2011年4月

オープンキャンパス情報!! [2011年04月30日(土)]

 

 平成23年度のオープンキャンパスの日程が決まりました!!

詳細は決まり次第ご連絡いたします。

6月18日(土) 13:00~16:00
7月24日(日) 10:00~15:00
8月20日(土) 10:00~15:00
8月21日(日) 10:00~15:00
10月8日(土) 13:00~16:00

ribbon  みなさんのお越しをお待ちしております。ribbon

 

 

 

濫読の勧め [2011年04月28日(木)]

こんにちわhappy01
歴史文化学科の山本暉久です。
濫読(らんどく)という言葉知ってますか? 手当たり次第に本を読むということです。
わたしは、横浜の緑園都市というところに住んでいるので、大学に通うのに2時間くらいかかり
ます。
それで、大学への行き帰りは、横浜駅で東横線の鈍行電車に乗って座って通勤しています。
横浜・渋谷間は鈍行を利用すると50分くらいかかるので、この時間は私の読書タイムです。
専門は日本考古学を勉強していますが、この読書タイムは専門書などは読まず、文庫本を
中心にありとあらゆる本を読みます。それも速読です。小説が多いですが、やはり歴史好き
のせいか、時代小説が多いかな。古代から近現代まで幅広く読んでいますが、どちらかという
と、近世史とか昭和史が好みです。でも、あまり定まらないのが特徴かな。だから家には自分
の専門の研究書の他に文庫本があふれかえっています。
電車ではみんな座るとすぐ寝たり、携帯見ている人が多いけど、その時間はもったいない。
大いに読みまくろうというのがわたしのモットーです。本をたくさん読んで、幅広い知識を
身につけよう。とにかく本を読んでみると知らないことが多いことに気がつきます。
歴女となるにはまずは読書からだな。では、また。

お気軽にどうぞ [2011年04月25日(月)]

こんにちは、松田忍です。

長々と書き連ねて参りましたが、とりあえず今日で一段落。2号館東棟の1階に研究室を構えておりますので、なにかお話をしたいことがあればいらしてくださいませ。写真の招き猫を用意して、みなさまがいらっしゃるのをお待ちしております。

「猫が右手で招くのは人じゃなくて、お金でしょ?」って??

え゛っ?!dash

戦争と戦後 [2011年04月24日(日)]

こんにちは、松田忍です。

先週の増田先生ではないですが、日曜日ですが大学に来て研究室にこもって史料を読んでいます。

今日は真面目に研究の話を書きます。私が今興味を持っていることは戦後の政治と社会ということになります。近現代の戦争というのは、多くの人々が(命を含む)協力をすることによってのみ、遂行されるものです。ですから戦後には、その人たちに対する見返りや戦争で被った被害から復興するために大きく社会の仕組みが移り変わるのです。それは別に第二次世界大戦の後だけではなく、日露戦争や第一次世界大戦の後にだって。その変化自体がまず興味深いのです。

でも戦後を考える面白さはそこにとどまりません、変化するものがある一方で移り変わらずに戦時と戦後に続いていく構造もある。変わらないことと変わること。その両面をあわせて考えたいというのが私を研究にかりたてる、目下の原動力です。

みなさんが子どものときに地下鉄サリン事件という事件があったのをご存知ですか。都心の地下鉄内でサリンという毒ガスがまかれ、死傷者や、後遺症に苦しむ人が多数出た社会的にもたいへん大きな意味を持つ事件です。私はそのときまだ故郷の京都におりましたので、直接目撃することはなかったのですが、事件を目撃した人の証言を読んだことがあります。それは大通りを挟んで、地下鉄の出入り口がある側はまさしく「戦場の様な切迫した救命現場」となっていたのだそうですが、出入り口のない側については、いまだニュースを見ていない「サラリーマンたちが行きかう日常」が流れていた。「危機」と「日常」の対比がものすごく印象に残ったそうです。

もちろん「危機」の情報は速やかにニュースとなって人々に伝えられます。しかし「危機」が社会へと浸透し、「日常」になんらかの変化が生じてくるのにはかなりのタイムラグが存在すると思うのです。

