昭和リエゾンセンタープロジェクト成果発表会で報告しました [2020年03月11日(水)]

昭和女子大学と三軒茶屋と世田谷美術館をArtでつなぐプロジェクト「Sanchart(サンチャート)」の2019年度のご報告です。今回で「Sanchart」は8年目となりました。

少し前のことになりますが、2月14日に「2019年度昭和リエゾンセンタープロジェクト成果発表会」がオーロラホールで開催され、歴文3年の北村有唯佳さんと岩﨑由奈さんが「Sanchart」の報告をおこなってくれました。

「Sanchart」の活動は、秋桜祭での展示とワークショップが中心となります。

本年度は世田谷美術館で開催される「奈良原一高のスペイン —約束の旅」展の広報のために展示とチラシの配布をおこないました。また展覧会のテーマに関連させて「闘牛クッキー」を提案し、三軒茶屋の「シュシュクリエ」さんに作っていただき販売しました。

「1年間の成果となる発表の場を設けて頂き、貴重な体験をすることが出来ました。」

北村さんからのコメントです。

さらに昨年に続き、本年度も活動の締めくくりとして有志のメンバーでリーフレットを作りました。自分たちで手分けしながら原稿執筆、編集とデザイン、写真のレイアウト、数回におよぶ原稿の校正、さらに印刷所とのやり取りまでおこないました。頑張って仕上げたリーフレットです。

「サンチャート」は、秋桜祭で展示発表をおこなうプロジェクトとしてだけでなく、来年度からは、テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)と合同でおこなう「コミュニティ・アート」の授業へと発展していきます。

木下亮(西洋美術史)、鶴岡明美(日本美術史)

【本の紹介】飲食朝鮮―帝国の中の「食」経済史 [2020年03月10日(火)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。

新型コロナウイルスの流行でさまざまな行事が自粛されている昨今、若い皆さんもなかなか活動的に動くことができないでいらっしゃるかと思います。ただそんな中、家でもやれることがあると思います。その一つが読書です。今日は松田オススメの本を1冊紹介します。

林采成さんの『飲食朝鮮―帝国の中の「食」経済史』(名古屋大学出版会、2019年)です。

みなさんも歴史で勉強した通り、1910年から1945年までの間、朝鮮は日本の植民地でした。ところで植民地支配というと政治的に「支配する/支配される」のみに注目され、大日本帝国を範囲とする経済圏や文化圏が成立したことは見落としがちなのではないでしょうか。

近年の研究では、たとえば当時の修学旅行で朝鮮半島や満洲にいくことが不思議ではなかったことや、学校を卒業し「いざ就職!」となった若者達が大日本帝国全域を就職先として想定していたことなど、さまざまな事例が指摘されるようになりました。また、その移動も日本から植民地だけではなく、植民地から日本へ、植民地から植民地へと、双方向に数多くの人が行き交ったことが注目されています。戦争と外交の結果として形成された大日本帝国の存在が、人びとが生活する範囲を大きく変えていったともいえるでしょう。

さて、林さんのこの本は大日本帝国の経済圏を「食」分野に絞って切り取った斬新な本です。

とりあげられている事例は、米、牛(牛肉)、朝鮮人参、牛乳、りんご、明太子、焼酎、ビール、煙草と我々の身近にある食品や嗜好品なのですが、それぞれの産品をめぐって日本と朝鮮との関係が展開する様子が本当に面白いんです!!

たとえばりんごを見てみましょう。

朝鮮では、李氏朝鮮時代の末期にはりんごがつくられるようになっていましたが、商業的な栽培ではなかったそうです。しかし日露戦争(1904~1905年)以後、日本人の農業移民が朝鮮半島でりんご栽培をはじめ、日本人技術者からの技術指導を受けて、朝鮮半島の特定地域にりんごの特産地が生まれます。特産地では、やがてりんご果樹園を経営する朝鮮人もうまれ、さらに技術改良を進めた結果、ついに青森のりんごと朝鮮のりんごがライバルとなったそうです。

その激烈な販売競争は当時「苹果戦」(ひょうかせん)と言われたそうです。「苹果」というのは昔のことばで「りんご」を意味することばですから、つまり「りんご戦争!」ってことですね。

そしてついに1940年代になると、青森と朝鮮のりんご特産地の「利害調整」のために朝鮮総督府が介入してきます。それでも朝鮮におけるりんご生産は発展を続け、1945年以降も朝鮮の食文化にりんごが深く根づいていくというお話しです。

このストーリーをみると、帝国圏内の政治や経済や文化がりんご1つにギュッと凝縮されているような面白さを感じますよね!

次に牛(牛肉)を見てみましょうか。

文明開化の時代から明治時代後半、さらに大正時代へと時代が進み、日本に牛肉を食べる文化が急速に広まっていきます。とはいっても最初から肉牛として肥育する牧畜が盛んになったわけではなく、牛を農作業などに使ったのち、大きくなってきたら肉用として売却することが普通でした。

一方朝鮮半島においては、牛を使った農業が日本よりも幅広くおこなわれており、長い歴史的な背景がありました。そして日本牛よりも朝鮮牛のほうが体格も良く繁殖力が高かったのです。

そこに目を付けた日本人は朝鮮牛を買ってきて、日本で育てて役牛として用い、肉を売ることを始めます。その移入規模は毎年数万頭に達しました。また「満洲国」も朝鮮牛に目をつけたため、朝鮮から「満洲」に売られる牛も1万頭以上の規模に達しました。それは朝鮮牛が「帝国の牛」になっていく過程だったと述べられています。

しかし1930年代から40年代にかけて、日本牛の体格が良くなっていくのに対し、「健康な」朝鮮牛が移出されていった結果、朝鮮牛の体格はどんどん小さくなっていきます。「健康な」牛の産地として栄えた朝鮮でしたが、結果として、「朝鮮牛は日本牛の増殖のための補給源に過ぎなかったといわざるを得ない」(74ページ)と林さんは結論づけています。

ここにもまた単純な「収奪する/される」の関係だけではなく、利益を求めたり、新しいものを食べたいと思う一人一人の人間の動きが束となったときに、歴史を形成するダイナミズムが生まれることを感じられますよね。こうした動きをイメージできていれば植民地の意味もより深く理解できそうです。

その他の章も、朝鮮半島との密接な関係がうみだした福岡の明太子など抜群に面白い事例ばかりです。さまざまなデータも豊富に掲載されていて、グラフを眺めているだけでも気づくことはたくさんあるよ!

是非自分で手にとって読んでみよう!