ブログリレー(福田先生)地球を感じる感覚を“アート”で研ぎ澄まそう!

地球を感じる感覚を“アート”で研ぎ澄まそう! ―オラファー・エリアソンという存在―

暦の上では立秋を過ぎましたが厳しい残暑が続く毎日、いかがお過ごしでしょうか?
・・・という紋切り型のご機嫌伺いがつい口をついて出てしまいますね。
浜松では、国内最高気温に並ぶ41.1度が観測されました。
コロナ禍で苦しむ中、熱中症のリスクも加わり、経験のない大変な夏になりました。
扇風機で充分凌げた子供時代は嘘のよう。いまや「冷房をつけましょう」とテレビに呼びかけられる毎日、地球はどうなっているのかと心配になります。

こんなとき思い出したいのが、アイスランド系デンマーク人アーティスト、オラファー・エリアソン。コペンハーゲンとアイスランドで生まれ育ち、1995年にベルリンに渡り、スタジオ・オラファー・エリアソンを設立、メンバーは建築家・科学者・技術者・料理人など100名を超える専門家で構成されており、ジャンルを超えて様々な議論を展開しながら作品制作を行っているそうです。現在はベルリンとコペンハーゲンを拠点に、世界で活躍し評価を得ている注目の芸術家です。

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/

彼のアートの根幹には、地球や自然に対する問題意識が常に存在し、人々にそれらを投げかけています。光や水、氷などの自然現象を用いたアートを通して、人々が見る・触れる、あるいは参加する(=作品になる)など、実際に知覚することで、自分という一個の存在が地球とつながり、社会とつながっていることを想像し、考えてもらうという作品を多く生み出しています。彼は「アートはプラットフォームのような場所」と表現するように、ただ作品を鑑賞し、頭だけで分かろうとするのではなく、意見を言い合い、対話をかわし、尊重し合う場所がアートであると表現しています(後述「日曜美術館」)。

彼の名を一躍有名にしたインスタレーション(室内外に作品を設置して空間全体を作品化したもの)は、2003年にロンドンのテート・モダンで発表した『ウェザー・プロジェクト』と名付けられた、巨大な人工の太陽を頭上に出現させたものでした。降り注ぐ光の下には多くの人々が集まり、様々な反応を示しながら思い思いの格好で時を過ごしていました。2008年にはニューヨーク市を巻き込んで、イースト川に4つの巨大な人工の滝を出現させた『パブリックアート・プロジェクト』を展開。制作費は日本円にして約17億円だそうですが75億円超の経済効果があったとされ、170万人が時間とともに変化する自然やまちの姿を見つめ直す体験をしました。

環境問題について、私たちは新聞やニュースの報道で様々なことを見聞きしています。しかし、実感として状況が把握できておらず、なかなか行動に移せないという現実があります。卑近な例を挙げれば、レジ袋が有料化されたことで、やっとエコバッグを持つようになったという方が多いのではないでしょうか。
全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)のホームページに掲載されている「IPCC第5次評価報告書」には以下のような報告があります。

https://www.jccca.org/ipcc/ar5/wg1.html

これらの報告から、大変な状況にあることは充分に分かるのですが、データが何を意味するのかを考え、行動に移せるかどうかが問題です。

以下の写真は、東京都現代美術館がYouTubeで公開しているオラファー・エリアソンのスペシャルトークの一場面です。COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議、2015年)開催中のパリの街なかに12個の氷塊を並べた『アイス・ウォッチ』という作品についてエリアソン自身が説明しています。グリーンランドの氷河が溶けて海に漂流していたものを引き揚げ、イルサリットから船で運んだそうです。2019年にはロンドンでも展示されました。これには大きな衝撃を受けました。