日本人が大きな意味を与えている日付である1945年8月15日についても似たようなところがあると思うのです。

昨夜より正午には重用放送ありとの事で、全国民耳をそばだてて居た所、戦局不利陥いり天皇陛下自ら休戦の大詔をお下しになり、最早万事休する状態となった。電波状態悪るくよくきかれなかった。午後は又川らの小屋を戸を直して夕方まで。午後の報導にはっきり休戦の大詔を、又理由を、声明をきき、余りの事に家内全部が失望のどん底に落とされた様だった。夕方水廻りなした。

この文章は新潟県で農業を営んでいた西山光一という人が1945年8月15日に記した日記です。みなさんは「全国民耳をそばだてて」とか「失望のどん底に落とされて」の部分に興味が向くのかもしれませんが、私は濃い色で書いた「午後は川らの小屋を戸を直して夕方まで」とか「夕方水廻りなした」が大事だなと思うのです。国家的危機の一日であるにもかかわらず、「平和的」に続く日常。もちろん西山光一だけが一人で生活していたわけではありませんから、村の中での共同生活や村の中での政治の仕組みも当面は「平和的」に続いていく。アタリマエかもしれませんが。

国家目標を考えると、戦時期には「連合国に対する勝利」が目標であったものが、戦後期には「民主国家の建設」を目指すというように変化はするのですが、その目標を生活の中で受け止めて行く国民のくらしや村の政治の仕組みは実は続いている。同じ国民が同じような仕組みで、時期によって違う目標を受け止めて行くこと、あるいは撥ね返していくことが面白いなと思うわけです。

もうひとつ別の切り口で書きます。

みなさんは、戦争中には「生めよ殖やせよ」という掛け声で次世代を担う国民を産めという強制力が女性に働いたことを知っているかもしれません。戦後になると状況は一変し、植民地や戦地から引き揚げてくる日本人や、夫が帰還してきたことによって新しく誕生する赤ちゃんによって、日本国内の人口は爆発的に増えてしまいますから、むしろ「生むな殖やすな」が合言葉となります。では戦中と戦後で女性や出産に対する国家のスタンスが全く変わってしまうのかというとそんなことはない。続いているものもある。そのあたりを丁寧に解きほぐした本として、荻野美穂さんという研究者が書いた『「家族計画」への道―近代日本の生殖をめぐる政治』があります。本の帯を見てもわかりますが、とても大事な問題について触れた本です。

大学図書館の開架図書になっていますから、是非手に取ってみてください。

100年前の卒業論文指導 [2011年04月23日(土)]

みなさまこんにちは。松田忍です。

楽しくも、悩み多き学生生活。4年間の学生生活のなかでもつねに頭の片隅にあり、多くの学生が揃って頭を悩ませるものといえば「就職活動」と「卒業論文」でしょうか。今日は昔の大学の先生や学生さんに悩み事を相談してみましょうか。ご登場願うのは国会図書館「近代デジタルライブラリー」です。

とはいえ「就職活動(シューカツ)」ということばは、比較的新しいことばですから、残念ながら「近代デジタルライブラリー」は応えてはくれないのです。ですので、「卒業論文」で検索してみます。

9件ヒットしました。大分高等商業学校編『大分高等商業学校一覧』(1923-26年)に挙げられた卒業論文題目も興味深いのですが、今日は南北社編『赤門生活』(南北社、1913年)をひも解いてみましょうか。

ふむふむと読み進めて行くと、次のような文章に行きあたります。

ある先生の話に〔よると〕「論文というものはテーゼンである、エッセーではない、故に人の説なんか並べたてていたって、それでは決して論文として通用しない、のりと鋏で作ったものでは決して一文の価をも持ち得ない、それにはレズルタートが必要で、決して向う見ずの、行きあたりばったりの論文なんか書いてはいけない、結果がどうの、そのさきがどうのと筋がたってなくては何にもならない」

いやあ、なんとも感慨深い一文です。大学教員というのは100年間同じことを言い続け、大学生たちは100年間同じことを言われ続けてきたのですねぇ。もしかしたら4年生のみなさんも指導にあたられている先生に同じようなこと言われてませんか?さらに読み進めましょう。

入学してから三年目の九月には、みんな論題をたずさへて主任教授の許に相談に行く。先生の方では…もしよいとなればそれでいいし、もし悪いとすると、こうしたらよかろう、ああしたらよかろうといって、深切に注意してくれる。この相談によって多大に得るところがある。論文の書き方から、そのリテラチューアをきき取ることも出来る。ものによっては。

そうでしょう、そうでしょう。いつの時代も教員は親切なんです………え?…「ものによっては」??

