ゼミ旅行、研修旅行

ヨーロッパ歴史演習 [2019年04月27日(土)]

今年の217日から31日まで、ヨーロッパ歴史演習で26名の学生の皆さんと一緒に、スペインとイタリアに行ってきました。その集合写真をいくつかご紹介します。

最初の6日間はアルカラ・デ・エナーレスの大学寮に滞在し、授業を受けるほかに、マドリードやトレドに出かけ、歴史的建造物や史跡、さらに美術館などを見学しました。

それからバルセロナに移動し、ガウディのサグラダ・ファミリア聖堂やカタルーニャ美術館のロマネスク壁画などを見ました。

 

その後、ローマに移動し、コロッセウムやパンテオンのほか、今回はフォロ・ロマーノにも入場しました。ローマの2日目は、ヴァティカン宮殿とサン・ピエトロ大聖堂を訪れました。

 

今回は初めてフィレンツェまで足を延ばし、ウフィツィ美術館を訪れ、最終日はミケランジェロの「ダヴィデ像」を見て締めくくりました。

大きなトラブルもなく、体調を崩す人も出ず、全員元気で帰国しました。

東洋史ゼミの紹介 [2018年12月20日(木)]

■東洋史ゼミの紹介

歴史文化学科教員の牧野元紀です。今回は私の担当する東洋史ゼミをご紹介します。本学科創立以来初となる本格的な東洋史専攻のゼミで、今年度スタートしたばかりです。私自身は近代のアジアにおけるキリスト教の布教活動とそれぞれの布教先での社会と文化の変容に関心を抱いています。これまではベトナムの北部を主要な調査対象としてきましたが、現在は他の東アジア・東南アジア諸地域や太平洋島嶼にもフィールドを広げています。

 

さて、日本における「東洋史」とはおおむね日本と欧米以外の国々・地域の歴史を指します。しかし、欧米の大学では日本史も東洋史のなかに含まれます。東洋の英訳はOrientですが、欧米では一般に中東地域をイメージする言葉であり、東アジア・東南アジア・南アジアについてはAsiaと言ったほうが適切です。他方、中国で「東洋」というと、一般に日本を指します。中国からすると東の洋(海)にある国ですから自然な考え方です。「西洋」といえば、すぐに欧米世界が連想されるのに比べると、「東洋」は非常に曖昧で多義的な言葉といえるでしょう。

 

東洋史ゼミに所属する皆さんの問題関心や卒論のテーマも時代・地域ともに多様性に富んでいます。今は3年生だけですので、これから卒論の執筆に向けて歴史学の具体的方法論を学んでいます。アメリカの大学で歴史学を専攻する学部生向けに書かれたMary Lynn RampollaのA Pocket Guide to Writing in Historyを頑張って輪読しています。

 

今回のブログでは東洋史ゼミの雰囲気を読者の皆様にお伝えすべく、現役のゼミ生に順番で執筆してもらいました。まずは、日本の東洋学を代表する研究機関・専門図書館である東洋文庫に附属する「東洋文庫ミュージアム」を全員で見学した際のレポートから始めて頂きましょう。

 

■東洋文庫ミュージアム見学

こんにちは!東洋史ゼミ3年の元理歩です。私は大航海時代に中国・日本からヨーロッパにもたらされた陶磁器から見るヨーロッパにおけるアジア観を卒論テーマとしています。

 

私たち東洋史ゼミの学生は、ゼミ研究の一環として東洋文庫ミュージアムの見学会をしばしば実施しています。今回は、2018年1月18日〜2018年5月27日に開催されていた「ハワイと南の島々展」の紹介をさせていただきます。

 

太平洋にはいくつもの島々が浮かんでいます。それらへの美しいイメージはあっても、なかなか歴史や文化に触れることはないのではないでしょうか。この展示会では、そんな歴史・文化を、かつて現地へ訪れたヨーロッパの宣教師や冒険家たちの記録などから知ることができました。

 

印象に残っているのは『キャプテン・クック航海記図版集』のタヒチ島の踊りが描かれた挿絵です。サイズは大きくなくても、とても細かく描写されていて、描かれた女性の優しげな笑みがとても印象的でした。人々の文化や歴史以外にも、極彩色の羽をもつ鳥などの珍しい動植物を記録した図鑑の展示もされていたため、よりいっそう南の島々への憧れ・興味をかきたてられます。

 

そしてこの展示はハワイ日系移民渡航150周年を記念して開催されていましたので、ハワイと日本の関係も見ることができました。ハワイは現在も日本人が多く訪れる人気の観光地ですが、両者の歴史的関係をあまり意識していなかったため、あらためて知ることができて良かったと思います。明治時代に日本の皇室とハワイの王室との婚姻話が持ち上がっていたことを知り、それが実現していたら今頃はハワイに行くときはパスポートがいらなくなったかもしれないという話にはとても驚きました。

 

東洋文庫ミュージアムの展示は所蔵する文献をメインとするため、絵画のような華やかさはあまりありませんが、ゆっくりと落ち着いて見学をして、歴史に思いをはせるにはぴったりな場所だと思います。今後も面白い展示が続きます。来年度から歴文生はキャンパスメンバーズで入場無料となります。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

東洋文庫

http://www.toyo-bunko.or.jp/

東洋文庫ミュージアム

http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/museum_index.php

 

■ゼミ旅行 ①天草キリシタン館

東洋史ゼミ3年の佐藤萌々恵です。私は「日土(日本・トルコ)交流」の礎を築き、両国の架け橋となった日本人の山田寅次郎についてエルトゥールル号事件から日土貿易協会設立までを段階別に調査し、そこから見えてくる日土交流の実像を卒論のテーマとしています。

 

この夏ゼミ旅行を実施しました。旅行先は日本のなかでも昔から東西文化の交流が盛んで、その史跡が多く残る熊本県の天草を訪れました。潜伏キリシタンの関連遺産がちょうど世界遺産に指定されたばかりで注目の集まる島でもあります。

 

1日目の9月18日に私たちは「天草キリシタン館」を訪れました。天草キリシタン館には島原・天草一揆で使用された武器や国指定重要文化財の『天草四郎陣中旗』、キリシタン弾圧期の踏み絵、隠れキリシタンの生活が偲ばれるマリア観音など約200点が展示されています。

 

私たちは館長である平田先生からレクチャーをしていただき、天草島原一揆を中心とした天草キリシタン史について学びました。その中でも私は江戸幕府による禁教政策下において密かにキリスト教の信仰を継承した潜伏キリシタンの独自の文化的伝統や既存社会・宗教との共存がとても印象に残っています。

 

