現代教養学科ブログリレー ―図書紹介・福田―

今年度、4年生のクラス・アドバイザーを担当する福田です。

オンライン授業という初めての挑戦に試行錯誤を繰り返す毎日が続いています。

皆さんは慣れましたか?

 

Zoomでの初めてのホームルームで、新型コロナウイルス感染拡大の現状から思い出した小松左京の長篇SF小説「復活の日」に触れました。「天声人語」(「朝日新聞」)にも感染症を扱ったSFものが話題ということで映画版が紹介されていたので驚きましたが、さらに数日後のテレビ番組でもカミユ「ペスト」、石弘之「感染症の世界史」などの書籍が紹介されていました。

歴史を振り返れば、科学が発達する以前の古代から、人間は疫病や自然災害からの救いを神仏に求めながらも知恵を絞って乗り越え、近現代に至っては戦争をはじめ科学の暴走によって多くの命が失われたその悲劇からも立ち上がり、度重なる自然災害からも復活を遂げて、力強く生き延びてきたのです。「今」があるのはそのような歴史を乗り越えてきたからです。

 

小説や映画などに想像で描かれた惨劇が目の前に突きつけられる恐怖を覚える一方で、何としても生き残ろうと一致団結して困難を乗り越える力強い人間の姿が過去に繰り返し描かれ、小説によって生きる勇気や感動を与えられてきたことに、改めて人間の想像力と創造力、小説の力や言葉の力の威力を思い知らされます。

しかし、この「言葉」は逆に鋭い凶器となって人を痛めつける場合があることを忘れてはなりません。

 

災害や病気の周辺には、昔から差別や偏見などのマイナス面がつきまとってきたのも事実です。東日本大震災の原発事故の際によく耳にした「風評被害」は記憶に新しいでしょう。

新型コロナの場合も、治療に携わる医療従事者が偏見や差別にさらされ、家族までもがいじめに合うといった報道が流れているのは大変残念なことです。

 

こうした人間の暗い部分である差別や偏見から、人々を救おうとした文学者もたくさん存在しています。

ノーベル文学賞受賞作家の川端康成は、一般には、日本の伝統美を情緒豊かに描いた作家として、現実社会とは隔絶したようなイメージを持たれていますが、全く別の側面を持った作家でもありました。前衛的で西洋的な作風も持ち合わせていますし、社会を冷静に見据えた、行動的で社交的な人物でもありました。その一例を示すのが、ハンセン病施設に入所していた北條民雄との交流です。

 

ある日、川端のもとに北條民雄から、自分が書いた小説を読んでもらえないかという手紙が届き、承諾した川端は書簡で指導し励まし続け、療養所を訪ねて面会もしています。自分の奥さんには、感染するかもしれないから手紙に触ったら手をよく消毒するようになどと注意を促す思いやり?も示すのですが、なんと北條との往復書簡は90通にも及びました。それらは講談社文芸文庫に収録されています。

当時ハンセン病は「らい病」と呼ばれて恐れられ、1931年に国は施設をつくって強制隔離しました。施設に入所したら最後、親兄弟とは二度と会えず、施設内での結婚は可能でも子孫を残すことは許されず、施設の外を自由に出歩くことも、仕事に就くこともできず、社会から疎外された人生を送ったのです。後年、ハンセン病の感染力は極めて弱く、完治する病気であることが証明されますが、ハンセン病は長きに亘って差別・偏見の悲劇にさらされた最たるものと言えます。

北條民雄は超結核のために亡くなりますが、川端は彼の全集出版のために奔走し、彼を励まし続け、亡くなった翌年に全集が刊行されています。世間には様々な見方や評価があるかもしれませんが、ハンセン病を患った一人の作家を世に知らしめることで、勇気を与えられたり救いを感じたりした人がいたに違いありません。北條が亡くなってから川端は「寒風」という短編を書き残しています。

ハンセン病が描かれた小説には、小川正子「小島の春」や松本清張「砂の器」などがあり、映画化もされています。近年ではドリアン助川「あん」がありますが、映画が話題になったのでご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

このような時期ですので、サブスクリプションですぐに観られる映画『あん』はお勧めです。原作者ドリアン助川は、最初から映画化を念頭に、樹木希林を主演に想定して“当て書き”したそうです。映画を撮ったのは、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し現在も活躍中の女性監督、河瀨直美です。この作品の評価したい点は、ハンセン病だった女性を主人公に据えながらもハンセン病の悲劇を前面には出さずに、「誰にだって生きる意味がある」ことを訴えかけ、人間は「いかに生きるか」が大切なのだということをメインテーマに打ち出していることです。桜舞い散る美しい風景や小鳥のさえずりや電車などの生活音を生かし、自然や日常をさりげなく描いていることも魅力の一つです。

ハンセン病だけでなく、差別や偏見に苦しめられながらも、この世に与えられた生を全うしようとする人間を描いた優れた文学や映画はたくさんあります。また別の機会に紹介したいと思います。

 

なかなか感染拡大が止まらず、今は異常事態です。

このような状況だからこそ、言葉が人にどう伝わるのか、人に言われたらどう感じるのかなど、常に想像力を働かせて、相手を思いやり、広い視野で社会を捉えていく必要があります。

溢れる情報に翻弄されることなく、ニュートラルな感覚で柔軟に物事を捉え、自分の考えをしっかり持って判断していきましょう。現代教養学科の学びは、このような社会を受け止め、生き抜く力をもった女性を育てることをめざしています!