2017年12月

狛犬それとも狛猫? [2017年12月22日(金)]

   
(8号館と1号館の間のプロムナード、ウッド・デッキにある置物)

 8号館と1号館の間のプロムナード。昨年の夏に工事を終えた素敵なウッド・デッキを、皆さんも楽しんでいることと思います。大学生から初等部の児童や保護者の方々、そしてBSTの生徒たちもたくさん利用してくださっています。以前はアスファルト舗装をしただけの通路に、テーブルやベンチがところ狭しと置かれていましたが、ウッド・デッキができて、雰囲気のある空間になりましたね。


(ウッド・デッキ)

 通路の真ん中にあった木々も、うまくウッド・デッキに収まっています。デザイン・コンペを競りぬいた設計とのことで、正門からキャンパスに入って少し歩き、こども園の方を見渡したときの景観が私も大好きです。

 さて、デッキに上がる階段に置かれているのが、写真に写っている猫の置物です。デッキに上がる人たちを歓迎しているようにも、狛犬のように魔除けにも見えます。もともと猫の置物は、8号館の前に車が入らないように置かれたものでした。赤い三角ポールやチェーンつきポールを置くのは、景観を損ねるので、他に何か方法はないものかと考えていたところ、思いついたのが、猫の置物。いくつか通路の入り口付近に置いて、車の侵入を防いでいました。ところが、残念なことに車の運転席からは、道路にペタッと座っている猫(の置物)が見えにくく、車が乗り上げたり、一部が欠けたりしてしまったりしたものも多かったようです。ウッド・デッキができたので、それまで通路を守ってくれていた猫(の置物)達への感謝の気持ちを込めて、今はデッキの階段で皆さんを見守ってくれているということです。粋な計らいですね!

元宋の『赤』 [2017年12月15日(金)]

 キャンパス内には、いろいろな所に由緒ある絵画や美術品が飾られています。その中で、とても印象的なのが、上の写真の絵画です。この絵を見たことがありますか?

 奥田元宋の作品です。11月10日のブログで紹介した『歓びの像』の作者で人形作家の奥田小由女の夫です。1912(明治45)年に広島に生まれ、上京して画家生活を始めましたが、戦争が激化して1944(昭和19)年に故郷の広島に疎開しました。第5回新日展で文部大臣賞を受賞した『磐梯』により、1963(昭和38)年には日本芸術院賞を受賞しています。1974(昭和49)年には日展の常任理事となり、1975(昭和50)年の『秋嶽紅樹』で、「元宋の赤」を確立したと言われ、自然の風景を印象的な赤色で描くようになりました。1984(昭和59)年には文化勲章を受章しています。風景画に新しい表現をもたらした奥田元宋は、1977(昭和52)年に日展理事長に就任し、1996(平成8)年には、銀閣寺の弄清亭障壁画を完成しましたが、2003(平成15)年に逝去しました。

 写真の作品も、『元宋の赤』と呼ばれる独自の赤色で描かれています。『魁夷の青』で有名な画家で元宋と親交のあった同時代の東山魁夷と並んで、日本画壇を代表する画家と称されています。

 さて、写真の作品には『秋嶽晩照』という題がつけられています。1988(昭和51)年に奥田元宋氏の特別のご厚意により、本学に寄贈されたもので、1979 (昭和54)年10月発行の『昭和学報』には、次のように紹介されています。「日本画という伝統的手法の中に、独自の美の世界を築きあげた氏の、文字通り生命の炎を削るようにして生まれた、真赤に燃える山に、静かに見入る私達に、氏は何を語りかけてくれるのだろうか。」
 秋、日が暮れて静まりかえった山、そこに立つ燃えるような真っ赤な木々。記念講堂のロビー正面にありますので、是非、開演前にゆっくりとご覧ください。

クリスマスツリー [2017年12月08日(金)]

 クリスマスと聞いて、皆さんがイメージするのは、どんな色でしょう。緑、赤、白、金、銀など、きっと色々思い浮かべることでしょう。こうした色は、クリスマスツリーの飾りによく使われていますね。


(本学3号館前のクリスマスツリー)