また、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として天草が世界遺産の登録を受けたことに関する意見交換を行う機会もありました。平田館長の世界遺産推進室長としての取り組みや世界遺産登録に至るまでの困難と登録後の課題、保存と活用のバランスなど座学だけでは得ることの出来ないリアルな学びは貴重な経験となりました。

天草キリシタン館

http://www.city.amakusa.kumamoto.jp/kirishitan/

 

■ゼミ旅行 ②天草市立本渡歴史民俗資料館

東洋史ゼミ3年の栗原彩香です。纏足からみた近代における中国女性の生活と社会的位置づけを卒論テーマとしています。

 

私たちは2日目の午前中に天草市立本渡歴史民俗資料館に行きました。天草地方の民具、民芸品、生活用品などの資料が約3,800点収蔵されており、天草全体の歴史の流れを知ることができます。

 

大陸との交流を物語る縄文時代の大矢遺跡、古墳時代の妻の鼻古墳群の出土遺物等も展示しています。1階は天草の歴史、2階は民俗資料を主に展示しています。天草の民家を再現したコーナーもあり実際に体験することができるのも魅力の1つです。天草の古代から近現代にいたる歴史の流れを知ることができる資料館となっています。

 

展示を見学した後、資料館のご厚意で会議室をお借りして、参加者が今回のゼミ旅行で与えられた各自の調査課題を発表し、お互いに調査で用いた参考文献を紹介しながら、天草とアジアとの歴史的な深いつながりについて意見・情報の交換を活発に行いました。

 

資料館の目の前は海です。

入り口には熊本県を代表するくまモンが並んでいました!

 

■ゼミ旅行 ③天草コレジヨ館

東洋史ゼミ3年の魚取諒です。私は李朝時代の朝鮮半島における女性の社会的役割を卒論のテーマにしています。

 

私たちは2日目の午後に天草コレジヨ館を訪問しました。ここでは16世紀以降、天草に伝えられた南蛮文化の資料が多く展示されています。

 

日本史の教科書でおなじみの天正遣欧使節の少年たちが持ち帰ったグーテンベルクの活版印刷機を用いて天草で刷られた「天草本」の複製や、復元されたグーテンベルク活版印刷機そのものが特に見応えがあります。他にも南蛮船の模型や当時のキリシタンが演奏したであろう西洋古楽器の複製、天正使節団の関連資料も多く展示されています。いずれも間近で見学することができます。

 

■ゼミ旅行 ④崎津教会

東洋史ゼミ3年の吉田菜々です。私は日本と中国沿岸における東インド会社と海賊との関係を卒論のテーマとしています。

 

天草コレジヨ館見学の後、私たちはいよいよ世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の最重要な構成資産の一つである崎津の集落を訪れました。注目するべきものは2つありました。それは崎津教会と崎津の独特な漁村風景です。後者についてはのちほど飛永さんが紹介してくれるので、私は前者の崎津教会のついて書きたいと思います。

 

崎津教会はカトリック浦上教会や大江教会の設計・施行に関わった鉄川与助によって設計されました。現在の教会は1934年に再建されたものだそうです。私たちが崎津に到着し、集落のなかの小道を進むと、ゴシック様式の崎津教会が突然目の前に浮き出るように現れたことを思い出します。低い建物の多い集落のなかで、先端に十字架を付けた教会はシンボルのように目立っており大変印象的でした。

 

教会について少し驚いたことがあります。それは教会の建物の床に畳が敷き詰められていたことです。日本の生活風土のなかに教会が上手く溶け込んでいることを示す象徴的事例であると感じました。

 

崎津教会自体も印象深いのですが、関連してもう一つ面白いものが崎津にはありました。それは崎津のお寺、神社、教会がそれぞれのご朱印を一つご朱印帳に納めて訪問者へ提供していることです。仏教・神道・キリスト教がそれぞれ共存している崎津独特の生活文化を象徴しており、私も記念に頂いて帰りました。

 

崎津の信仰に関わる歴史の背景と、美しい教会のある風景は、写真だけでは分からない魅力に溢れていると言えます。天草に行くのなら、立ち寄ってみることをおすすめしたいです。

 

■ゼミ旅行 ⑤世界遺産 崎津集落

東洋史ゼミ3年の飛永莉羅です。私は古代エジプトのハトシェプストを卒論テーマとしています。

 

吉田さんのご報告に続いて崎津集落をご紹介します。ここは昔ながらの日本家屋が並ぶ集落の中央に崎津教会が建っている独特の景観を持ちながら、どこか懐かしい穏やかな雰囲気の漁村でした。

 

また、2018年7月に世界文化遺産に登録が決定した「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する遺産の一つであり、禁教下で潜伏キリシタンが信仰を継続していたことを示す集落です。漁村であるこの集落は、身近にあったものを代用して信心具とし、信仰を実践していました。アワビやタイラギなど貝殻の内側の模様を聖母マリアに見立て、さらに漁業の神ともされる恵比寿などを唯一神ゼウスに見立てていたとされます。

 

私たちは、崎津教会を崎津出身のガイドさんに解説していただき見学しました。限られた短い時間のなか、崎津資料館みなと屋の見学や特産品のお店をまわり、崎津の海風と町並みを堪能しつつ歩き、そして、全力で走りました。時間ぎりぎりに特産品“杉ようかん”を求め崎津を疾走し、優しいおばあさまのお店で1パック購入、おまけで1パック頂いてきたことは忘れられない出来事です。世界遺産になった地とそこで生活している人々の思い出や記憶、あたたかさにも触れられ貴重な経験であったと思っています。

 

■ゼミ旅行 ⑥大江教会・天草ロザリオ館・妙見ヶ浦

こんにちは、東洋史ゼミ3年の彦坂琳子です!私の卒論のテーマは「日本人漂流者の視点から見たロマノフ王朝時代のロシアの社会格差~生活文化を中心として」です。

 

崎津集落を後にし、私たちは大江教会と天草ロザリオ館を訪問しました。大江教会はパリ外国宣教会に所属したフランス人の宣教師ガルニエ神父が地元の信者さんとともに建てた美しい教会です。天草ロザリオ館は教会のすぐ近くにあり、隠れキリシタンにまつわる多くの貴重な展示物を間近に見ることができます。

 

大江教会は、ゴシック様式の重厚な崎津教会とは趣の異なるロマネスク様式の明るい白亜の教会です。小高い丘の上に建っていて大変可愛らしい外観で、教会のなかも居心地がよいです。天草の地に50年間暮らし、大江の集落の人々に「パーテルさん」と呼ばれて愛されたガルニエ神父にしばし想いをはせることができます。

 

教会の前にてみんなで記念写真を撮りました。地元の方々が名産品を販売しており、とれたての美味しいみかんジュースを頂くことができました。天草市内へ戻る帰り道に観た妙見ヶ浦の絶景も素晴らしく、天草の歴史と自然を存分に堪能した一日となりました。