時折には先生も知らないことがあって、先生にだまされることも少くない。何の本と何の本をおよみなさいと教えられて、それをよんでも一向なんにもならないことがある。

これには大笑いです。しかしながら、よくあることだ、と大笑いしていてはまずいですので、内情を説明しておきます。

論文相談というのは一種の濃密なコミュニケーションの側面があると思うのです。質問者の側でも最初のうちはまだ何を書きたいかが明確になっていないですし、相談される側にとっても、質問者が本当はなにを求めているのかが分かっていない。そういう中で「これ読んでみたら?」「あれ読んでみたら?」とアドバイスしつつ、質問者の側ではそのアドバイスを受けて、その本を実際に読んだり読まなかったりしてみつつ、相談を繰り返しながらだんだんとお互いの波長が合っていく。お互いのことが理解できてくるうちに、論文が出来上がってくるのではないかと思います。

だから最初のうちは「だまされた!!」と思うことがあるかもしれないですが、それであきらめてしまうのではなく、何度もいろいろな言い方で相談してみて下さい。あるいは自分が面白いと思った論文や史料の中で、魅力を感じたポイントに丸をつけて、あらかじめ先生に渡して置くのも手ですよね。

最後、次の一文は大事ですよ!

誰だって論題がきまるときには、そのアウトライン、コンテントだけは胸にうかんで来るのだから、それをどう論じてどう行こうといふことだけはよく解って居る。で、プランといふものはどんなに立って居ても、攻究や調査のためではそんなに役に立つものじゃないんだ。

つまり、研究したいテーマや研究の目標が決まっているだけでは論文は書けないということです。

みなさんもうまく書けない状態が続くと、「実は選んだテーマが悪かったのではないか」と悩んで迷ってしまいがちだと思いますが、実際のところ、卒業論文については「テーマが悪くて書けない」というのは少ないのではないかと思います。それよりも、文字を扱う学問であれば文字に、モノを扱う学問であればモノにこだわっていく姿勢が大事であり、それに加えて3年生の時から先生が語り続けていらしたであろう、その学問独特の世界の捉え方をもう一度感覚として思いだすこと。そして粘り続けること。それが卒業論文への近道だと思います。

日本史の場合であれば、テーマに沿って実際に読んでみた史料に引きずられて、テーマ自体が変化していくことはあってしかるべきですし、むしろ望ましいと思いますが、史料を読みこまないままにテーマを変えてしまうのは、どこかもったいない気がします。

とにかく文章を書き始めるまでの準備作業にとことん時間をかけましょう。どんな資料(史料)でどんなことを書くかが決まってしまえば、あとは文章に出来るはず。準備期間が短いくせに、書く時間だけが長いのが偉いのであれば、

象の鼻が一番えらいものになる。

と『赤門生活』にも書いてあります。

それでは今日はここでお開きにします。歴文の学生たちよ、頑張るのだ!

※引用にあたって適宜現代仮名遣いに改めました。

辞典で遊ぼう! [2011年04月22日(金)]

こんにちは。松田忍です。

今日は諸橋轍次〔もろはし てつじ〕著『大漢和辞典』の話をします。この辞典は通称「諸橋大漢和」という名前で親しまれておりますが、「大漢和」をつけずに、そのものずばり「モロハシ」というだけで多くの人に通じてしまう、数あるレファレンス本のなかでも最も有名な辞典の一つです。この『大漢和辞典』が出来上がるまでの苦難の歴史自体が興味深いものとなっておりますので、大漢和辞典記念室WIKIPEDIAで確認してみましょう。

もしゼミや授業で読まねばならない本の中に、知らない漢字が出てきて、それが電子辞書に載ってなかったとしても、すぐに先生のところに聞きに行ってはダメですよ。「ちゃんとモロハシは引いたの?」と言われてしまう可能性が大きいですからね。当然ながら昭和女子大学の図書館にもモロハシは入っておりまして、3階のレファレンスカウンターの向かって右側の棚に並べてあります。