 クリスマスが近づくと、あちこちで見かけるクリスマスツリーですが、日本では「ウラジロモミ」や「ドイツトウヒ」という種類のモミの木が多く用いられるのだそうです。ドイツの神学者で宗教改革の中心人物であった、マルティン・ルターがクリスマスイブの礼拝の帰り道に、森の中で常緑樹の木の葉の間から見えるきらめく無数の星を見て、美しさに心を打たれ、多くの子供たちに見てもらいたいと、家の中に木を持ち込んでろうそくに火を灯し、木を飾ったのが始まりといわれているそうです。
 クリスマスツリーの習慣は、19世紀初頭に移民たちによってヨーロッパからアメリカへ伝えられました。イギリスのクリスマスツリーは、1840年にビクトリア女王の夫君であるアルバート公がウィンザー城にツリーを飾り付けたのがその始まりとされています。日本では、1886(明治19)年12月に横浜の明治屋に初めてクリスマスツリーが飾られた等、諸説あるようです。

 ツリーはモミの木以外の木を使うこともありますが、必ず冬でも枯れずに生き生きとした緑の葉をつけている常緑樹を使います。一年中緑の葉を茂らせる強い生命力は「永遠」を象徴し、キリスト教では、イエスが与える永遠の命を象徴しているのだそうです。

 ドイツでは、モミの木には妖精が宿っていて、食べ物や花を飾ると妖精たちがそこに集まって、力を与えてくれると言われていたことから、クリスマスツリーにモミの木が用いられるようになったという話もあります。

 ツリーの一番上には、星の飾りがついていますが、あれはキリストが生まれたときの空に輝いた星を象徴し、また、必ずと言ってよいほどツリーに飾られる、丸くて赤い玉飾りは、アダムとイブの話で有名な「知恵の実」のリンゴを表しているのだそうです。


(正門から見えるクリスマスイルミネーション)

 ツリーの飾りにも一つ一つ由来や意味があるのですね。冒頭の写真は本学キャンパスの3号館前のツリーです。毎年11月の終わりになると、飾り付けが始まる昭和のクリスマスツリー。ずっと昔から、師走の喧騒の中にあってもホットした気持ちにさせてくれる、昭和のキャンパスの名物です。4コマ目の授業が終わる頃に校舎を出ると、素敵なイルミネーションが楽しめます。

このイチョウはどこにある? [2017年12月01日(金)]

 先週のある朝、イチョウの葉があまりにも美しく輝いていたので、携帯で撮影したのですが、逆光で葉の輝きまでは再現できていないようで残念です。どこにあるイチョウかわかりますか?

 さて、モミジは赤、イチョウは黄など、木の種類によって何色に変わるかはだいたい決まっていますから、遠くからみても、この写真はイチョウの木だとすぐわかりますね。でも、こうした色はどのようにして決まるのでしょうか。

 2年ほど前に、民放の番組で知ったのですが、その理由は、こうです。イチョウ等、葉が黄色くなるものは、葉に含まれている緑の色素と黄色の色素がふくまれているのですが、秋になって気温が下がると、緑色の色素が分解されて少なくなり黄色の色素が残るために、黄色になるのだそうです。一方、モミジなど葉が赤くなるものは、秋になると、茎の栄養が葉にいかないように、葉の付け根が遮断されるため、葉の中に光合成でできた糖分がたまって、アントシアンという赤い色素が増え、葉っぱが赤くなるということでした。

 でも、何のために色を変えるのかなどは、まだわかっていないのだそうです。自然現象の中には、どうしてそうなるのか知らないことがたくさんあります。でもきっと何か理由があるはずです。秋、私たちの周りの自然も足早に冬に向かって変化します。学園内の美しい紅葉を眺められるのは、今少しの間ではないでしょうか。秋には読書を楽しむのも一つですが、それに加えて、自然の変化を楽しむと共に、その移り変わりを見て、なぜ?と思いを巡らすのも楽しいのではないでしょうか。

 ところで、次の写真は、冒頭のイチョウの木を、角度を変えて撮影したものです。

   
(昭和の泉にあるイチョウの木)

 1枚目は、滝側から、2枚目は庭園「昭和の泉」の入り口から光葉庵を見渡した景色です。紫色のアメジストセージの花と、色とりどりの鯉が、光葉庵と色づいた木々の背景と相まって、授業の途中で一息入れるだけではもったいないくらい優雅で美しい眺めですね。