 

■ゼミ旅行 ⑦世界遺産「三角西港」

こんにちは!東洋史ゼミ3年の伊藤栞織です。卒業論文では「紅茶がもたらした文化と社会の変容と影響」をテーマとしています。

 

私はゼミ旅行最後の訪問地となった「三角西港」の思い出についてお話しします。三角西港は「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産にも登録されている場所です。オランダ人水理工師ローウェンホルスト・ムルデルが設計した明治政府の三大築港とされています。

 

この日はあいにくのお天気でしたが、港からの眺めがとても美しく、洋風の建物が並んだ景色はヨーロッパの穏やかな小ぶりの港町といった雰囲気でした。他にも、ここに滞在したことのある小泉八雲が書いた『夏の日の夢』の舞台となった「浦島屋」や、映画『るろうに剣心』の撮影場所になった「旧三角簡易裁判所」などにも訪れました。

 

地元ガイドの方や宇城市の職員の方にお話を聞くことができたのは、ゼミ旅行ならではの贅沢だと思います!三角西港の歴史や文化のお話はとても面白く、じっくりと見学したかったのですが、滞在時間が短かったのがとても残念です…。市の方から、夕方は「西港明治館」のテラスからの眺めがとても良い、とお聞きしたので、次はぜひ夕日を眺めてみたいです♪(*^^*)

 

※この日の見学の様子は宇城市のホームページにご紹介頂きました。ご関係の皆さま有難うございます!

https://www.city.uki.kumamoto.jp/q/aview/1/13760.html

 

■ゼミ旅行 番外編 熊本光葉同窓会の森下会長と

東洋史ゼミ担当教員の牧野です。今回のゼミ旅行の解散地となった熊本市内にて、参加者は昭和女子大学の光葉同窓会熊本県支部会の森下知恵子会長と昼食をご一緒する機会に恵まれました。全国に広がる光葉同窓会のなかでも熊本県支部会は若手が多くとても活発であるとのことです。森下会長も企業経営者として、家庭人として素敵なキャリアを築いておられます。会長の学生時代の思い出話に興味深く耳を傾け、東洋史ゼミの学生たちは現在のキャンパスライフを活き活きと伝えていました。お陰様でとてもアットホームな交歓の場となりました。どこへ行っても同窓の先輩の存在は心強いですね!

 

今回のブログ記事の最後を締めくくるのは、昭和女子大学からほど近い静嘉堂文庫美術館についてのご報告です。

■静嘉堂文庫美術館の見学

こんにちは、東洋史ゼミ3年の鈴木彩乃と申します。私は東洋各地におけるコーヒー受容の歩みを卒論のテーマに据えています。

 

東洋史ゼミでは博物館や美術館などの見学に行くことがあります。今回は世田谷区岡本にある静嘉堂文庫美術館について書きたいと思います。最寄り駅は東急田園都市線・大井町線の二子玉川駅ですので大学からは近いです。駅からはバスかタクシー、あるいは徒歩での移動になります。

 

静嘉堂文庫美術館は岩﨑彌之助、岩﨑小彌太の二代が集めた東洋古美術品を収蔵しています。彌之助は三菱財閥の創立者である岩崎彌太郎の弟にあたる人です。東洋文庫が彌太郎の長男である久彌の創立ですから、同じ三菱・岩崎家の収集品ということで深い関係があります。美術館はいわゆる常設展示ではなく、展覧会が開催されているときだけ開館しているようです。

 

私は見学に行くまで静嘉堂文庫美術館の存在を知らなかったので、ゼミ活動の一環としてこうした場所を知ることができたのはとても有益でした。今回訪ねた「〜生誕200年記念〜幕末の北方探検家 松浦武四郎展」はたいへん面白かったです。

 

松浦は幕末から明治初期の人物で、現地のアイヌ人と協力して蝦夷の各地を調査しました。

沿岸部だけでなく内陸部の地名をも詳細に記した地図をつくり、また北海道という名称をつくったのも彼です。とあるアニメでアイヌが注目されているなか、2019年には松浦を主人公にしたテレビドラマが作成されるようで、話題性抜群ですね。

 

松浦は探検家だけでなく、コレクターという一面も持ち合わせていました。後世に当時を語るものとして蒐集していたのだと思われます。幼少の頃から骨董品に興味があったようなので、好きなものを集めていただけという可能性もあります。

 

展覧会のなかでは『武四郎涅槃図』という絵が展示してありました。特に印象に残った作品です。これには永眠した松浦をコレクションの数々が囲んでいる様子が描かれています。

名前の通り仏涅槃図をパロディー化したものですが、囲むのは弟子ではなくコレクション品です。これを見て、師匠から弟子が教えを継いで遺されるのと同じように、コレクションが彼の示す当時を語っているのだろうと感じました。

 

長々と私感を書いてまいりましたが、正直なところ真面目アピールです。普段はこんなに色々考えたりしません。いかに被写体にならないかくらいしか考えてません(笑)。最後にその成果があらわれている写真で締めさせてもらいます。

静嘉堂文庫美術館

http://www.seikado.or.jp/

 

■むすびにかえて

再び教員の牧野です。以上、東洋史ゼミのご紹介でした。現場の生の声を伝えてもらいたく、現役のゼミ生にご執筆頂きました。これから昭和女子大学の歴史文化学科で東洋史を学んでみたいと思っている受験生、あるいはゼミの選択に迷っている歴文の1・2年生のご参考になれば幸いです。好奇心と探究心あふれる皆さんの入ゼミをお待ちしています!

 

2018年度日本近現代史ゼミ旅行(@北海道) [2018年10月10日(水)]

こんにちは、松田忍です。

日本近現代史ゼミでは今年の夏休みに北海道にゼミ旅行に行きました。

旅行のテーマは自然と歴史と食!2泊3日の様子をお伝えします。

1日目

やはり北海道旅行のスタートはラーメンから。北海道にゆかりがあるUさんのオススメが塩ラーメンだと聞いて、全員同じラーメンを注文笑 めっちゃ、うまかったです! 

そして洞爺湖・有珠山エリアへドライブ。個人的には、三松正夫さんが昭和新山が隆起する様を記録し続けたことを小学校時代に教科書(?)で読んで「すごい!」と思った記憶があり、昭和新山をみるのを楽しみにしていました。当日は雨模様でして、赤く色づいた岩肌がとても印象的でした。

しかし有珠山山頂はあいにくの霧で山頂はなにも見えず笑。しかしそれはそれで幻想的でありまして、やたらテンションのあがるみなさま。洞爺湖はとても綺麗でした!

