【英コミ教員記事】鈴木雅子先生:「苔」から考える~文脈による意味の違いを掴むことの大事さ

本日の記事は、英コミの鈴木雅子先生によるものです。鈴木先生は辞書やことわざの研究をご専門とされています。


「転石苔を生ぜず」

古くから日本にあるような表現と感じるかもしれませんが、このことわざはA rolling stone gathers no moss.という英語のことわざの訳です。どういった意味でしょうか。

多くの辞書には2種類の意味が載せられています。
「苔」を良いものと捉えると、転がる石、つまり動き回る人には良いものが身につかない、というネガティブな意味合いとなります。
「苔」を余計なものと捉えると、動き回る人は余計なものを身に付けずに自由でいられる、というポジティブな意味合いとなります。
辞書によっては、ネガティブな解釈をイギリス流、ポジティブな解釈をアメリカ流と説明しています。それぞれの国の文化が、その背景として挙げられています。端的に言えば、歴史や伝統を重んじ、苔を価値あるものとするイギリス、対して、新しいことに着手することを尊重し、苔を汚れとするアメリカ、ということです。

本当にそのような使い分けがされているのでしょうか。
アメリカやイギリスの文献、また用例をたどってみると、必ずしもそう結論付けられないことが分かります。アメリカにおいても、以前にはイギリス流とされるネガティブな意味が一般的であったようです。転機は1950年代にアメリカで発表された曲Rollin’ Stone、そしてその後に結成されたイギリスのロックグループThe Rolling Stoneでしょう。主にアメリカでポジティブな意味が主流となり、さらにアメリカの若者文化がイギリスでも受け入れられていき、イギリスにおいてもこのことわざがポジティブに用いられる状況に至ったのです。

最近の英英辞典等では、このことわざにニュートラルな説明が見受けられます。
転がる石については、動き回る、つまり転居や転職を繰り返す人を指すことがほとんどですが、苔については、場合によってはポジティブに、場合によってはネガティブに、文脈によって意味するところが異なり得ることが示唆されています。

グローバル化が進み、世界は物理的にも心理的にも「近く」感じられるようになってきた昨今です。アメリカでは、イギリスでは、といった線引きはできない時代となりました。既存の知識にとらわれることなく、文脈に意識を向けて意味を掴むことが大切といえます。