さて、みなさんは常用漢字で一番画数の多い漢字は何かご存知ですか?それは「鬱」という漢字で29画です。しかし5万文字もの漢字を収録した諸橋大漢和からすると、29画などまだまだひよっこ、序の口もいいところです。たとえば常用漢字ではないですが、「」という漢字を皆さんは知っていますよね。画数自体は16画と多くはないのですが覚えるのはなかなか難しい字です。その「」も諸橋大漢和の手にかかると次のように進化します。


これで一つの漢字です。中国の古典に使われていた字を網羅することを目指して編纂された諸橋大漢和。実際にこんな字が使われていたんですね。画数は16かける2ということになりますから32画。気になる意味は「飛龍、又龍の飛ぶさま」と「おそれる」の二通りあるそうです。親子の龍?友達の龍?恋人の龍?いずれにせよ二頭の龍が寄り添って空を飛んでいく姿が目に浮かぶようです。しかしそれで終わらないのが諸橋大漢和。次のような字も掲載されています。


うーん、三頭ですか。もちろん画数は16画かける3=48画。意味は「龍の行くさま」だそうです。それなら①の漢字で代用できそうなものですが、もう少し龍が群れている様子を出したかったのかもしれませんね。三頭があるなら四頭もあるんじゃないでしょうか?あるのです。それがあるのがすごいところです。



こうなると16画かける4=64画。諸橋大漢和に掲載されている漢字のうち、一番画数が多いのがこの漢字となっております。気になるその意味は・・・。どうせ「龍のいくさま」とか「龍の群れるさま」とかでしょう?と思った人はちょっと早とちりです。実はこの漢字の意味は「言葉が多いこと」「多言」であると記載されています。実際見た目通りですよね。


おしゃべりな人をたしなめて、

お前はなんてなんだ。もう少し静かにできないの?

と昔の誰かがいったかどうかは定かではありませんし、その使い方であっているのかどうかも分かりませんが、昔の中国で暮らしていた人の遊び心が感じられる漢字だと思いませんか。

その他にも画数が多い漢字として以下のようなものが挙げてみました。現在ではどういう意味で使われていたのか分からなくなっている漢字もあるのですが、意味が伝わっている漢字についてはナルホドと思うところがありますよ。知りたくなってきませんか?是非、諸橋轍次著『大漢和辞典』を手に取って画数索引で調べてみてください。

※初投稿時には常用漢字で最も画数が多いのは「鑑」で23画であると記しておりましたが、2010年11月に常用漢字表が改訂されて以降は「鬱」で29画というのが正しい情報となります。お詫びの上訂正いたします。またご指摘くださいました方に感謝申し上げます。

文献史学のフィールドワーク [2011年04月21日(木)]

みなさまこんにちは。日本近現代史を担当している松田忍です。

「博物館・美術館での資料実見」「発掘作業」「文化財修復」……と足や身体を使ってのフィールドワークが盛んな歴史文化学科。そういった華やかな活動と比べると、いわゆる日本史って文献史学だから地味だなぁと思っている人いませんか?ふふふ、そんなことはありません。実は日本史にもちゃんとフィールドワークがあるのです。それは史料発掘です。ただし実際に地面を掘り返すわけではなく、自分が興味を持った人物のご遺族にお手紙をさしあげ、お父様やお祖父さまの生前の活動に興味があることを伝えたうえで、「なにか受け継いでいる書簡や書類はないですか?」ということをうかがって回るのです。

「たくさんの書き付けがあったのですが、引越しの時に捨ててしまいました」とか「おやじはあんまり筆まめじゃなかったからねぇ」というお返事を頂くことが多いのですが、時にはとんでもないお宝にめぐり合うことがあります。このあたりはまさに発掘(=掘り当てた)ということばがしっくりします。