 

洞爺湖畔でレンタカー1台故障し、どんどん暗くなる中、松田が1人でレッカー車を待つというアクシデントも発生しつつ、札幌市内に向かいます。

今回の旅でいきたかったお店があります。それは2015年度のゼミ旅行で幹事さんが選んでくれたジンギスカン屋さんです。ものすごく美味しかったので再訪。あいかわらず肉がうまい!おかわり自由で食べまくりました。

2日目は積丹半島から小樽へと向かいます。旅行メンバーの友達が北海道にいるらしく、「北海道らしい景色を見たいなら積丹がいいよ」とおっしゃっていらしたとのことで来訪。積丹ブルーの素晴らしい海の色!

そして積丹にきたらウニ!ゼミメンバーの過半数が海鮮系or生もの系が苦手で他のメニューを頼んでいましたが、関係ねぇ!松田は札束(野口英世)握りしめてウニに突撃!今まで食べてきたウニはなんだったんだというくらい、とろける旨さでした。もう旅行から一ヶ月くらい経ちますが、あのクリーミーさはまだ脳内に再現できます笑

これに味をしめて、この日の夕飯も小樽でウニパスタを食べました。写真はないのですが、こちらも絶品でした。

午後からは小樽観光。三々五々、史跡や運河を回りました。

3日目は歴史コース。

2015年に開館したばかりの北海道博物館がとても良かったです。記憶に残っているのは3点です。

①ナウマンゾウとマンモスとの骨格比較が超迫力!

②本州以南が古代、中世と移り変わる一方で、北海道が続縄文文化、擦文文化の時代を迎えることは、無意識に「遅れ」と捉えてしまっているところがありました。しかし展示をみることで、いわゆる縄文文化とはまた違う豊かな文化が展開していることを知り、歴史観を大きくアップデートすることができました。下の写真にあるクマを彫刻したスプーンやラッコを彫刻した牙製品など魅力的な展示物もたくさんありましたよ!

③アイヌの展示もとても興味深かったです。江戸時代に倭人と取引された海産物の模型は「北の豊かさ」をイメージさせてくれましたし、またアイヌの生活の移り変わりも、ある一家が子、孫、曾孫と代替わりするなかで見せる工夫がされており、分かりやすかったですね。

札幌市内中心部からはちょっと離れたところにある北海道博物館ですが、札幌訪問時には是非いってみてください!おすすめです!

そして北海道庁旧庁舎を訪れました。展示では樺太の歴史が特集されていました。現在の日本人の意識からは落ちてしまっていますが、南樺太はかつての日本の一部であり、多くの日本人が林業やパルプ産業に従事した土地であります。また太平洋戦争敗戦直前にソ連が進行したことによる悲劇は、満州においてはよく知られていますが、樺太においても同様のできごとがありました。様々な史実が丁寧に展示されており、たいへん勉強になりました。

そして「食の旅」の終わりは豚丼でしめっ!

懇親旅行として開催しているゼミ旅行であり、みなさん随分仲良くなったようでたいへん良かったです。今年のゼミ生は人数は少なめですが、そこは少数精鋭で優れた研究を生みだしていきましょう!後期の授業もすでに始まっていますが、研究→報告→研究→……のリズムをしっかり作っていってくださいね!

なお今年の夏は全国的に多くの記録的災害が日本列島を見舞いました。今回訪問した北海道西部も地震や台風が襲い、映像が流れる度にゼミ生一同心を痛めておりました。被害に遭われた皆様には謹んで御見舞申しあげます。

椎葉巡見4日目 [2018年08月23日(木)]

本日は民宿『樹の里』を発ち、美郷町北郷郷土資料館、宇納間地蔵尊、宮崎県総合博物館へ参拝・見学に行きました。

『樹の里』の皆さまには大変親切にしていただき一同楽しく過ごせました。ありがとうございました!

美郷町北郷郷土資料館では美郷町でかつて使用されていた民具の実物などがたくさん展示されていて見ごたえがありました。

そのあとそこから少しだけ移動して宇納間地蔵尊を参拝しました。参道の階段は365段あることで有名だと2日目の聞書きで伺ったので我々も上がってみました!
境内からの眺めは、周辺の田んぼを一望することができ、頑張って上がったかいがあったと思えました(笑)。

宮崎県総合博物館では、博物館の野添和洋さんから宮崎県の神楽についてご説明いただきました。
博物館は宮崎の歴史や民俗・自然などを総合して展示しており、わかりやすかったし楽しめました。

 

昨日は天気がどうなるかかなり心配でしたが、現在の宮崎市は非常に天気が良くうれしいです!!
ここで今年度の巡見メンバーの感想をご紹介したいと思います(*’▽’)

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今年は2回目の聞書きだったので、去年より断然上手く話す事ができてよかったです!
また12月の夜神楽に行こうと思います〜(Sさん)

 

2回目の椎葉巡見でした。聞書きは昨年と変わらず緊張しましたが、昨年聞書きした地区との違いをとても感じられたのが面白かったです!(Eさん)

 

聞書きの時、うまく聞けるか不安でしたが、先輩や先生の支えもあり、
家族の方々もとても親切に対応してくださり、交流会でもお話しすることができて、とても嬉しかったです。(Aさん)

 

初参加で緊張していましたが、普段できない体験が出来ました。
特に神楽を観ることができて嬉しかったです!
とても濃い四日間を過ごせました。(Tさん)

 

交流会で様々な地区の神楽を観られた事と、イノシシ肉と地鶏を食べることができてとても嬉しかったです!(Kさん)

 

初参加で緊張しましたが、ずっと行ってみたかった椎葉神楽の上演など、普段住んでいる場所ではなかなか出来ない体験が出来ました!(Hさん)

 

初めての椎葉巡見でしたが、聞書きが想像以上に難しかったです。
料理も美味しいものばかりで、是非また来たいと思いました。(Mさん)

 

椎葉巡見は初めての参加でした。
やはり実際に見てみたり体験するのは良い経験になったと思います。
また現地の方と直接お話できたのが嬉しかったです。また神楽見てみたいです!(Nさん)

 

椎葉巡見では普段と違うことが多く楽しかったです。
今まで映像でしか見たことがなかった神楽をこの目で見たことが強く印象に残りました。(Nさん)

 

初めて椎葉に行かせていただきました。
聞書きも最初はとても緊張していましたが、先輩がリードしてくださり、楽しく行えました。
生で神楽や琵琶演奏を見ることが出来てとても貴重な体験ができました。(Nさん)

 

今回初めて椎葉巡見に参加して、聞書きや神楽上演、博物館見学などで、
椎葉村の文化や生活に触れるという素敵な体験をして、椎葉村の魅力を改めて感じることが出来ました。(Wさん)

 

普段の授業では体験出来ないことをこの巡見でたくさん経験することができました。煮しめなどの郷土料理もとても美味しかったです。(Sさん)

