2017年10月

秋桜祭のこれ何でしょう [2017年10月27日(金)]

 始まりは、「学芸展覧会」と呼んでいた行事を、昭和32年6月から「昭和祭」と名付けて、大学から高中小学校と幼稚園を含めて、学生・生徒・児童・園児のご家族や恩師、友人などを招いての学園を挙げての行事となりました。この頃、多くの学校がお祭り的な催しとして位置づけ、「文化祭」を開催していました。昭和では、研究発表を行う機会として、各部が統一したテーマのもと、研究発表をしていました。
 昭和40年6月の昭和祭には、三笠宮崇仁殿下がご来校になったという記録もあります。特に日本文学科の『平家物語』の展示を熱心にご覧になり、校庭でのフォークダンスにも参加されたとのこと。
 その後昭和46年、学生運動の影響を受けて、大学の昭和祭が縮小され、平成元年に大学は、「秋桜祭」として、また、附属は「昭和祭」として、同日に別々の企画で開催することとなりました。
 附属の昭和祭は、全校を挙げての充実した研究発表の場となっていますが、大学の秋桜祭は学生がすべての運営を行うものへと成長して、今では毎年、秋桜祭の運営委員に立候補する学生が続き、上級生から下級生へと確立された運営方法が引き継がれています。
 今年も、第25回秋桜祭が11月11日(土)と12日(日)に開催されます。学科や研修グループが日頃の成果を発表する研究発表、模擬店、野外特設ステージでのエンターテイメント、環境デザイン学科ファッションショー、人見記念講堂やグリーンホールでのクラブ・サークル発表やコンサートがあります。
 学園全体の展示や催しをゆっくり楽しむには、一日では足りないくらいですが、バザーや物品販売は特に人気があるので、早めに会場に足を運ぶことをお勧めします。特に全国の支部が参加して名産品や手芸品などを販売する同窓会のバザーや、東明学林や望秀海浜学寮の草花や手作り品の販売を、私はいつも楽しみにしています。

(昨年の秋桜祭で見つけた望秀学寮販売のリース)

 トップの写真は、同じく望秀学寮が販売していたクリップです。皆さんも、2週間後の秋桜祭をどうぞお楽しみに。

学園歌集に見つけた歌 [2017年10月20日(金)]

 昭和女子大学附属の中高等部や初等部の卒業生は、学園歌集を各自が持っていたことを記憶していると思います。残念ながら、2003年頃からは、大学では学生に配布しなくなってしまいました。附属では、毎年、生徒や児童に配布しているそうです。
1999年の「学園歌集」の巻頭言に、次のように書かれています。

 

東京の昭和キャンパスでは、定刻に響きわたるカリヨン(編鐘)のメロディーで1日の生活が始まり、進行し、やがて夕べの帳が静かにおろされてゆくしきたりになっている。
(中略)
そのカリヨン(Carillon)の中央部にある4個の鐘の表面にはBe a light to the World(世の光となろう)という学園目標がくっきりと刻まれている。後輩たちの学園生活を健かで豊かなものにしてほしいと希う先輩たち(光葉同窓会)のプレゼントとして、1984 年にオランダで製作されたものである。(最後に時報を告げる大鐘は、100年前のアメリカ製チャーチ・ベルである。)

 

 その歌集の中にとても珍しい歌を発見しました。A Dream Upon the Moss Hillというタイトルの歌です。2016年10月7日にご紹介した昭和ボストンにあるモス・ヒル宣言に曲をつけたものです。

(学園歌集に掲載されている楽譜)

 作詞は、元理事長の人見楠郎先生。作曲者は福浦理保子さん。残念ながら私は、福浦さんを存じ上げません。どなたかご存知の方は是非、お教えください。

 さて、昭和ボストン校は、来年、創立30周年を迎えます。30周年を祝って、この歌を歌うかもしれませんね。これまですでに15000名に及ぶ昭和の学生、生徒、児童が 昭和ボストン校で学びました。毎年、ボストンで研修をする人が増えています 。ボストン研修経験者数は、これまですでに、全卒業生の1割以上に及んでいます。これからその数はもっともっと増えることでしょう。まだ、昭和ボストンを訪ねたことが無い方は、是非、研修に観光にお出かけください。

道の像 [2017年10月13日(金)]