そんなお宝の1つであり、いま私が取り組んでいるのが、安積得也の書き残した史料群です。安積は、戦前期に内務省というお役所で役人をつとめ、戦後には社会教育に奔走した人物です。私は2007年にダンボール箱40箱ほどにつめられた安積の史料に出会いました。その後、安積のご長男が国際基督教大学(ICU)の先生だった関係もあり、ICUの部屋をお借りして、史料整理会を継続開催中です。整理会では、多くの仲間たちが月1回程度集まって、史料を整理しながら読みつづけております。安積が数十年にわたって書き続けた日記帳だけでも、大学ノート200冊を超えるくらいはありますから、なかなかの分量でしょう?それでも日本近現代史の史料群としては中規模だと思います。史料の森というのは凄まじく深いものがあります。

この写真は安積文書調査会の風景をとったものです。ここに写っているダンボール箱は安積史料のほんの一部です。でも、ひと箱ひと箱には、数十年前の人々の生活やものの考え方を伝える大事な史料が詰まっています。箱をあけるごとに上がる歓声と新しい発見。「そうはいっても、中にはつまんない史料もあるでしょ?」という質問には「つまらない史料などない!」と私は答えたいと思います。時を超えて史料が残って来たこと自体の尊さとか、それにめぐり合えた幸運というものを心にしっかりと刻みながら、ダンボール箱を開けて行くとき、やはりそこに詰められている一点一点の史料はどれも貴重なのだと心から感じることができます。

そんな文献史学の「フィールドワーク」を体験したい方は授業やゼミなどの機会を通じて、是非松田にお声掛けください。安積の史料調査会にお越しいただくことは全くもって可能ですし、大歓迎です。実際に調査を体験してもらうこともできますよ。

紙のつづき [2011年04月19日(火)]

昨日も名前を書き忘れました。増田です。
今日も、紙の話しをしましょう。日本にはまだ手漉き和紙を造っている工房が200軒くらい有ります。随分減ってしまったのですが、先進工業国のなかでは断トツに多いのです。フォルクスワーゲンのドイツには2軒?イギリスにはゼロ?フランスでも3-4軒?という状態です。皆さんのご両親や親戚、知人のそのまた友人などなど、ごく普通の人びとが手漉き和紙を買っているのでようやっと維持している軒数です。これからもどんどん減るでしょう。しかし、皆さんが手漉き和紙をたくさん買ってくれれば、紙漉き工房も減らずに済みます。
楮という木の皮に含まれている繊維だけで造った手漉き和紙を体験するのも、日本文化体験の一つですよ。
私のゼミでは、紙に関係するテーマを卒業論文に選ぶ学生が多いので、本物の手漉き和紙を自分で造ります。
それでは、又明日。

今日は紙について [2011年04月18日(月)]

いかがお過ごしですか。
今日は、紙についてすこし話しましょう。
みんなが使っている紙は、リサイクル原料も混ざっている紙だと思います。
日本は紙の原料となる木材をたくさん輸入しています。しかし、紙自体は非常に優秀な再生原料なので、山や原野の木々を護るためにも、再生原料すなわち不要になった紙をたくさん使う努力を重ねて、紙のリサイクル率では日本は、世界でもトップに入ります。製紙原料の半分以上が使い終わった紙なのです。校舎の廊下には紙ゴミと可燃ゴミの区別があります。紙ゴミに入れた紙は、又紙になってみんなの元にやってきます。可燃ゴミに入れてしまうと燃やされてしまうんです。紙の区別をきちんとしてください。

刀の鍔 [2011年04月17日(日)]

今日は、日曜日だけど博物館の展覧会準備で大学に来ています。

机の上には、刀の鍔が重しとして置いてあります。岩山の上と下で獅子が向かい合って吠えています。山には花が咲いています。獅子に付き物の花と言えばボタンでしょう。部分的には金も使われていて、薄肉彫りで形が表現されている、凝った造りです。まあ、文様などが有る鍔を美術品として見ることには誰でも納得するでしょうが、何の飾りもない刀の本体が、日本では美術品として扱われているし、現在でも作られているのは、世界中でもかなり珍しいことです。他の国の美術的な刀には必ず素晴らしい装飾が施されているのです。殺人の道具を美術品扱いするとは、日本文化って変だなー、とドイツの新聞に書かれたことが有るそうです。ドイツで日本の武士にかかわる展覧会をしたときのことです。
昨日のブログで自己紹介をしていませんでした。私は、増田勝彦と申します。文化財保存分野を担当しています。