 

今年もたくさんの人、自然と触れ合うことができ、充実した四日間を過ごすことができたと思います。
雨の中でも椎葉は美しかったです。帰ったら報告書編集作業!頑張ります!(Kさん)

今回で二回目の巡見でしたが、前回とは全く違う発見をすることができて新鮮でした!
報告書頑張ります!(Yさん)
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今年度の椎葉巡見は天候が不安定であったため、当初の予定と大きく変更になった場面もありましたが無事に全行程を終えることができて本当によかったです。
あとは各自報告書を頑張る所存(のはず)です(笑)。
お疲れさまでした!
椎葉村と諸塚村の皆さまをはじめ、多くの方々にお世話になりました。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

椎葉巡見3日目 [2018年08月23日(木)]

こんにちは、歴文2年の杉澤です!
今日は巡見3日目でした。

 

午前中は椎葉村から諸塚村に移動し、諸塚村公民館にて甲斐誠教育長のお話を聞きました。
諸塚村の歴史を神話からさかのぼってお話しされていて大変興味深かったです!

続いて薩摩琵琶鶴田流の奏者、北原香菜子さんの演奏を聴きました!
曲名は『祇園精舎』『西郷隆盛』『吉野宮ものがたり』の3つです。
鶴田流は弦と柱を増やしたことにより、音の幅を広げることに成功したとのこと。
琵琶の音色を楽しみながら、琵琶について知ることができてよかったです!

学生の中では琵琶を持たせていただいたものもいました!

 

その後は小原井神社を参拝する予定でしたが、天気がすぐれなかったので、諸塚村民俗資料館を見学しました。
西郷隆盛の手紙や日本に5本しかないノコギリである大鋸をはじめ地域に根付いた展示品を見ることができました。

 

時間がありましたため、1日目にも見学した椎葉民俗芸能博物館に行き、1日目では見切れなかった読書室を含めじっくりと堪能することができました!
3日目と4日目にお世話になる樹の里に向かう途中に平家本陣に寄り、お土産を購入しました!

 

樹の里に到着し、黒木むつ子さんに「諸塚村の郷土料理」について講話をしていただきました。
諸塚村の方々が到着しましたら、交流会がスタートです!
料理に舌鼓を打ちつつ、3年生の先輩とも交流ができ、楽しかったです。

 

明日は巡見最終日です。台風20号にも負けずに最後まで様々なことを吸収して帰りたいです!

椎葉巡見2日目 [2018年08月21日(火)]

 

歴文2年の富永です!

 

今日は松尾地区へ向かい、聞書きのお宅にお邪魔しました。
日々の暮らしについてや、特にお盆行事についてのお話を聞きました。
お盆行事は自分にとって新鮮だったのでとても貴重な体験になりました。
お話を伺う際に奥様から、かき餅をご馳走になりました!とても美味しかったです^ ^

 

午後は大いちょうを見に行った後、椎葉のマチュピチュ展望台から棚田を一望できる予定だったのですが、生憎の大雨の影響で霧が晴れず、はっきり見ることは出来ませんでした^^;

しかし、霧の効果もあって幻想的な写真が撮れました!

 

夜は松尾地区にある畑・鳥の巣神楽、水越神楽、栗の尾神楽の3つの神楽を見学させて頂きました。

演目はそれぞれ『鞘の手』『地割』『ましばり』です。神楽は初めて生で観たのですが、迫力がありとても面白かったです。

この写真は栗の尾神楽の『ましばり』です。

 

 

神楽の後の交流会では、午前中に聞書きをさせていただいた松岡今朝男さんがヤマメを釣ってきてくださり、一緒にお話をしながらいただきました。
とても楽しかったです!

 

貴重な経験が沢山できた1日でした。
松尾地区の皆さんありがとうございました!!

 

 

椎葉巡見1日目 [2018年08月20日(月)]

こんにちは!歴文3年の佐藤です。
さて!2018年度『民俗研修旅行 椎葉巡見』が始まりました。
今年の日程は8月20日(月)〜8月23日(木)の3泊4日で、参加者は3年生8人、2年生5人、1年生1人の14人です。
1日目は熊本空港に集合したあと2時間程バスに乗り、「椎葉民俗芸能博物館」を見学しました。
今回で椎葉村に来るのは4回目になりますが、知識を得てから見学することでより一層理解を深めることができました。
初日と2日目の宿泊先は「鶴富屋敷」さんです。
ご飯は相変わらずとても美味しく、私の大好きな天ぷらも出てきてとっても嬉しかったです!
夕食後は小川先生の講話を聞きました。
明日に向けて、棚田についてのお話を聞けて大変勉強になりました。
天気はあいにくの雨模様で、明日以降も天気はあまり良くないそうですが明日からも楽しみたいと思います!(´▽`)

【ヨーロッパ歴史演習】記憶の伝え方 [2018年03月26日(月)]

こんにちは。西洋史の小野寺です。
ヨーロッパ歴史演習学生レポートの最終回として、(1)博物館などを通じてヨーロッパではどのように過去の記憶を残し、伝えようとしているのか、(2)それ以外に演習を通して感じたこと、の二点について、学生の皆さんの感想をご紹介したいと思います。

クラクフのシンドラー工場博物館では、強制労働の部屋やユダヤ人の隠れ家などが再現されており、また、音声を流すことで当時の現場の様子を自分が実際に見ている(体験)しているように感じる展示がされていました。例えば、隠れ家のタンスを二重構造にして裏側に銃や手榴弾など武器が隠してある様子などが表(ただのタンス)と横(隠していた武器が見える面)で違う側面が分かる展示です。

アムステルダムのレジスタンス博物館は、客に自ら関心を持たせる様な展示の仕方の工夫が上手いと思いました。物が見えるガラスの面積が狭いため、自然と中を覗き込んでしまっていました。もしかしたら、関心を持たせて疑問に思わせるのが博物館側の狙いではないかと思います(2年Kさん)。

レジスタンス博物館では、当時自分の家の教会でユダヤ人たちをかくまっていた少年だったご本人が語りべとして、私たちが訪れた時にいらしていて、実際にお話を聴くことができたのは、とても貴重な経験でした。その方は、オランダ語だけではなく、英語も話せるということで、英語で話していただけました。話していることが全部わかったわけではないけれど、実際にその当時を経験した方の言葉は、そこにある展示物やガイドさんの話よりももっと力強く、そして、歴史的な事柄というよりも、もっと身近な出来事に感じました。また、語りべの方本人が話すことにも意味があるのかなと思いました。この方は現在80歳を超えていて、日本の戦争体験者もどんどん減っています。これからどんどんこのような方々が減ってくるということは避けられないので、私たちの後の世代の人たちは、今よりもっとこのような出来事を遠く感じてしまうのかなと思い、考え込んでしまいました。