東京都現代美術館 講演会 オラファー・エリアソン「アートをエコロジーの視点で見直すこと」(2019)より 2020年8月19日閲覧

NHK Eテレ「オラファー・エリアソン ひとりが気づく、世界が変わる」(「日曜美術館」2020年4月26日/再放送8月16日)で紹介された『アイス・ウォッチ』の映像では、人々は展示してある氷塊に近づき、まずは手で触り、顔を近づけて頬を押しつけたり、穴にたまった水に手を浸したりして、肌で感じながら氷と対話しているようにも見えました。溶け出して二度ともとには戻らない氷塊を眼前に突きつけられ、さらに自分の手で触れることで、グリーンランドのみならず地球上で起きている危機をまさに実感していたに違いありません。
数字やグラフでは感じ取れない、目には見えないものをアートによって知覚し、一人一人が地球の一部としてつながっていることを感じ、どうすべきかを考えてほしいという願いを込め、人の気持ちを揺さぶる力を持つのがエリアソンのアートなのです。

日本では、オラファー・エリアソンの個展が2005年には原美術館(東京)で、2009年から2010年にかけては金沢21世紀美術館(石川)で開催され、それぞれの美術館には現在でも常設展示が公開されています。
金沢21世紀美術館の入り口付近でまず目にする、3色のカラフルなガラスが交差しながら円形状になった彫刻『カラー・アクティヴィティ・ハウス』の作者と言えば分かる方もいるかもしれません。瀬戸内国際芸術祭(豊島、犬島)や横浜トリエンナーレなどにも出品しています。

その注目のオラファー・エリアソンの個展『ときに川は橋となる』が今、東京都現代美術館で開催されています! 3月には来日して講演会やレクチャーなどが予定されていましたがコロナ禍で中止になり、展覧会も延期されました。その代わり、リモートでのスペシャルトークが企画され、先ほど紹介したとおりYouTubeで配信されています。

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/

以下は、東京都現代美術館のホームページに紹介されている、エリアソン本人による展覧会についてのメッセージです。

〈ときに川は橋となる〉というのは、まだ明確になっていないことや目に見えないものが、たしかに見えるようになるという物事の見方の根本的なシフトを意味しています。地球環境の急激かつ不可逆的な変化に直面している私たちは、今すぐ、生きるためのシステムをデザインし直し、未来を再設計しなくてはなりません。そのためには、あらゆるものに対する私たちの眼差しを根本的に再考する必要があります。私たちはこれまでずっと、過去に基づいて現在を構築してきました。私たちは今、未来が求めるものにしたがって現在を形づくらなければなりません。伝統的な進歩史観を考え直すためのきっかけになること、それがこうした視点のシフトの可能性なのです。

展覧会では17の作品が展示され、太陽光などの再生可能エネルギーや気候変動などを意識した作品を軸に据え、サステナブルな世界の実現を願う彼の思想を打ち出した展示になっています。彼が20年間撮り続けたアイスランドの写真をbefore・afterで並べた『溶ける氷河のシリーズ 1999/2019』(2019)は、衝撃的です。一方で、ソーラーパネルからエネルギーを取り込んで煌めく多面体に仕上げた『太陽の中心への探査』(2017年)は、様々な色のガラスを通して周囲に美しく輝く光を放っています。
東京都現代美術館のホームページには写真とともに作品の見どころが紹介されているので、ぜひご覧ください。

もう一つ、3年前に劇場公開された、エリアソンの制作過程や制作風景を撮影したドキュメンタリー映画『オラファー・エリアソン 視覚と知覚』(2017)が以下の映画館で再上映されるようです。DVDが販売されていますが、大画面で見られるチャンスです!

*アップリンク渋谷  2020年8月21日(金)~27日(木)
*アップリンク吉祥寺 2020年8月28日(金)~9月3日(木)

「美術手帖」2020年6月号にも「オラファー・エリアソン アートで描くサステナブルな世界」と題して、公開中の個展の記事やオンライン・インタビューの内容が掲載されています。この雑誌は現代教養学科のリソースルームにも設置しています。

映画『オラファー・エリアソン視覚と知覚』DVD

美術手帖 2020年 06月号

こうして見てくると、もはや“現代美術”は鑑賞して楽しむだけのものではなく、人間や社会、経済、環境、あらゆる要素を取り込んだ学問分野になっていることが分かります。
ベルリンのスタジオ・オラファー・エリアソンが様々な分野の専門家集団で成り立っていることも、それを物語っています。そもそも学問はすべてに通じているものです。
リベラル・アーツをうたう現代教養学科としては、文化の一ジャンルとしての美術から、ますます目が離せなくなりそうです。

(福田淳子)