 いつもの通学や通勤で通る道だけでなく、ゆっくりとキャンパスを散策しながら、普段通らない道を歩くと、歌碑、石碑、ブロンズ像などがいろいろなところにあるのを見つけます。
 今日はその中で、「道の像」について、書いてみようと思います。「道の像」は西門から入って、左手の中高部の1号館に沿って作られている鯉の池の奥、中高部の玄関の近くに置かれています。作者は「現代の円空」とも評され、静寂の中にも温かさのある作風を持つ、木彫りの彫刻家、長谷川昻(はせがわこう)氏です。千葉県富津市にある東京湾観音の原型も作っています。昭和女子大学が千葉県に所有する望秀海浜学寮のある館山市と同じ安房圏域にある鴨川市生れで、1962年には、世界美術展で国際グランプリ金賞を受賞し、日展審査員や千葉県美術界会長などを歴任しました。

(学園にある「道の像」)

(木彫りの原作)

 原作の「道の像」そのものは、ナタによる木彫りの作品です。ナタで制作すると言っても、木材をすべて鉈(ナタ)だけで彫るわけではなく、先の丸い鑿(のみ)で彫った縞(しま)模様の彫り痕(あと)を規則正しく残す木彫技法のことを指すそうです。ふつうの木彫も、必ずこの状態の工程を経て仕上げをするのでそうですが、ナタによる木彫りは、仕上げ前の段階でとどめた状態のように見えるので、未完成作品だと考える人もあるようです。彩色も施されず、素地のまま仕上げてあるので、荒々しく粗野な印象を受けますが、力強く独特な持ち味を楽しむ人も多いようです。

 中高部前にあるのは、原作をもとに製作し直したブロンズ像です。皆さんに鑑賞していただけるように屋外に置こうと、本学が要請して鋳造してもらったものだとのこと。子どもを抱きかかえ、左手はもう一人の子どもの手をしっかりと握った母親が、厳しい冬の道をひたむきに歩む姿を表現したもので、子供たちをしっかりと寒さから守りながら、吹雪の中を、一歩一歩大地を踏みしめて、黙々と目的地に向かって進んでいる母親を私はイメージしますが、皆さんはどうですか。

 ブロンズ像の脇にある長谷川昻氏作自身が書いた詩にはこう書かれています。

道  長谷川昻


みち
嶮俊の道
茫漠のみち
はるかにはるかに
つヾいている

英邁で勤勉で
不屈な先人が
拓いたに違いない

道標には

歩けとだけ
書いてある

(中高部 ブロンズ像の脇にある長谷川昻氏の詩)

9号館ウッドデッキに沿うハツユキカズラ [2017年10月06日(金)]

 正門を入ってすぐ左に昨年完成した9号館があります。正面入り口近くの桜もしっかりと根を張り始めました。先週、9号館脇のウッドデッキを歩いて建物の奥にある体育棟に行きましたが、建物に沿って、ハツユキカズラが花壇のグランドカバーとして植えられていました。

(9号館体育棟の脇のハツユキカズラ)

 ハツユキカズラは「斑入り定家葛(フイリテイカカズラ)」とも呼ばれ、小さな葉をつけて、新葉にはピンクや白の様々な形の斑が入るとても可憐な植物です。丈夫で、ゆっくりと成長します。春から秋にかけては濃いピンクから淡いピンクそして白、それから緑色の葉っぱとなり、秋には紅葉も鑑賞できます。十数年前に自宅から持ってきた枝を学園本部前の植込みに移植してもらいましたが、本部前にあるものは、背の高い木が多く日当りも良くないので、あまり目立たない存在のようです。ちなみに自宅のハツユキカズラは、枝をどんどん長く伸ばしてフェンスに絡み、いくら刈り込んでも成長する一方です。毎年夏になると、あまりに成長するので花芽と一緒に剪定をしてしまうためか、白からクリーム色に変化する小さな花は、残念ながらまれにしか見たことがありません。

(自宅のハツユキカズラ)

 根が定着すれば、勝手に成長する植物のため、最近はいろいろなところで工夫され使われています。寄せ植えやハンギングバスケットだけでなく、9号館脇にあるようにグラウンドカバーなどとしても使われているのを目にすることが多くなりました。
 ハツユキカズラは山に自生する、日本や朝鮮半島が原産の植物。名前がとても素敵ですよね。「ハツユキ(ハツユキ)」は白い葉がまるで雪がちらちらと降ったように見えることからつけられました。「カズラ」はつる性の植物のことを指します。もう一つの、「テイカカズラ」という名前の「テイカ(定家)」は、能の『定家』にもあるように、平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した歌人、藤原定家が、式子内親王のことをその死後も忘れられず、「定家葛」に生まれ変わって彼女の墓にからみついたという伝説に由来した呼び名だそうです。
 9号館脇は、日当たりもよく、きっと新しい校舎にふさわしい植え込みのグランドカバーになることでしょう。花言葉は『素敵になって』など。9月18日の誕生日花だそうです。