ナチ・ドキュメントセンターは、写真や図とその説明文のみというとてもシンプルなもので、来場した人が意欲的にそれらを読まないと情報を得るのは難しいと思いました。また、私のように英語やドイツ語で長文を読むのが難しい場合には情報を得るのが難しいと感じました。しかし、このドイツ式博物館には、来場者に勘違いを持たさないように詳しく解説するという意図があるということを知って、ただ体験型のようなわかりやすいものが良いというわけでもないのだということを知りました。

軍事博物館でも印象に残ったことがありました。それは、現地の中学生や高校生が先生とその博物館のナチの展示物の前に座って、ディスカッションしていたことです。日本では、博物館の地面に輪になって座ってディスカッションすることはないので、とても驚きました。ナチについて、歴史を暗記するのではなく、歴史を通して考えたりするような授業をしているのかなと、どんなことを話し合っているのか、とても興味深かったです。そのような歴史教育的な部分も今回博物館や現地の学生の様子などを見て、感じれたことも良かったなと思いました。(2年Nさん)。

ウィーンの音楽の家では、ピアノの鍵盤のように色が塗られており上ると音が鳴る階段、ダイスを振り曲を演奏してもらえるゲーム、客が指揮者の体験をできるゲームなどがありました。こうした客が体験できるコーナーは、受け身として展示を見て終わってしまう展示よりも楽しさや学びやすさの面で効果が大きそうだと感じました。歴史に限らず、何かを学ぶ際には楽しい、興味を惹かれるといったきっかけが必要だと思います。そうしたきっかけを引き出すには体験型の博物館は大きな意味をもっていると感じました(2年Aさん)。

夜にザルツブルクの市内を先生と一部の学生達と歩きました。私はザルツブルク城を楽しみにしていたのですが、先生や先輩方が「躓きの石」(上の写真)というものを見つけていました。躓きの石は、かつての犠牲者の住んでいた家の前の道に、石を埋めるという活動をしているものでした。偶然道を通り、下を見ていると、躓きの石がいくつも見つかりました。ふとした瞬間の、現代に通じたユダヤ人の名残、今のこの犠牲者を思う行動、全てが繋がっていました。日本でこういったことは見たことがありません。そういった面でも、ヨーロッパの意識、日本の意識のその違いを感じるという新たな気づきでもありました。ただ道を歩いていただけなのに、歴史というものを、ユダヤ人を身近に感じ、とても良い経験になりました(2年Tさん)

足元に注意していないと見つからないけれど、過去の記録がしっかりと町中にあるということが驚きでした。大勢の被害者としてではなく、この場所でここに建っていた家で生活していた個人として考えてしまい、過去の歴史が目の前にあることが感じられました。町の風景の中に歴史が刻まれていることは、気にしなければ通り過ぎてしまうものだとしても、あるとないでは大きな差だと思います。日本ではあまり見かけない記憶の残し方は自分の中で新たな発見でした(2年Yさん)。

ウィーンの国立歌劇場は建築物として眺めるだけでもとても美しく、細部の彫刻など、そこで目に入るもの全てに感動していました。
演目の内容はシンデレラでしたが、私たちが一般的にイメージするシンデレラとは異なり、現代版にアレンジされたものでした。
演者の方々の歌唱力も、オーケストラの演奏も非常に素晴らしいうえ、舞台セットも背景で雨が降っている表現がされていたりと、驚かされることだらけでした。雨が降っていたシーンは、私には本当に水が滴っているようにしか見えず、どのようなセットになっているのかが非常に気になりました。
そしてこのシンデレラの王子様の家には今のものではない、イタリア国旗を背景に労働を表す鎌が描かれた国旗が掲げられていたことが印象に残っていて、見ていた時私は「あれ?」と思う程度でしたが、小野寺先生のお話を鑑賞後聞くと、あの旗の意味とともに、はたしてあの王子様は本当にいい人と言えるのかという疑問が浮かぶということが分かり、歴史を勉強するとこのような演劇の鑑賞においても深く理解することができるんだと思いました。普段あまり演劇を見に行ったりすることはないのですが、このようなことに気が付けるというのはとてもおもしろいと思います(2年Mさん)。

研修旅行中に、個人的にとても良い経験をしたと思ったことがありました。ミュンヘンのロビーで友人たちとすごしていた際、同じ場所に居合わせたロマ(ジプシー)の家族に話しかけられ、長い時間対話する機会がありました。その男性は「日本と中国の差ってなんだい?」「日本にジプシーはいるのかい?」といった質問をしてきました。私はうまく答えられませんでした。質問が難しい上に、自分の英語力で伝えきれなかったというのもあります。
彼らはうまく伝えられない私たちとは違い、逆に多くのことを教えてくれました。彼らロマの言葉や家族のこと、音楽と踊りのことなど様々です。また、私たちが研修旅行でドイツを訪れたことを話すと、興味を持ってくれたので、アンネ・フランクやゾフィー・ショルについて話すと、初めて知ったと言われ驚きました。ドイツの人は全員知っていると思い込んでいたからです。もちろん彼らがそちらの方面での学問を学んでいなかっただけかもしれませんが、ロマがナチスの強制収容所に連れていかれたことは知っていたようなので不思議に思いました。
質問されたことに対してきちんと返せなかった自分の語学力の少なさに対する反省もありますが、それでも積極的にコミュニケーションを図ったことで得たものが多かったという喜びもありました(2年Yさん)。

今回はカトリック教会の教会や修道院を二箇所観ました。中は豪華絢爛で、私がもし文字が読めない貧しい農民であったら、普通にその美に圧倒され信じ込むだろうと思いました。つまり美は利用されるということです。人間が美を求めるとわかっている教会は、それを利用して信者を獲得していたのです。美は、あまりの影響力の強さからいつの時代にも利用されるものだと感じました。ですが美はときに、人の命をつなぎとめる働きをするものだと思いました。レジスタンス博物館で展示されていたように、あるオランダ系の囚人は食べ物より化粧品を選び、自らの美貌で生き残ったのです。美は使いようではどうとでもなる、恐ろしくて、しかも素晴らしいものだと思いました

人間は美しいものをたくさん歴史に残してきた。だがその反面にアウシュビッツがある。全部アウシュビッツを結びつけるのは良くないことだと思いますが、シェーンブルン宮殿をつくったのもアウシュビッツをつくったのも同じ人間だと思うと恐ろしいです(2年Oさん)。

今回の研修旅行では、狭い教室を飛び出して自分の五感と体をつかって現地でさまざまなことを体験しました。しかし、ヨーロッパに行ったからヨーロッパのことだけを学ぶのではなく、ヨーロッパを知るためには日本についての理解もなければならず、常に比較対象が存在するのだと痛感しました
また、演習で私が最も強く感じたことは、知識をもっていることは大切だが、実物を見た時のインスピレーションはもっと大切だということです。知識は本を開けば入ってきますし、いつでも得ることができます。しかし、実物を見た時の衝撃やひらめきはほんの一瞬のことであり、感じ方は毎回必ず同じとは限りません。ましてや今回のように海外に行くことはそう頻繁にできることではないので、現地で感じたことはとても貴重なものだと思います。
知識を得て実物や新しいものから新たな発見をし、途中で迷いながらもそれを繰り返し行うことが自分の研究に繋がっていくのではないかと思いました(3年Sさん)。

 

【ヨーロッパ歴史演習】アウシュヴィッツで感じたこと [2018年03月20日(火)]

西洋史の小野寺です。
今回の研修旅行では本当にいろいろなところに行ったのですが、参加したみなさんに最も大きな印象を残したのは、やはり最初に訪問したアウシュヴィッツ・ビルケナウであったようです。以下、学生レポートのなかからいくつかを紹介します。

アウシュビッツ・ビルケナウでは、ガイドの中谷さんからいろいろなことを教えて頂き、とても勉強になりましたが、と同時に与えられているだけの状況にならないよう、少しでも当事者の人々の気持ちを想像してみたり、学んだことから考察しようと努力していました。それは、高校の歴史の授業みたいに、事実を淡々と学ぶだけになりたくなかったからです。
 話は少し違いますが、私は楽器の先生によく「お口を開けて待っているな」と言われます。それは先生からのアドバイスを待っているだけでなく、自分の音色に疑問を持ったり、吹いている音は和音のどの位置なのか、他の楽器は何をしているか、このメロディはどの様なイメージで演奏するのかを自分で考えろということです。まず関心を持つことが大切なことだとよく教えられますが、歴史にも、また普段の出来事にも当てはまることだと今回の演習を通して改めて感じました。実をいうと現場に行ったから劇的に何かがわかるわけではありませんでしたが、実際に見ることができたからこそ、感じたり考えたりすることができたことがありました。。
先ほども述べた、教科書や先生方から事実を「覚える」だけではなく、自ら考え疑問を持っていく「考察」をしていくのが歴史学の大切な部分だと実感できたので、これから学校で授業を受ける際にもそうしながら学んでいきたいと思いました(2年Kさん)。

この場所の見学の中での中谷さんの言葉に特に印象に残っているものがあります。それは「当時のSSと同じ気持ちになってはいけません」というものです。これはこの場所を観光地気分で訪れる人たちがいることに対しての言葉です。
もちろん私たちの中にそんな気分であの場所を歩いていた人はいなかったと思いますが、しばしばお酒を飲んでからここに来る人もいるとのことでした。中谷さんは、それでは当時のSSと変わらないと仰っていました(2年Mさん)。

ビルケナウはアウシュヴィッツ以上に静寂や空虚さに満ちていました。冬で雪が積もっているということもあると思いますが、なんだかこざっぱりしている印象を受けたため、その静寂さに頭の中の知識も凍ってしまったようで、最初のうちは歴史の「現場」に今立っているということが飲み込めませんでした
見張りの建物の下を潜って、当時ユダヤ人が貨車に乗せられ運ばれた線路沿いに歩いていくと右の方に縦長の何かが規則的に並んでいて、積もった雪の白とその縦長の何かの黒が映えて少し不気味さを覚えました。その縦長の何かは元々あった建物が壊され煙突だけ残ったものだということを後で知りましたが、それを知らなかった時は得体の知れない何かが間隔を開けてぽつんぽつんと立っているだけに見えたため、とても人が暮らしていた面影を感じることが出来なかったのです。
中谷さんのガイドと度々見る手向けの花や石で確かにここでたくさんの人が殺されたということに段々と実感が湧いてきましたが、やっぱりどうしても人の気配がしないし、事前に先生にお話を聞いていた死の池は実際見てみたら犠牲になった人々の灰や骨が撒かれたとは思えない美しさだし、収容所を後にする時になってまで飲み込みきれていないところがあったような気がします。
帰りのバスの中やホテルに着いてから写真を見返しつつ中谷さんのお話を反芻していくことでじわじわと実感が湧いてきて、この経験を元にいろいろと考えることが出来たのかなと思います。「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所って本当に存在して、そこでたくさんのユダヤ人が酷い目に遭っていたことは現実なんだ」ということを認識できたのは勿論、事前に知識を持ってその場に行っても、自分の知っている凄惨な記憶と現在のその場の雰囲気のギャップで実感が湧かないくらいなのだから、過去を語り継いでいくことがどれだけ大切なことなのかということも考えました(1年Yさん)

私はアウシュヴィッツのような存在が負の遺産として遺されることで、戦争の時代を生きていない私達でもかつてあった出来事を知ることができ、様々なことを考えることができるのだから、遺す方が良いと思っていました。しかし、被害者の方やその家族の方のことを考えると、残すべきだとは一概には言えないと思いました。ガス室跡などについては最低限の保存をするにしても、頭髪などは年月が経つにつれて自然の損傷を受けるわけで、これからもずっと続いていく議論なのではないでしょうか。負の遺産として遺していくことで、このような出来事をもう起こさないようにしていくことができると思っていましたが、それを忘れたがっている人がいることを忘れてはいけないとも思いました(1年Kさん)。

アウシュヴィッツでは「負の遺産」との向き合い方を学ぶ事ができました。アウシュヴィッツは殺された多くの犠牲者と遺族に配慮し、建造物の修繕は最小限に抑えています。壊れた多くの建物が雨ざらしになっており、今後どんどん風化していってしまいます。しかし、それが遺族の意志であり、歴史的建造物として後世に残すということと同等に大切にしていかなくてはいけないことだと感じました(1年Kさん)

ビルケナウで、当時の跡を保存する際に手を加えすぎるとユダヤ人の方々から反対されるという話をされた際には、歴史的遺産を遺していくことの大変さを感じました。物が自然に存在するのを妨げ過度に手を加えると反発されることや、見せ物としてあるのではないという意見があることを知りました。
ホロコーストという出来事は歴史的にも非常に重要なのはいうまでもなく、関連する遺産は多くの人々に見てもらうべきです。しかし、犠牲者の子孫や関係者の過度な心理的負担のうえに成り立つべきではありません。彼らが納得でき、かつ多くの人に知ってもらえる遺し方や展示の方法とは何なのだろうかと感じました。
また、こうした遺産の守り方について、日本では仏像が課題となっていると考古文化財についての授業で学んだことを思い出しました。像を塗り直すか、それまで像がたどってきた歴史を重視した修復をするかが問題となっていました。歴史的遺産を保存していくには、単に修復をするということでは解決にならないという事例は日本だけでなく世界にもあることを感じました。また、ビルケナウの場合はユダヤ教の考えにもとづいて過度な修復をしておらず、こうした宗教的な考えを重視した取り組みは、普段熱く信仰する宗教をもたない日本人の私には新しいものとして映りました(2年Aさん)。

この場所で痛感したのは『データと実際』の受け取り方の違いです。「原典講読」の授業で収容所の数字のデータ・文書が扱われたときには、どこか鈍くしか反応できなかった自分がいたのですが、実際に大量に展示された毒ガスの殺虫剤の缶の山、髪の山、取り上げられた日常に使うものを見たとき、すこし気分が悪くなるほどに反応している自分がいました。
数字では簡単に流した、流せてしまったものが、実際にあったことなのだということを嫌でも理解させられました。写真などを見ただけではすぐにはわからない、ナチスであった人たちの「感覚の麻痺」を逆の形で味わったように思います


その他に相違を感じた場所があります。ビルケナウにある「死の池」は、焼却されたユダヤの人たちの灰を投げ込んだ場所ですが、そんなことはまるでなかったかのように、透き通るように凍っていてとてもきれいでした。何も痕跡がないからなのかもしれません。でもとても深く静かにそこに在るのです。そして修学旅行で広島に行った時に「大久野島」という島に泊まったことを思い出しました。うさぎがたくさんいるだけのとてものどかな島。しかし、実際は日本で戦争時に地図に載らなかった、日本で唯一毒ガスを製造していた島で、現在そこかしこにいるウサギは実験動物の子孫でした。何も知らないでみていたら実際に起こったことを想像できないものはこのほかにもたくさんあるだろうし、自分から探っていかないと今回のような少し奇妙な、そして恐ろしい感覚は味わえないとも思いました(2年Sさん)。

 

【ヨーロッパ歴史演習】「現場」で実物を見るということ(4年・Iさん) [2018年03月14日(水)]

今回ご紹介するのは、日本服飾史を勉強しながら、西洋史の授業にも関心を持っていろいろと参加してくれていた、4年生のIさんのレポートです。

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本研修を通して私が気付いたこと、学んだことは、3つあります。一つは「実際の場所に行く」意義、二つ目は現物を見る事、そして三つ目が実験の大切さです。

今回、実際に歴史的事件が起こった場所に行ったことで、何故その場所に行くべきと考えられているのか、その理由を再確認することができました。また、これまで平面的だったものが、立体的になったと強く感じました。
特に実感させられたのは、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所です。
ここには、収容された人々から奪われた衣服や靴、食器などが残され、うず高く積み上げられている展示がありました。中でも、髪の毛の展示を見たとき、背筋が寒くなるような、内臓が締め付けられるような感覚を覚えました。
それまで、文書としてのみ認識していたものが、実体を持ち眼前に現れたことで、明らかな「事実」であると脳内に焼き付いた瞬間だったと思います。文書で知ることの限界と、実際に見ることで分かる、感じることの多さに驚きました。


一方、アンネの隠れ家を訪れた時は、強制収容所とは異なり、当時のものが殆どありませんでした。文字や音声ガイドで語られる当時の状況を、壁に残された生活の痕跡から想像する、という印象が強く残っています。
音声ガイドは、隠れ家の中ではありません。当時の様子を再現した写真共に、壁にある地図や写真、書き込みから、『アンネの日記』に描かれた内容を思い描きます。「実際の様子を見る」のではなく、「実際の様子を感じる」博物館だと思いました。
家財や人形がなくとも、室内の大きさや階段の傾斜などから隠れ家生活を実感することは難しいことではありません。当時の様子を実際に見ることも大切でしょう。しかし、視覚的なものだけでなく、感覚的なものも実際に行くことでしかわからないことだと思います。
「実際の場所に行く」ということは、その場所の性質によって、理解できることと感じることは違うでしょう。しかし、共通することは、「実際の場所に行くことで立体的に実感できる」ことだと思いました。
文字情報でのみの知識では、得られるものに限界があり、また平面的なものになりやすいでしょう。そこで現地に赴き、その地域の人々が感じていること、実際の様子を知ることでより深い理解を得られるのだと実感できました。

次に、アムステルダム国立美術館で、オランダの襟を実際に見ることができました。日本でも、年に一度文化学園服飾博物館で「ヨーロピアン・モード展」と題し、女性服飾を実際に見ることができます。しかし、日本国内では17世紀の服飾はなかなか見られるものではありません。
また、アムステルダム国立博物館には、17世紀の人々を描いた作品が展示されており、絵画と実物をほぼ同時に見ることができます。時間をそれほど置かずに描かれていない襟の裏側を見られるため、服飾の表面的な部分だけでなく構造まで理解できると感じました。
これまでどのようにして製作されていたのか考えが及ばなかった袖の部分を、今回実際に目にすることができました。現存する服飾がどれくらいあるのかはわかりません。
しかし、実際に見なければわからないことは多く、表面的なものだけでなく構造を知るためには、現物があるならばそれを見る必要があるのだと再確認できました。服飾という日常に直結したものであっても、歴史的に重要なものと同様、実際に見ることが重要なのだと強く思いました。今後も出来得る限り現物を見に行こうと思います。

最後は、実験をすることの大切さです。
オランダのレジスタンス博物館を訪れた時、“Junior”と題された展示の内、Henk少年の部屋を見ていた時、手作りのラジオを見つけました。このラジオを見た時、私はとても驚きました。何故なら、これよりも大きく、コードはピンと張られていましたが、このアンテナは私の実家にあったからです。
私が中学生の頃、父がこのアンテナを自作し、ラジオを試していたことがありました。これを作っている父の姿を見た時、「いったい何をしているのだろう」「何故作っているのだろう」と思いました。しかし、今回レジスタンス博物館でこのアンテナを見つけた際、父が実験を行っていたのではないかと思いました。
実際にこのアンテナが作られる場面にいなければ、これが一体何なのか、何故手作りしなければならなかったのかわからないと感じました。また、アンテナだとわかっても本当に使えるのか、半信半疑になっていたと思います。どんなに細かなものでも実験をすることで、新たな気付きを得られるのだと実感しました。

今回の演習を通して、実物を見る、知ることの重要性を再確認することができました。また、ナチス・ドイツに対する考え方も国や地域によって異なるのだと気付きました。
現地に行き、展示方法や内容をみることで、理解し更に新たな疑問に気付くことが出来るのでしょう。学び、調べ、考えることはどのようなものにも使用できる基本的なことなのだと実感しました。今後も出来る限り実物を見て理解を深めていきたいと思いました。